傷心外出、前編
謀略を終え参謀本部へと帰還したルミノスとウォージェリーの二人。
参謀総長の執務室に入りいつもの三人が揃った。
「ルミノス・スノーパーク、只今帰還いたしましたっ!参謀総長殿…っ!!」
執務室に入るなりルミノスは敬礼をして執務机に座る参謀総長に帰還を伝えた。
参謀総長はコーヒーをすすって答える。
「お疲れさまだ、怪我はないか?」
「はい、このとおりですっ!」
帰ってきた二人は執務机の前のローテーブルを囲んでいる来客用のソファに腰を掛ける。
「…参謀総長殿、今日はルナッカーの死体見に行かないんですか…?」
ソファに座ったルミノスが少し声を低くして尋ねる。
「あぁ、もう見に行くのをやめにした」
「えっ…!?」
ルミノスの思わず立ち上がって詳細を聞こうと問う。
「あの参謀総長殿の自宅のエバーミングしたルナッカーの死体ですよっ!?いつもの毎日欠かさず見に行っていたのにっ!」
「…もういいんだ、毎日変わることのないルナッカーの姿を見ていると悲しみを覚えるようになった。
復讐してやるはずが逆に一矢報いられたことに怒りすら湧かなくなった」
「では…いまもご自宅に…?」
「いや、教会のカタコンベに管理を頼んだ。
場所は私だけの秘密だ、君たちが知る必要はないのだからな」
参謀総長が少し悲しげな口調で言うとルミノスは同情するように「そうですか…」というが、内心は喜んでいた。
(やった!ようやく参謀総長殿の心が死人からわたくしに回ってきた…っ!最近わたくし、疎かにされていたから嬉しい…っ!)
ルミノスはとっさに参謀総長殿に確かめる。
「…どういうことはルナッカーとは決別するということでいいんですね」
「…あぁ、これからは『廃園化計画』に心血を注ごうと思う」
ルミノスは内心ガッツポーズをとる。
(よしっ!言質ゲットっ!)
この言葉を聞いたルミノスはさらに参謀総長にこんな提案をしてみる。
「ではっ…!その…なんて言いますか…傷心旅行とまでは行かないんですけど…傷心お出かけみたいなの…どうですか…?それでルナッカーの言葉を綺麗サッパリ忘れて新しい道を歩みましょうっ!
わたくしで良ければ同伴いたしますっ!」
ルミノスが頬を赤らめながら参謀総長が座る執務机に詰め寄ってそう言う。
ルミノスの答えに参謀総長廃園ニヒルそうに笑って答えた。
「傷心お出かけか…まるで未亡人の身なりだな。
この時世では行けるところも限られているだろうが君と一緒ならば楽しめそうだ」
「では参謀総長殿っ!お出かけと言う名の休暇を楽しみましょうっ!戦争ばっかりだと気も病みますしねっ!
おいウォージェリー、留守番しっかりしておけ、狂犬も使いようによっちゃあ番犬にもなるだろうからな」
「わかった、あんまり公にしないほうがいいかね」
「あったりまえだろ、私と参謀総長殿の蜜月だぞ」
ウォージェリーにも二人がいない間の留守番を頼みルミノスは旅行の約束を取り付けたのだ。
「でっ…ではっ!日にちは…」
「明日の四月九日にしよう、一日ぐらいの休みならすぐにとれるさ」
「はい…っ!!」
見事に参謀総長をお出かけに自然な流れで誘えたルミノスはふわふわ浮足立つ足取りで帝都の歩道を歩いて帰っていった。
そして約束の四月九日、約束の当日の日。
ルミノスは事前に約束した街のとある公園の噴水の前で待っていた。
お出かけとだけあって二人とも私服で来る約束だった。
一足先に付いたルミノスは頭に灰色のキャスケット、服はクリーム色のニットベストに白いワンピース。
ガーターベルト付きの黒いとソックスローファーを履いている。
方からレザーショルダーバッグを下げて手を前に組んでワクワクと待っていた。
(参謀総長殿まだかな…少し早く着すぎちゃったかな…)
長い灰色の前髪を触って見た目を整えていると誰がルミノスに声をかけてきた。
「待たせたな」
「はっ…いえっ!全然これっぽっちも待ってなんかいませんっ…!」
「あははっそうかそうか、あぁあとルミノス、私のことは参謀総長ではなくハッケルと呼んでくれ」
「はいっ!はっ…はっ…はっ…ハッケルっ…!」
「それでいい、今だけは対等だ」
彼女は白いブラウスにバックルベルトで留めたカーキロングコートベージュ色のボトムスを履いている。
茶色のショートブーツに白いソックスを着用していたハッケルがルミノスに尋ねる。
「ではまずどこに行こうか」
「そっ…そうですね…ごめんなさい、実はあまり考えていなくて…」
「そうか、いきあたりばったりも悪くないだろう、私は少し訪ねてみたいところがあるのだが構わないか?」
「もちろんですっ!ハッケルとならばどこへでもっ!」
そう言ってルミノスを連れて行ったのは帝都の通りの少し外れにある喫茶店に入っていった。
「え、朝からコーヒーですか?」
「いや飲むのはまだだ」
「飲むのは…?」
二人が入った喫茶店はガラガラだった。
ハッケルはその店のカウンター席に座ってコップを拭いているマスターと思わしき男性に声をかける。
「今日は連れがいるんだ、客が二人いるなんて珍しいぞ」
ルミノスは軽く男性に会釈をしてハッケルの隣に座る。
そして小さな声でハッケルに耳打ちをした。
「…誰です…?」
「ここは私の行きつけの喫茶店なんだ、つまり顔見知りのマスターだ。
飲んでも美味しいが私はこの人のコーヒーの知識を蓄えに来ている。
マスター、焙煎とは」
「焙煎とは、生豆を加熱して、細胞組織中に糖類や有機酸を精製させることで褐色色素、苦み成分を生み出すことを指します。
これによって青臭い香りしかしなかった生豆が豊かな芳香や苦みを生み出すのです
コツは細胞組織を膨張させて抽出しやすくしたら煎りムラのないよう均一に、そして急速に冷却して内部焙煎を防ぐことです」
マスターの口から早口で語られるコーヒーので知識にルミノスは気圧されてしまう。
「コーヒー好きですもんね…でもここまでとは…」
「味わうのも好きだがやはり有識でなければ真の味わいは味わえない、味わいは味わいでこそ味わい深く味わえるというものだ」
「とにかく味わいたいんですね…」
二人がカウンターでとりあえずコーヒーを注文してみる。
「この『ストレート』と『ブランド』ってなにが違うんですか?」
「ストレートは豆本来の味を楽しめる、ブランドは配合して新しい味を作る、ブランドは人や店によって変わるが、それも魅力の一つだ」
「へぇ〜…じゃあ、この『コロンビア』でも飲もうかな」
ルミノスはメニューを開いてコーヒーの種類を吟味していく。
「コロンビアか、フルーティーな味と重量感のあるコク、目が肥えているな」
「えへへ〜…適当なんですけどね…」
「では私は『ブルーマウンテン』にしよう。
ベタだが喉越し、香り、味と…コーヒーの良いところをすべて取り入れた王だ」
注文し、しばらく待っているとマスターが注文を承った。
二人はカウンターで注文を待つ間、ゆっくりと話をすることができた。
「今更言うのもアレですけど…ハッケルって意外とオシャレだったりするんですね…待ち合わせていたときいきなりオシャレな女性の方に声をかけられたかと思ったらハッケルだったんですよ」
「そうか、ほとんど着たことなんてないが…まぁルミノスが気に入ってくれたのならば嫌な気持ちはしないな」
お互いの服装について盛り上がっているうちにいつの間にか時間は過ぎ、マスターからコーヒーが渡される。
「ご注文の『コロンビア』と『ブルーマウンテン』でございます。
熱いので火傷にはお気をつけて」
小皿の上に乗ったコーヒーカップには深い黒色のコーヒーが豊かな香りを放ちながら満ちていた。
「わぁ〜…この匂い…執務室と同じ匂いです」
「ここに角砂糖を一つ…」
ハッケルはカウンターテーブルに置かれていたシュガーポットから角砂糖を一つ、小さなトングでつまむとコーヒーの中に投下した。
そしてぐるぐるとかき混ぜて二人同時にカップを持ってカップの縁に口をつけてコーヒーをすすった。
「「…ぷぁぁ〜…暖かくて美味しぃ〜…」」
二人は同時に一語一句同じ言葉を発してハモった。
コーヒーの香りの成果リラックスしていた二人は笑いがこみ上げて来てお互いにこやかに微笑んだ。
その様子を見ていたマスターも静かに微笑んでいた。




