青を泳ぐ
イーカルス航空隊の伍長として航空基地で日々を過ごしていたリリス。
アルチューネ軍曹というアル中の新しい上官とも交流を持ち充実して彼女だった。
朝食を終え一息つけたリリスは湖のすぐそばで体育座りをして湖を眺めていた。
青々と広がる大きな湖の表面は白い綿雲をきれいに写していた。
リリスはそんな景色に満足し風を感じながら座り込んでいた。
「おうリリス、ここにいたか」
「あ、大尉」
リリスの横に豪快に座り込みあぐらをかくイーカルス大尉。
リリスは男らしい彼女をもっと知ろうと尋ねる。
「あのっ…大尉って好きな食べ物とかあります…?」
リリスは大尉に少し遠慮したのかありきたりな質問しか思いつかなかった。
「お〜、俺ははちみつが大好きだ。
空を飛ぶ際はお守りに操縦席の下に置くぐらい好きだ」
「へぇ、意外です…」
「言われんだよなぁ、だが酒なんかより健全だぜ」
酒、というワードに惹かれたのか座り込み二人の背後から声が聞こえてくる。
「貴族の生まれで陸軍兵として前線で短期間務め、第一特別航空隊に志願、実力主義のこの部隊は性別関係なく採用していたからそこに志願して飛行訓練で優秀な成績を修めた今の地位にいる」
アルチューネのその言葉に大尉は笑って答える。
「ははっ、酒が切れるといつもこうだ、幻覚か幻聴のせいか知らねーがパチこきやがる」
イーカルス大尉は立ち上がって背伸びをする。
「さぁ、リリスそろそろ飛行帽とマフラー、あとゴーグルも忘れずに持ってこい」
「えっ…」
「わからねーか、いきなり実戦ってなる前に仕込んでやるんだ、俺の速さについてこれるようになっ!」
大尉は肩をゴリゴリと回していく去っていく。
リリスもついていくが一応軍曹にも尋ねる。
「アルチューネ軍曹は飛ぶんですか?」
「飲酒飛行?してもいいけど今頭痛いから無理」
「そうですか、お大事に」
去っていくリリスの背中を見て「年下に心配されちゃった」と寂しそうに言ったのだった。
リリスが飛行場のそばで準備万端と言った具合で立っている。
薄茶色のつなぎのズボンの裾は黒のロングブーツの中にしまい、頭には内側にファーの飛行帽とゴーグル、そして手に黒革の手袋、首にマフラーを巻いて待機していた。
「リリスっ!準備はできたな」
「はいっ!すぐにでも飛べますっ!」
「そうか」
二人は土の飛行場を眺めていると整備兵が格納庫から出してきた複葉機の主翼を手で押しながら運んでくる。
主脚間にも板を渡して四枚目の翼としており、四葉機に近い緑色の三葉機のグリーンデイと白く塗装された複座戦闘機の複葉機ホワイトデイが一機ずつ飛行場に出された。
「グリーンデイは操縦がクソ難しい、乗るのはやめとけ」
「そんなにですか…?」
「あたりめぇよ、視界は悪いわ速度は遅いわでもうめちゃくちゃだ」
気づけば整備兵がプロペラをギュルギュルと回転させてくれていた。
「行こうか」
「はいっ!」
横に並べられた機体に二人の少女が乗り込む。
大尉は一人乗りのグリーンデイの座席に座りリリスは複座の全席に座り込んだ。
シートベルトを着用していると後ろにずしりと重量を感じた。
ふと振り返るとそこには黒髪スーパーロングを飛行帽の中にしまい込んだアルチューネが乗り込んできた。
「後席お邪魔する」
「あれ?軍曹飛ばないんじゃ…」
「操縦しなくていいなら乗る、ホワイトデイかぁ…乗るのは初めてだなぁ」
機体を撫でるアルチューネに大尉はプロペラの音にかき消されないよう大きな声で言う。
「おいっ!リリスが乗ってんだっ!落したりしたら承知しねーぞっ!」
「乗ってるだけで落ちたら才能だわっ!」
リリスはそんな微笑ましいやり取りを聞いて頬を軽く叩いて気合を入れる。
「大尉っ!飛べますっ!」
「よしっ!俺の後にしっかりついてこいっ!」
大尉は足の間においたはちみつの入った瓶を取り出して蓋を開ける。
黒革の手袋のまま指を突っ込んでペロッと舐めると「よしっ!」と言った。
大尉はスロットルを押し出力を上げる。
グルグルと激しい音を立ててプロペラが回転すると大尉のグリーンデイは勢いよく飛行場を走り始めた。
そしてゆっくりと離陸していく。
「よしっ…私も」
リリスも教わった通りにスロットルを押す。
「あ、ブレーキ解除するのは待って、揺れたら飲みづらい」
「えっ」
アルチューネはどこから取り出したのか小さな酒瓶を取り出した。
「やっぱりジンが最強」
「じゃあ飛びますね」
「えっ待っ」
リリスはブレーキを解除し機体を走らせる。
リリスとアルチューネは座席に前方から押さえ付けられるような見えない圧力に晒される。
操縦桿をぐいっと引くと機首が持ち上がり空へとの羽ばたいていった。
「よしっ…飛べた…っ!」
ぐんぐんと持ち上がる機体に興奮しながら操縦桿を戻しエンジンの力だけで上昇していきある程度の高度に達すると出力を下げて水平の状態で飛行する。
「あーあ、ジンが…」
アルチューネの首や胸辺りのつなぎの色が濃くなっていた、発進した際にこぼしてしまったようだ。
「空にはいるときはお酒だめです」
「フッ…甘いなリリス、マフラーに吸わせて口周りに巻けば…あぁ^〜堪らねぇ」
「だめだこりゃ…」
リリスは笑いすらこみ上げてくるアル中具合に肩をすくめた。
「…ってそんなことしてちゃいけない…っ、大尉、大尉は…」
リリスがキョロキョロと大空を見渡して大尉の機体を探す。
「…あっあそこに」
アルチューネが指を指した方向に緑色の機体が浮かんでいた。
「いたっ!大尉っ!」
リリスはラダーペダルを踏んで機体の角度を傾けて大尉の機体まで近づく。
「大尉っ!!おまたせしましたっ!!」
「おう、遅かったなっ!墜ちたかと思って探したじゃねーかっ!」
「すいませんっ!」
リリスとアルチューネを乗せた機体が大尉の一番機の背後につく。
「よしっ!じゃあこれからできるところまで上昇していく、アル中っ!!リリスが気を失ったら叩き起こしてやれっ!!」
「はーい」
「行くぞっ!!」
イーカルスの機体が突如として真上に上昇していく。
リリスもそれについていくように操縦桿を引く。
ぐんぐんと空目指して上がっていく二機。
地上はどんどんと霞がかっていく。
遠のく地上を見ていられたのは乗っているだけでいいアルチューネだけだった。
数十秒間上昇を続けていくと大尉の機体はある程度の高度で水平に戻った。
リリスも同じ高度で機体を水平に保つ。
「リリスっ!ここが高度五百メートルだっ!勇気があるなら下を見てみろっ!」
「はっ…五百メートル…っ!」
リリスはゆっくりと前方からの目を外し横を向いて眼下の光景を見る。
リリスの目に飛び込んできたのはどこまでも広がる大地の光景だった。
魚眼レンズの様に見える景色は地球が丸いということを婉曲的に証明していた。
「すごい…っ!あの湖あんなに大きなかったんだ…っ!」
「すげーだろっ!まるで鳥になった気分だろ!」
「はいっ…!空がこんなに近く…」
改めて空を飛行するリリスは飛ぶたびに新鮮な感覚を得られているのを喜ばしく感じていた。
「耳は大丈夫?息は?」
「意外と大丈夫です、むしろ冷たくて気持ちいい…」
「お酒とどっちが?」
「空です」
「そう…」
後席のアルチューネが気にかけて言ってくれた言葉に笑顔で答えるリリス。
しばらく高度を水平に飛行するリリスたち。
「じゃ次は地面スレスレまで飛んでみるか、勢いよくそのままで突っ込むなよっ!!」
「はいっ!」
イーカルスとリリスはほぼ同時に左のラダーペダルを踏み込んで操縦桿を押す。
機体を左に傾けながら高度を下げていく二機はぐんぐんと地上の林目指して降下する。
「おおっ…風が…っ!」
「あばばばばばば」
ものすごい風圧に押されながらも楽しそうなリリスと口の中に空気がなだれ込み頬がブルブルするアルチューネ。
そして林に突っ込むかと思われた瞬間に大尉は操縦桿を引き機首を上げる、リリスもすかざす同じ動作をして低空を飛ぶ。
その後も二機は戯れ合う鳥の様に空を舞いながら技術を身体に染み込ませていった。
二機が飛行場近くの湖の水面の上には差し掛かる。
水面は機体の風圧で少し凹みながら飛沫を散らす。
こうして午前いっぱい使ったフライトは終わりを告げた。
二機は飛行場に砂埃を巻き上げながら着陸した。
「ゴホッ…ゴホッ…砂すごい…」
リリスは顔とゴーグルを白いマフラーで拭き取ってからゴーグルを外した。
「よっ」と操縦席から足を放って機体から降りた大尉がリリスに近寄って親指を立てた。
リリスも答えるように親指を立てると大尉がそのまま手を伸ばす。
「降りれるか?」
「はいっ!でも手借ります」
黒革の手袋をつけた手を取りリリスは機体から降りる。
「あれ?うちは?」
「助けなんかいらねぇだろ」
「ええっ冷たい」
アルチューネは頭の飛行帽を外した瞬間、黒髪スーパーロングがボワッと姿を表した。
元の見たなれたアルチューネに逆戻りだ。
大尉とリリスはそれを見て声を上げて笑うとアルチューネも気恥ずかしそうに頬を赤らめたのだった。




