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安寧の夢を見る

十一月七日、いよいよハッペル攻撃が開始された。

リリスたち挺身隊と帝国陸軍兵は輸送車でハッペルの四方の通りを爆走して陣地を突破し、広場に到着した。

しかしそこでは広場の教会に籠もった国防軍の猛攻が待っていた。

だがその防衛虚しくハッペルはルナッカー少尉によって陥落してしまった。

残ったエロイスたち国防軍もさらにテニーニャ内地へ逃げ帰ってしまうという事態になってしまった。

テニーニャ共和国国内では華々しいロディーヤ帝国とは対象的に混乱に陥っていた。


大統領のダイア・ダイカスの政治方針によってテニーニャが押されているという事実によって戦争嫌厭派と戦争推進派による衝突が相次いだ。

さらに少女を兵士にして前線に送るというテニーニャ国防軍に批判的な声が上がっている始末。


国内が混乱に陥ってもなお、大統領は会議堂の椅子から動こうとはしていなかった。


「何っ、ハッペルが陥落ぅ?」


 大統領のダイカスがステーキを口に含みながら答える。


「どこだそれ?どんな田舎だ?俺に関係あるのか?」

「いや、しかしですねぇ…テニーニャ国防軍だけで町を守るというのは少々…その…無理難題だったというか…国内からも批判が…」

「黙れっ!」


口の中のステーキが飛び散る。


「俺を誰だと思っているんだ!この国の大統領、ダイア・ダイカスだぞ!歯向かうのか!この無能が!文句があるなら貴様がやれ!」

「そう言われても…ロディーヤ軍はどんどんテニーニャに侵攻していっています。

このまま進撃を許してしまうとここボルタージュもいずれ陥落…」

「だ、ま、れっ!ここは陥落しない!俺がいる限りな!

それより飯だ!飯をもってこい!腹が減っては戦はできぬというからな!早く持ってこい!」

「こ、国民も飢えています…大統領だけが暴食すているとさらに批判が…」

「黙れっ失せろ!」


大統領が食器のナイフを投げる。

それは秘書官のすぐ隣に刺さり、そのまま秘書官は逃げるように退室した。


「全く、食えない豚がこうも邪魔だとは…それにしても…外野がうるさいな…今日も抗議集会か…暇な奴らだ」


大統領が会議堂の窓からナフキンで口を拭いながら見下ろす。

そこには戦争嫌厭派と戦争推進派でプラカードを掲げお互いに争っていた。


そこにあの少佐が扉を叩いて入室する。


「おお、貴様はたしか…」


そこにいたのはトレードマークの赤いトレンチコートを着た軍人だった。

あいも変わらずボサボサ髪で清潔感があまりない。


「ハーミッド・フロントです…」

「ハッペルが陥落したそうだが」

「…はい、申し訳ございません」

「いや別にいい、そんな田舎町大して重要じゃない。それより飯だ、飯はどうだ?将校を労うのも俺の仕事だ」

「ありがとうございます、ですが私にはまだ仕事が残っています、それを終わらせない限り私の不安を完全になくして床に就くという人生の目標から遠ざかってしまいます、ではこれで…」

「あぁ、待て。

それでテニーニャ国防軍の残兵はどうした?まさかさらにボルタージュ近くに逃げ帰ったとは言わないだろうなぁ?」

「…そのとおりでございます。ハッペルが陥落したあと、残った国防軍はさらに首都近くまで逃亡しました」

「はぁ?この馬鹿が!死ね無能カス!なぜロディーヤ方面へと行かせない!貴様はこのテニーニャを負けさせたいのかアホが!」

「…今回の敗因は増援の不足です。

あなたが自分の保守に人員を割き、ハッペル防衛に無関心だったことです。

はっきり申し上げます、あなたが大統領ではこの国は負けます」

「黙れ貴様っ!性根までディフィーティストかっ!」



バンッッ!!


フロント少佐が大統領の座る机に手を叩きつける。


「あぁ、なんて悲しきグランギニョル。

この叫びを聞いても何も思わぬかこの悪魔」


フロント少佐の視線が会議堂の外へ向く。


「あの叫びはいずれやってくる地獄から咆哮だ。メギドの丘だ、あの火種をひり出したのは誰だ?お前だダイカス公。

いずれ責任を取らされるぞ、私ではない民衆によって、それを歴史は革命と言う」

「貴様!侮辱したな!殺してやる!俺の便器にしてやる!一生クソ食わしてやる!」


「この戦争が終わるまで、私の目標は達成されそうにありませんね、それとあなたが断頭台の露と消えるまで、ね」

「ふん、気取ったつもりかダサいぞ、今どき受けんな」

「…まぁ、ちょっと気取りました、でも事実です」

「黙れっ消えろ!田舎に消えろ!」


フロント少佐があざ笑うように蔑んだ目をしたあと、大統領の部屋をあとにした。


「はぁ〜眠い、だが早くこの戦争を終わらせなければ…私は、私はまだまだ安心して眠れないな」



陥落したハッペルでは一時の安堵に包まれていた。


右目に眼帯を着けたメリーが目を覚ます。


「あれ…ここは…」

「あ、メリーっ!おはよっ!」


リリスがメリーに抱きつく。


「…私たちは勝ったんですのね…」

「うん、メリーちゃん…目は大丈夫?」

「ええ…少し視え方に違和感がありますが…でも私はこの程度ではくじけませんわ!

私の右目がなくなったくらい…なくなったくらいで…」


メリーが掛毛布を力いっぱい握りしめる。

右目を潰されて平気な人間なんていない、メリーの目からは雫がポタポタと流れ出た。


「大丈夫だよメリーちゃん、私が代わりに右目になってあげるから…もし困ったことがあったら遠慮なく行ってね!だって私達友達でしょ?気兼ねなく言ってくれたほうが嬉しいもん!」


リリスが健気にメリーに抱きついて背中を擦る。

メリーも答えるように強く抱きつく。


「リリスさん…あなたって人は…ほんとう…」



しかしその隣に見覚えのある顔があった。

メリーの右目を潰した張本人、オーカ・ハウドポート准尉だった。

彼女は両足の弾丸を摘出したばっかだった。


「あっ!あなたは…!」

「っ!何だ貴様か」


オーカ准尉の横にはルナッカーも立っていた。


「メリー、こいつをどう扱うかはお前が決めていいぞ、嬲るのもよし、拷問にかけてもよし、同じく右目を潰し返すもよし、俺はなんにも言わないから好きなだけ遊べ」

「クソ…言わせておけば…そんなことしやがったらただじゃ置かないからな」


メリーが少し考え込んで真顔で話し始める。


「…じゃあまず、足の爪を剥いで酸の足湯に入れましょう。

次に手の指と爪の間に針を刺して、十分悲鳴を楽しんだら歯をペンチで抜いて、そしたら…」


その言葉にみんなの顔が青ざめる。

普段お淑やかなメリーからそんな言葉が出るとは誰も思っていなかった。


「メ、メリーちゃん…」

「ふふふ、冗談ですわ。

その人を祖国に返してあげてください」


少尉がさっきの言動以上に驚いたような表情をする。


「いいのか?こいつを国に返して。

お前こいつが恨めしいんじゃないのか?」


メリーは胸に手を当てて優しく答える。


「思い返せば、憎いですわ。

でも恨み合いで生まれる平和なんてありませんもの、この戦争に必要なのは人を許せる強さだと私は思っています。

だから、私はその方を愛し、慈しみ、許しを与えます」


その表情は慈悲に満ちていた。まるで聖母のような、そんな錯覚をその場にいた全員がするほどの美しさだった。


「そうか…メリーが言うのであれば仕方ない、そのへんに放してくるか」


そう少尉が話すと准尉は申し訳無さそうに呟いた。

「…すまなかった…」


その言葉を聞くとメリーまた優しくほほえみかける。


「それでいいんです。

戦争に必要なのは火器ではなく慈悲ですから」


オーカ准尉に忘れていた感情が蘇るような、そんな感覚で満たされる。

戦争に必要なのはこれだった。

今まで何故気づかなかったのだろう。


夜になってもオーカ准尉の心にあの言葉が忘れずに残っている。


「今まで考えれば、私は自分の事しか考えてなかったな…味方の命も、敵の命も軽んじてきた。

嫌われて当然だな」


准尉が寝る医療テントに少尉が入ってくる。


「調子はどうだ?まだ寝れないか」

「…っ、別にこれから寝るとこだった」

「そうか」


少尉が准尉のベッドの横の椅子に腰掛ける。

ミシッと音を立てて椅子は少尉を支える。


「あいつはお前が嫌な奴だと知っててなお許しを与えたんだ、いいやつだよな。

金持ちって嫌な奴ばかりだと思っていたが」

「…なぜあいつが私のことを…?」

「ウェザロっていう黒髪のショートマッシュのやつとメリーが前の塹壕でお前の悪口が書かれた紙を見つけたことあるんだ。

准尉だけとしか書かれてなかったが、多分お前のことだろ?そんな性格してるんだったらそりゃあ書かれるだろうなぁと」

「…やっぱりそうだよな…当然だな。

今はなんの感情も湧かない、湧いてたら怒り狂ってるんだろうけどさ」


少尉がポケットからタバコの箱マッチの箱と一緒にを取り出す。


「…いいか?あいつらの前じゃ吸わないんだ」


マッチの側面を擦って火を付けると、タバコに着け深く吸い込む。


「メリーも辛いだろうになぁ」


准尉の横で眠るメリーを虚ろな目で眺める。

そしてそのまま立ち上がりテントを出ようとする。


「歩けるようになったら勝手に出ていけよ」


そう言ってテントの帳をめくり出ていく。

一瞬の月光がメリーと准尉を照らしたがまた薄い暗闇に包まれてしまった。

准尉もそのままゆっくりと目を閉じた。



エロイスたちは深い森の中を歩いていた。

その姿にもはや兵士としての尊厳は存在せず、まるで飢えた獣のようだった。

准尉という一応の司令塔を失った国防軍は長く夜が深くなっても彷徨い歩いていた。


「リグニン…どこまで行くの〜…私もう…ねむ…」

「しっかりしろ!このままだとテニーニャは負けるぞ、とりあえず近くの街まで歩こう、それから少佐に…」

「えーマジー?」

「文句があるならレイパスはここでさらばだ」

「ないないー歩きますよー」


しかしハッペルから次の街までだいぶ距離がある。

夜を越すためには森の中で眠るしかなかった。


「よしみんな、今日はここで野宿だ。

火を焚いて暖を取ろう」


リグニンが持ってきた木の枝を積み上げて、そこにマッチの火を入れる。


冬の寒さの中、すっかり国防軍の士気は失われていた。


「…結局どこ行っても一緒だね…寒いことにはかわりないなぁ」

「それに今夜は木のせいで星空の面積が小さいな、塹壕とハッペルにいたときが一番気持ちよく眠れたかもね」

「レイパスはもう寝たのかな…」


見るとレイパスは横なって寝息を立てて寝ている。

他の兵士も疲れからかすっかり眠りについていた。


「…っもしみんないなくなったらどうしよう…リグニンもレイパスも…みんなマリッサみたいにいなくなったら…私…もう夜を越せないかもしれない…」


エロイスが涙目で膝を抱える。

視線の先にはゆらゆらと揺れる篝火があるだけだ。


「生きるのが嫌になった?」

「…そんなわけないって言いたいけど…でも…」


エロイスにリグニンが毛布をかける。

まだ温かく、直前までリグニンが使っていた毛布だ。


「死にたくなったらウチに言ってな、抜け駆けは許さん」


リグニンが優しく笑いかけてくる。

エロイスも目に涙を浮かべて微笑み返す。


「うん…っ!」


二人は寒空のした火を囲んだまま眠りについた。

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