航空基地での日常
奪還を狙う小都市アズの近郊の街の基地に移動してきたエロイスたち。
そこで戦闘に向け殺意を沸かし武装聖歌隊の兵士としてのやる気を起こしたのだった。
エロイスが武装聖歌隊の歩兵として務めている反対にリリスは飛行兵としてロディーヤ帝国陸軍の航空隊のイーカルス航空隊に所属することとなった。
その一番機のイーカルス大尉に連れられてやってきたのはイーカルス航空隊の航空基地だった。
「おいっ!起きろこの野郎っ!いつまで寝てやがんだおらっ!」
ベッドで心地よく眠っていたリリスがイーカルス大尉の怒号で目が覚めた。
「…はっ…!すいません…っ!寝心地が良くて…」
「はぁ…ったく、朝食ができでるぞ、さっさと出てこい」
「はいっ!」
リリスはそう言うと掛け布団をめくる。
飛行兵の薄茶色のつなぎのまま寝ていたリリスは着替える手間を省き外へ出る。
イーカルス航空隊航空基地。
大きな湖の開けたほとりに作られた航空基地だ。
舗装されていない土の道を辿っていくと除草して土がむき出しになった滑走路や三角屋根の平屋建ての複葉機の格納庫、リリスたちが寝泊まりするかまぼこ型の兵舎が並んでいる。
見張り台や給水タンクが滑走路の脇に設置されている。
空には数基の阻塞気球が低空に漂い敵機の侵入を阻害している。
数日前この基地に移動してきたリリスは並んだ兵舎から出て野外に置かれた簡素な木製テーブルと椅子に座って待つイーカルス大尉の元へ向かう。
「わぁ…美味しそう…」
「美味しそうじゃねぇ美味しいんだ」
テーブルの上には人参や玉ねぎが少し入った野菜スープとなんの味付けもされていないトーストが皿の上には置かれていた。
「歩兵の奴らはチョコしか食ってねぇ、これに比べりゃぁご馳走もいいところだぜ」
大尉はトーストをわしづかみすると口の中に押し込むというおおよそ女の子とは思えない食べ方で胃にトーストを送り込む。
リリスは丁寧にトーストをちぎりながら口の中へと放っていく。
「ちまちま女々しい食い方しやがってこの野郎」
「だって女の子ですし…」
朝食をお腹に入れていくリリスを見て大尉は呟いた。
「ここには少しの兵舎と一本の滑走路と一つのデケェ格納庫しか無い、整備兵も十人程度、飛行兵は俺とてめぇとあとあいつ、寂しかったが人が増えて良かったぜ」
リリスは口の中の食べ物をゴクリと飲み込んで尋ねる。
「大尉」
「あ?なんだ」
「"あいつ“ってほんとにいるんですか?いつもあいつあいつって言ってますけど…」
「いるさ、朝食も昼食も夜食も食わない、多分固形物を胃が受け付けないんだろうな、リリスにも一回も顔見せできてねぇし叩き起こしてやるか」
大尉が席を立った瞬間、リリスは追加でもう一つ聞いた。
「そうだ大尉っ!なんでこんなに飛行兵少ないんですか…?話を聞いていると私と大尉とその"あいつ"の三人しかいないみたいですけど…」
「あぁ、前はもう少しいたんだけどなみんな死んでいったか神経病で外されていった、聞いてるだろ?パイロットの平均寿命はだいたい一週間、俺とあいつはたまたま今日まで生き長らえているだけなんだぜ」
大尉は笑いながら席を外した。
湖からやってくる湿気の多い風がリリスの顔に吹き付ける。
爽やかともジメジメしたとも称せる風を浴びながら朝食を終えると席を立って背伸びをした。
「おーいっ!連れてきたぞっ!こいつがその"あいつ"だ」
大尉の声がする方を見るとそこにはリリスが初めて見る人物がいた。
引きずるぐらい長い黒髪のスーパーロング、目にかかり顔が隠れるほど長い前髪からのぞかせるギョロギョロした紫の虹彩の目は相手を怯ませるほどの恐怖感と背筋が凍る感覚を覚える。
「こいつは二番機のバルトネラ・アルチューネ軍曹、俺と同じグリーンデイを乗りこなすパイロットだ。
四六時中酒を飲んで飲んでアル中になってるやつだ、アルチューネも本名じゃない、まぁ勝手に俺たちがつけたあだ名だがすっかり定着しちまった。
困難で俺の直掩を任せられるほどの腕なんだ」
服装は航空隊の標準的な服装だが首元にはゆるゆるのハイネックがつなぎの襟から出ていた。
彼女だけつなぎの下に薄手の黒いタートルネックを着ており戦闘時は首の襟を鼻まで覆うように伸ばすらしい。
「はじめまして、私は第一特別航空隊所属リリス・サニーランド伍長ですっ」
リリスが初めて見る三人目の飛行兵に敬礼をする。
アルチューネはそんなリリスをじっと見つめて口を開いた。
「そう…で?酒は?」
「え?」
リリスはアルチューネ軍曹から飛び出してきた第一声に思わずそう言ってしまった。
「おい、大尉、上質な蒸留酒があるって聞いたから来たんだけどこれ…?もしかしてこのリリスって言う子が酒…?」
「は?んなわけねぇだろ、部下に挨拶もしない不届き野郎の尊顔を見せてやろうと思ったんだ」
「はぁ…?舐めやがって…酒がないんじゃつまみにもならない」
踵を返して二人から離れていくアルチューネ。
リリスはしばらく呆然としていたが大尉は「いつもあれだ」と笑って言った。
「一日一本ストレートで飲む筋金入りのアル中だ、あいつ寝ゲロするから一人だけ寝床が違うし寝てばっかりだから会わなかったのも無理ねぇ、ま、つるんで得なことなんてないが」
朝食はアルチューネ軍曹の紹介で幕を閉じた。
リリスは朝食を終えたあとアルチューネがいると思われる兵舎にやってきた。
並んだかまぼこ型の兵舎の端っこにある兵舎の扉をノックして入ると一気にアルコールの匂いが全身を覆った。
「うっ…お酒の匂い…」
リリスが足を踏み入れると酒瓶片手にアルチューネがリリスに飛び込んできた。
「リリスっ!うち今無敵だ!なんでもできる気がするぞっ!さぁ湖で泳ぎに行こう!」
「ええっ!ちょっと軍曹っ!」
アルチューネの頬は赤くすっかり出来上がっていた。
リリスにガッチリ肩を組んで兵舎から連れ出して滑走路を越え湖へと押し込んでいく。
「わっ!わっ!私泳げないんです!怖いんですっ!」
「カナヅチめっ!上も下もガチガチにしやがってっ!このエロ河童っ!」
アルチューネがリリスをズリズリと押しながら湖に向かっていると突如硬い拳がアルチューネの頭に落ちてきた。
「ぐぉっ…」
その拳の正体は案の定イーカルス大尉のものだった。
「あんま迷惑かけてっと次は顔をピカソにするぞ」
「いっ…たぁ…加減してくれ…頭蓋が割れる」
アルチューネは頭頂部を手で抑えながら涙目で訴えたが大尉は悪怯れずに笑っていた。
「あっ、そうだ。
リリスも一緒に飲もうっ、蒸留酒はいいぞ」
「あっ…いえ、遠慮しておきます」
「何だ何だ?上官の命令は聞けないっていうのかっ!?」
「そういうわけじゃあ…」
困惑しているリリスに酒臭い息がかかる。
どうしていいか困っていた瞬間。
「いい加減に…しろっ!」
執拗にリリスに絡むアルチューネに再度げんこつを食らわした大尉が地面にぶっ倒れた彼女を引きずりながら回収していった。
「悪いなリリス、キツく言っといてやるからよ!」
リリスはそんな良くも悪くも騒がしい航空隊で毎日を過ごすことになっていた。
飛行兵として実戦に出る日はもうすぐそこかもしれない。




