爛れた表情をこの世界に
テニーニャの銃後では親衛聖歌隊の幹部たちが提携を強め不穏分子の排斥を加速させていた。
アズ近郊の街の中の基地でアズ奪還を狙うエロイスたちの歩兵連隊は武装聖歌隊本部から送られてきた作戦を聞く。
近郊の街の広場に作られた即席の基地。
鉄条網で囲みテントを張ってその街にとどまっていた。
そんな基地の中でテーブルの上の地図を見下ろしながら武装聖歌隊本部からの作戦を吟味していた。
「別の連隊をアズの中央のロディーヤ軍を囲むように包囲します。
敵兵がそれに気を取られて戦闘を始めた瞬間、我々第一歩兵連隊が中央目がけ強行突破。
砲兵の支援や機関銃の支援を受けながら進んでいきます」
そう説明するのは無名の青年兵士。
それを聞いていた第一歩兵連隊率いるダンテルテ少佐は腕を組んで立っていた。
「…なるほど、面白い。
兵力は?」
「敵側は二万程度かと」
「この連隊は一万もいないぞ、本部は正気か?」
「しかし…本部からの指示ですから…それにきちんと包囲してくれる連隊が兵力を分散させてくれますよ、アズ奪還は目と鼻の先」
少佐はその作戦に少し不安を抱いていたが、少し熟考するとニヤッと笑う。
「言われたならやるしかない、だが奪還を目指すなら相当激しい戦いになるぞ、本物の闘争がこの目に焼き付く様な」
エロイスとドレミーはそんな基地の中で物資を運搬していた。
彼女たちの両手に弾薬箱抱え別のテントまで運んでいた。
「はぁ…重い…」
「頑張ってエロイス、頼まれたんじゃ仕方ない」
「不条理だよ、そばに立ってただけで運ぶ係に任命されるなんて」
二人は愚痴をこぼしながら歩いていった。
大通りにむりやり作られた基地は本当に即席のものだった。
土嚢や鉄条網で範囲を囲んでいた。
中には廃棄され脱線していた路面電車をバリケードにしている箇所もある。
二人は基地の中の広場のテントへと向かう。
数段下り低く作られた広場に立てられたテントのそばにやって来るとタバコを吸っていた青年が礼を言う。
「おお、ご苦労。
悪いな」
「いえっ…これぐらい…はぁ…当然…はぁ…」
息を切らす二人を見て男はテントの中に入って何かを持ってきた。
「本当に悪いな、これで詫びれるか?」
男の手には桃の缶詰があった。
二人はそれを見ると背中を伸ばして頭を下げる。
「是非是非、今後も私たちの身体を使ってくださいっ!」
「はっはっはっ、ほら仲良く食べろ」
「はいっ!」
エロイスはその缶詰を受け取る。
エロイスの「景色のいいところで食べよう」と言う提案により二人は近くの建物の黒い金属の階段を登り石造りの建物の屋上へと出た。
石造りの欄干の笠木を支えている手すり子形状の装飾の手すりが屋根をぐるっと囲んでいた。
テラスの様なその屋根からは別の建物の屋根にも繋がっていたが少女たちは階段を上がるだけで疲れたのでその場で手すりによりかかりながら缶詰を食べることにした。
「さぁ、オープンザプライスっ!」
エロイスが缶詰の上部を屋上の地面に押し当ててゴリゴリと円を描くよう。
すると缶詰の接合部分が削れ蓋の隙間から果汁が漏れ出てくる。
エロイスが慎重にひっくり返しめくれた蓋を指で摘み力を入れると簡単に蓋は外れた。
「やった!」
エロイスとドレミーは吸い込まれるように缶の中身を覗き込む。
そこには果汁によって瑞々しそうに輝く桃が切って入っていた。
「おおっ〜…っ、これは…っ」
「美味しそう〜…果物口に入れるなんて何週間ぶりだろう」
二人は指で桃を掴んで同時に口に入れる。
「あぁ〜…美味しぃ…」
とろけるような柔らかさとさっぱりとした果汁に浸かっていた果肉は口の中全体を美味しさで包んでいった。
「お腹は満たされないけど充分すぎるぐらい美味しいね」
二人は味わいながら桃を消費していった。
パクパクと桃を食べていっているとエロイスはふと背後から視線を感じた。
何気なく振り返ってみると隣接する建物の屋上に人がいた。
エロイス立ち寄り高い屋上にいたので気づかなかったが武装聖歌隊の野戦服を身に着けた少女は確かに屋上の手すりに寄りかかって風を感じていたようだった。
「…?エロイス桃いらないの?」
エロイスはその彼女の右の横顔を見つめていた。
顔は横の二人を見ずにまっすぐ遠くを見ていたが感じていた視線は彼女のものだった。
「誰だろう、あの子」
「えっ…あぁあの子のこと?
さぁ…ドレミーも初めて見た」
ワインレッド色の切り揃えたストレートボブの頭髪に横髪から白髪の三編みが肩辺りまでたれている。
ベージュ色の瞳はどこから遠くを見つめており、首には南京錠の付いたチョーカを着けていた。
そしてなぜか腕と手がぐるぐると包帯巻きにしている。
そしてそんな彼女がちらっとエロイスを見ると彼女と目があった。
「あっ…もしよかったら…食べます?桃」
エロイスはたまたま目があってしまった彼女に向けて缶の中身を見せる。
「…いいの?」
「うん、美味しいよ」
「そう、じゃもらおうかな」
彼女は横に向けていた顔をエロイスの方へ向ける。
エロイスは彼女の顔面を見て思わず驚いてしまった。
横顔のときは気づかなかったが彼女の右半分に大きなボコボコの紫色の火傷の痕があった。
その影響か左目が思うように開かず左目だけ細目の顔、そんな彼女の顔の全貌が二人の目に入ってきた。
「っ!?」
思わず息を呑んでしまった二人の心情を察したのか彼女は右頬の痕を触りながら言う。
「あぁ、これね、気にしないで。
戦争とは関係ないから」
彼女はそう言うと屋根からは飛び降りてエロイスのいる屋上へと降り立つ。
「桃、もらうね」
「う、うん…」
エロイスの持つ缶から一切れつまもうとするが、彼女の手は包帯でぐるぐる巻きにされていることで不衛生だという理由で指を入れるのを躊躇してしまった。
「あっ、ごめん、私手も火傷してるの、不潔だから手で食べれないわ」
「じゃあ私が食べさせてあげる」
エロイスが桃を一切れ持つと彼女の口へと運んでいった。
「はい、あ~ん」
「あ~ん…」
口に運ばれた桃を咥え口の中で噛んで果肉をほぐしていく。
果汁によって張りのある色っぽい唇に指を当てながら咀嚼する。
「ん…悪くないわ」
笑顔で味わう彼女にドレミーは尋ねる。
「あの…名前は…」
それを聞くと桃を見たん喉奥へゴクリと流し込み胸に手を当てて自己紹介をした。
「私はロイド・マンサファリン。
右半分の火傷は戦争の前に火事で負ったもの、そのせいかは知らないけど右瞼の開きが悪いわ、いつも細目になっちゃう。
腕と手は戦時の火傷、時々痛むけど何かを持つぐらいなら造作もない、けど不潔だからあんまりいい顔はされないわ」
彼女の名前とおおよその事情を知れたエロイスはロイドに尋ねる。
「今、手は痛くない?」
「そうね、なんともないわ」
「そっか」
エロイスが桃缶をドレミーに渡すと彼女の包帯巻きの手に手を添えて握手をする。
ロイドは驚いた様に言う。
「…変わってるのね、普通はこの手を見て握手なんて忌避するんだけど、包帯だって節約のために一週間も替えてないわ、」
「別になんてことないよ、腐肉の塹壕にいた頃のことに比べればね」
「へぇ、でも念の為に言うけどその手で桃摘んで食べちゃいけないわ、膿と雑菌でお腹壊すかも」
それを聞くとエロイスは笑顔でドレミーに向かって言った。
「じゃあドレミーが私達に食べさせてよ」
三人は屋上に座り込み石の柵に寄りかかって桃を食していった。
彼女たちの背後には寂れた廃墟の街が広がっていた。
空は青く、綿雲がふわふわと漂っている。
そんな澄み渡る景色に囲まれた三人はドレミーの手から二人の口へと運んで貴重な果実を味わい尽くすのだった。




