敗者を写す一枚
空戦での決闘をしていたリリスとツァル。
だが途中、リリスの機体はツァルによって尾翼の方向舵を破損させられ方向転換できなくなっていた。
リリスは急遽背面飛行でその場を凌ぐがその遠心力で気が遠のいていた。
そしてついにリリスの機体はプロペラの回転が止まり地面へと落下していった。
地面へと落下していくリリスとその機体。
地上の兵士たちは最悪の事態を想定して目を覆っていたり必死に呼びかけたりしていた。
そしてついに地面へと墜落するかと思われたその瞬間、機体のプロペラが急に回転し始めた。
そして機首を持ち上げて地上すれすれに飛行しながらツァルの機体向け上昇を始めたのだ。
「一瞬、気を失いそうになったけど、神経が一番集まっている舌の先端を思いっきり噛んでやった、おかげで痛くて痛くて気絶しようにもできなくなっちゃった」
リリスはなんと気を失ってはいなかった。
口から漏れ出る血をペッと吐きながら更に言葉をつなげる。
「待ってんだ、この時を。
わざとエンジンを停止させ機体が自由落下して主翼の向きが敵機の方向に向くのを。
ラダーペダルを踏んでも方向は変わらなかった、ならいっそ、自然の風に任せてみようと思ったんだ。
自然が翼と向き敵機に向けてくれる瞬間まで、ぎりぎりだった、もう少しで墜落するかと思った…」
リリスはスロットルを押し出力を上げツァルの背後へと向かっていく。
その様子を見た地上の兵士たちが喜びと歓声を贈った。
「リリス…っ!目を醒ましたんだ…っ!」
「いけーっ!リリスちゃんっ!チャンスチャンスーっ!」
エンジン音と風を切る音でうるさかった操縦席にもその歓声は届きリリスは自分が応援されていることに気づいた。
「いつの間にあんな人手が…よしっ…!」
リリス吐きながら操縦桿を強く握り全速力でツァルへと近づく。
ツァルもその様子を見て素早く旋回する。
「くっ…やっぱり方向を変えられないとっ!」
「見事な復帰だっ!だが直線のお前と四方八方飛べる俺とでは駆動性が違うんだっ!わかるかっ!」
ツァルはリリスの機体の横を通り過ぎ後ろに向かうと上空に昇りぐるっと機体の向きを捻るように変えてリリスのは背後についた。
「最後の一枚ぃっーーっ!!笑顔の準備をしろっ!!
1+1はっー!?おっと逆子には難しい問題だったなぁっ!2だぜ2ぃっ!Hellっ!twoっ!youぅぅぅぅーーっ!!」
背後についたツァルがわけのわからないことを言いながら操縦桿のボタンを押してシャッターを切った、その瞬間。
ボワンッ!
突如、ツァルのエンジン部から黒煙が吹き出てきた。
黒煙はプロペラの回転に掻き消されすぐに視界が晴れがエンジンはガチガチと異音を立てながら動いている。
「終わりだ終わりっ!機体が狂ったっ!十枚撮り終わったぞっ!先に着陸してるぞっ!!」
ツァルは突如飛行を止め、リリスを追い抜き地上へと降りていく。
一足先に地上へと戻っていくツァル。
彼はゆっくりと前輪を営庭につけて速度を落としていった。
リリスはそんな彼を見ながら同じように機体の向きを地面に向けで彼の隣に降り立った。
地面に無事着陸し段々と減速していく機体。
リリスは停止したことを確認するとシートベルトを外してゴーグルを首に下げ飛行帽を外した。
帽子からはリリスの輝く麦色の髪が溢れ、日光に反射してキラキラと輝いていた。
頬を伝う汗も水晶の破片のようにキラキラと発光しているのだ。
機体の操縦席から出てきて待っていたのは静まり返った兵士たちの群れと神妙な表情で立っていた教官だった。
教官は起こっているとも呆れているともとれる表情で二人に近づいていく。
そして静かに二人を見下しながら口を開いた。
「…話はエマールたちから聞いた。
決闘だってな」
「「はい」」
二人がそう答えると更に教官は尋ねた。
「怪我はないか」
「「はいっ、ありません」」
二人がそう答えた瞬間、二人の頬に教官のゴツい手で平手打ちが飛んできた。
突然の出来事に兵士たちはざわめく。
ぶたれた二人の頬は段々と赤く腫れ上がっていく。
「…当然の仕打ちです、私は軍規を乱しました。
しかし、それでも換えのないものを守るために飛びました。
どんな処罰も受けます、本当に申し訳ございませんでした」
リリスは無言の教官に対して深く頭を下げた。
「頭を上げろ」
「…はい」
リリスとツァルを前にして教官をゆっくりと語り始めた。
「内容も内容だ。
あのシュトロープを賭けた決闘だったんだな。
…この件に関して教官の俺がとやかく言えるものじゃない、まずは決闘の勝敗をつけてから、長い話はそれからだ」
野外の営庭に置かれた木のテーブルを教官やリリスたち、ツァルたちやその他の兵士たちが囲んでいた。
「この手にあるのが現像した写真だ。
リリスが十枚、ツァルが十枚。
相手のパイロットの姿を多く移していた方の勝ちだ、これから一枚ずつ、同時に見せる」
二十枚の写真をリリスたちに見せないように持った整備兵が一枚ずつ写真をテーブルに放っていく。
「まずは一枚」
テーブルに出された写真をみんなが食い入るように見つめる。
「あっ…」
リリスが声を出す。
リリスの取った写真にはぶれた機影が写っているのみでツァルの姿はなかった。
だがツァルの写真には白黒でリリスの背後がきちんと撮影されていた。
「まずツァルに1点」
ツァルと腰巾着の男は当然と言わんばかりに腕を組んでうなずく。
「続いて二枚目」
整備兵が一枚目に重ねるように置いた写真を見ると、そこには空と僅かな主翼が写っている程度でパイロットの姿は捉えられていなかった。
その後も三枚目、四枚目、五枚目と次々と展開される。
「八枚目」
整備兵が八枚目を置く。
ツァルの写真には大空しか移されていなかったが、リリスの写真にはツァルの頭部がはっきり移されている。
「よしっ!これで五対四っ!九枚目も写っていればリリスちゃんは六点っ!」
エマールのが拳を握ってはしゃいでいる。
ツァルの表情には少し焦りが見えていたようだった。
続く九枚目。
テーブルに置かれた写真は無慈悲な結果を写していた。
「よっしゃあっ!」
ツァルは強いガッツポーズを決める。
ツァルの写真には振り向いているリリス、リリスの写真には大きな機影がぶれて横切っている写真だった。
「機影写っているからセーフだよっ」
エマールは整備兵に言い寄る。
整備兵は毅然とした態度で言い返した。
「『パイロットの姿が写っていれば』決闘内容はそうだった、これでは判別がつかない、よって0点」
「ぐぬぬっ…」
エマールは悔しそうに歯ぎしりをして反論をやめた。
現在ツァルが五点、リリス持った五点という同点だ。
つまり十枚目にどちらか相手のパイロットを撮影できていればその人物の勝ちと言うわけだ。
「これで十枚目、いよいよ最後だ
この写真に写ってしまった人間の負けというわけだ、いわば敗者を写す一枚」
整備兵はそう言って写真をテーブルに優しく置いた。
その写真に写ってしまっているのは、リリスか、それともツァルか。
勝敗の行方は果たして。




