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空路に就く

決闘も佳境に入りその終わりはツァルの機体の故障と言う結果で終わった。

だが肝心なのはその勝敗。

現像された写真には九枚目の時点でリリス五点、ツァル五点という互角であった。

勝敗が決まる十枚目、果たしてそこには写っているのは誰だ。

整備兵が十枚目の写真をテーブルに置いた。


リリスたちとツァルたちは真っ先にその写真を見つめる。


その写真に写っていたのは今までの写真とは一味違った写真だった。


「なっ…なっ…なんだよこれーーっ!!」


ツァルは思わず声を上げた。


ツァルの写真は一面真っ黒で何も写ってはいなかった。

リリスの写真にはなんと着陸して安心しているツァルの後ろ姿がはっきりと移されている。


「なっなっ…!?なんで俺の写真が真っ黒なんだよっ!現像失敗してんじゃねぇーぞっ!!」


ツァルは整備兵に詰め寄って胸ぐらを掴んで揺する。


「失敗なんかしてないぞ、それにはっきり写ってるだろ」 

「何がぁっ!」

「真っ黒の黒煙がな」 

「黒煙…?」


ツァルの真っ黒な写真の正体はエンジンの故障時にエンジン部から吹き出した黒煙だった。


リリスの姿を捉えらシャッターを切った瞬間と黒煙が吹き出した瞬間が重なってしまい真っ黒な現像写真ができたのだ。


ツァルは反論不可能とわかると次はリリスに詰め寄った。


「やいっ!リリスっ!これは卑怯だぞっ!俺が着陸して安心しきっているところを撮るなんてなんてやつだっ!このときは空戦を止めていただろっ!」 


リリスはそれを聞くと静かに諭すように話し始めた。


「この決闘では撮る=撃つということ。

私が本当の敵だったら撃ってたけどね、本当の戦場じゃ相手は空戦かどうかなんて考慮してない。敵を撃てるなら撃つ、隙があれば撃つ、私はそれに則っただけ。

それとも撃たれそうになったら『ちょっと待ってください、お互い公平になるまで待ちましょう』って敵に言うの?」


ツァルは飛行兵としての当たり前を言われ反論することができずに口ごもってしまう。


「『戦闘中はいかなる時も気を抜くな

相手を世界最高のパイロットだと思って撃て

そうじゃなかった場合は相手が気を抜いた時に撃て』…ですよね、教官っ」


リリスはそばに立っていた教官にそういうと少し微笑んで応えた。


「結果、リリス六点、ツァル五点。

軍配はリリスに上がったな」


整備兵がそういうとリリスたちを囲むように拍手が巻き起こった。


エマールとシュトロープは嬉しそうに頬を掻くリリスに飛び込んできた。


「リリスちゃーんっ!おめでとうっ!どうだった空はっ!」

「ありがと、でもそんなこと感じてる暇なかったかな…」

「えーもったいない〜」


頬をスリスリするエマールを抱きしめるとシュトロープもリリスの華奢な身体に抱きついてくる。


「ありがとうリリス、お前の飛行は素晴らしかった、とにかく今はこのスケベボディを全身の細胞で味わいたい」

「あははっ…」


睦まじい三人とは別にツァルは悔しそうに彼女たちを見ていた。


リリスは抱きつく二人を剥がし、ツァルに歩み寄る。


「…なんだよ、もう関わらないんだろ」


拗ねるようにうつむくツァルにリリスはにこやかに笑って言った。


「ツァルの飛行すごかったよ、性格は…私からは褒められないけど…でも技術は本物だった。

すごいねっ、カッコよかった。

一緒に前線で飛べる日を楽しみにしてるっ!その時は背中、任せたよっ!」


リリスはにひひと笑うとツァルに背中を向けて去っていった。


その背中はたくましく少女の柔らかい面影を残しつつも歴戦の猛者の風格を醸していた。


ツァルは今までの自分の言動が恥ずかしくなったのか、それとも彼女に惚れたのか自分でもわからない赤面を浮かべると地面をうつむいてしまった。


「…いくぞ、腰巾着」

「えっ…うん…」


ツァルとその腰巾着はそのまま兵士の群れの中に消えていった。


リリスは教官の元へ向かい頭を下げる。


「どんな処罰でも受け入れます」


教官はリリスの頭頂部を見つめながら頭を上げるよういうと言い放った。


「…流石に不問にはできないな、教官として私情を圧し殺して言わないといけない、お前は俺の許可なく勝手な飛行を行った、しかも個人間の決闘に。

……リリス、お前を飛行兵にするわけにはいかない、つなぎを脱いで野戦服に着替えて待っていろ、配属先の歩兵部隊を探してみる」 

「はい…」


リリスに言い渡されたのは最前線への異動だった。


エマールとシュトロープ、他の兵士たちも悲しそうに聞いていた。


「そんなっ…!リリス…っ!」


エマールがリリスに駆け寄る。


「…わかっていたことだから大丈夫、エマちゃん、私の代わりに頑張ってね」

「やだっ…!エマもリリスと一緒に行く…っ!」


リリスの胸に顔を埋めるエマールの頭をリリスは優しく撫でる。


このままリリスは前線に配属かと思われたがそこに思わぬ救いの手が差し伸べられた。


「おうおうおうっ!感動的だなこの野郎バカ野郎っ」


足音を鳴らして近づいてきたのはリリスたちと同じつなぎの飛行服を着た兵士だった。 

 

教官は素早く背を伸ばす。

その様子を見てリリスたちはその人物が教官以上に偉い人物だということを悟った。


銀髪のポンバドールの髪型でおでこが出ていると後ろ髪の長さはセミログ。

水色の目の上の眉は太眉だった。

穏やかそうな要素が集まっていたが言動や表情は気の強そうな男勝りな熱血漢を思わせた。


しかし女だ。


「聞いたぜこの野郎、決闘だってなぁ、粋なことするじゃねーかこの野郎」


リリスは突然チンピラのように絡んできた人物に問いかける。


「あの…誰でしょうか」

「あ゛あっ!?」

「ひっ…」


その人物は親指で自分を指しながら自己紹介した。


「俺はロディーヤ帝国陸軍の陸軍航空隊の屈指の実力を持ったパイロットたちを寄せ集めた第一特別航空隊、通称『イーカルス航空隊』の一番機隊長、モータル・イーカルス大尉様だっ!

扱いの難しさから殺人機と揶揄されるグリーンデイを乗りこなしエースパイロットとしての名声を確立していた稀代の天才だこの野郎っ!」

「えっ!?イーカルス航空隊の一番機っ!?」


リリスたち三人は突然の隊長の登場に驚く。


イーカルス大尉はリリスの肩に腕を回して教官に向かって言う。


「こいつは俺の嫁だ、俺が欲してたのはこういう人材だぜ、技術なんか二の次だっ!こういう挺身の精神を持った人材が欲しかったんだぜっ!

ということでこいつはもらった、推薦だ。

俺の航空隊に推薦で入れてやるっ!」


大尉残しつつその言葉に兵士たちも思わず拍手を贈っていた。


「ええっ…!私が…!?いいんですか!?」

「バカっ!あれが初飛行なんだろう?しかも人の為に勇気を出して飛んだんだろ?

あったりめぇだっ!てめぇ見てーなやつ死んでも捨てるかよ、俺のとこに来いっ!」

「はっ…はいっ!」


リリスは威勢のいい声で返事をした。


「しかし大尉…まだ練習期間が…」

「頭が硬いぜ教官、戦時中なんだから素質のある人間は優秀な人材のもとでこねくり回したほうがいいに決まってるだろ、な?」

「…わかりました、手続きをして来ます」

「そうそうそれでいい」


教官は大尉のわがままに不服そうな顔をしながら営庭から走って去っていった。


「てめぇ名前は?」

「リリス、リリス・サニーランドですっ!」

「よしっ今日からリリス伍長だっ!しっかりと鍛えてやるから覚悟しろバカ野郎この野郎っ!」

「はいっ!お願いしますっ!」


リリスはイーカルス大尉に肩を組まされたまま兵校舎へと向かっていった。


「あっ…待ってください…っ!」

「あん?早くしろよ」

「はいっ」


リリスはエマールとシュトロープに駆け寄って告げる。


「エマちゃん、シュトちゃん…」


リリスが言葉を言おうとした瞬間、エマールはにこやかな笑顔で答える。


「だいじょ〜ぶっ!必ずあとから追いつくからっ!ねっ、シュトちゃん!」

「…あぁ、必ずイーカルス航空隊に入るため…っいや、お前に合うために努力するよ」


リリスはそれを聞くと二人に抱きついてセナカをさすった。


「またね…」


リリスは二人の耳元でそう言うと二人も強く抱きしめて応えた。


長く長いハグを終えるとリリスは二人の元を離れて大尉の元へ駆け寄って言った。


勝利で終わった決闘はリリスのイーカルス航空隊の大尉の推薦での入隊という特典までついてきた。 

これからも精進するエマールとシュトロープは必ず後で入隊することを約束しリリスたちと別れて。


リリスはなんやかんやあってイーカルス航空隊の飛行兵となることができたのだった。


それはリリスの正式なパイロットとしての日々が始まることを予兆していた。



二人っきりで歩いている途中リリスは言った。


「それにしても私は運がいいですねっ、まさか大尉から推薦されるなんて…」

「そうだぜ、最高に努力した人間にチャンスが訪れることを運がいいっていうんだ、つまりてめぇは、運がいい」


大尉がリリスの背中を叩いてそう言ったのだった。


すでに時刻は昼を過ぎていた、リリスが飛んだ空は相変わらず目障りなほど青かった。

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