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晴天に偲ぶ

テニーニャとは別に小説内から戦車の着想を得たウォージェリー。

苛烈な戦争を望む彼女とコストの掛かりそうな兵器を生産して廃棄する気満々のルミノス。

悪意が蠢く中、三十日がやってきた。

リリスと青年ツァルとの決闘の日が。

その日の天気は清々しい晴天だった。


ポツポツと綿雲が浮かび昇りゆく朝日が世界をゆっくりと照らしていく。


来る三十日。


合宿最終日の前日とあって座学も営庭もお休み自由に過ごしていいということでリリスたちとツァル以外のせいとたちはまだ眠りについていた。


リリスとエマールとシュトロープの三人は数茶色のつなぎを着て決闘への意識を高める。


リリスの麦色のショートカットの髪に飛行帽を被せてゴーグルを着用する。


手に黒革のツルツルな手袋、足にはつなぎの袖をしまった黒革のロングブーツ。そして白いマフラーを首に巻いて寮室を出た。


「行こう、シュトちゃんの未来のために」


リリスたちは廊下を歩き兵学寮を抜けた。


営庭に向かうとそこにはすでに同じつなぎを着た青年ツァルとその腰巾着がいた。


「丁度俺も来たところだ、お前を負かす為にな」


居丈高なツァルが腕を組みながら三人にそう言う。


「何度でも滅ぼしてやる」


リリスのその力のこもった語彙に横にいた二人は驚く。


(リリスちゃんがあんなこと言うなんて…)

(…リリス、私には理解しかねる、お前がやること成すこと全部私の為なんだぞ…なぜ人のためにそこまで尽くせる)


リリスが手を挙げると営庭の端っこに建てられていた格納庫の大きな鉄扉が左右に音を立てながら開いた。


そこにいた整備兵がホワイトデイの主翼を押して機体を営庭へと運んでいく。


格納庫から出た複葉機が日に当たって白く輝く。

その複葉機が二機、五人の前に移動してきた。


「お嬢ちゃん、しっかり改造してやったぜ。

機銃はそのままだが回路を固定したカメラにつなげてやった、これでボタンを押しても弾は出ない」

「ありがとうございます。

さて…」


運び出された機体を前にしてリリスとツァルが歩み寄る。


「決闘、十枚写真を取って多く姿を写されたほうが負け、覚えてるよね?」

「当たり前だ、お前みたいな雌よ俺のほうが上だということをわからせてやる」


二人はそう言い捨てると背中を向け機体に向けて歩いていく。


リリスは操縦席に座るとシートベルトを着用しながら思った。


(取れる枚数は十枚…しかも現像してみないと勝負の結果はわからない…やるしかない)


操縦席に座ったリリスはゴーグルを顔に装着する、するとそこに整備兵が近づいてくる。


「お嬢ちゃん、念の為、飛ぶ前に点検するぞ」

「はい、わかりました」

「じゃ、昇降舵の確認を」


リリスが複葉機の尾翼を振り返って操縦桿を前後に動かし上下にピョコピョコ動く尾翼の動作を確認する。


「昇降舵よし」

「他の両翼の動作と操作の確認を済ませ」


リリスは言われたとおりに操縦席周りの確認を済ます。


操縦桿やラダーペダルを踏んで主翼のフラップや方向舵の動作に問題がないことを確認した。


「フラップよしっ、両翼、補助翼よしっ、方向舵よしっ、ラダーペダルよしっ、操縦桿よしっ機銃よし。

整備兵のおかげで最高の飛行日和になりそうです」

「そうだろ?腕には自身があるんだ」


整備兵が誇らしげに鼻の下を指で拭く。


二人の整備兵がニ枚の羽根のついたプロペラに手をかける。

そして人力でぐるぐるとプロペラを回していくのを見たリリスは左手のスロットルを押す。


プロペラは出力を獲得するとボワッと白い煙をエンジン部から吹き出してリリスと整備兵を包むこむ。

激しく音を立てながら回転している。


「よし、最後にエンジンの動作確認だ。

プロペラの回転速度を挙げろ、スロットルを押すんだ」


重々しいエンジン音とともにプロペラの回転が早まる。

ギュルギュルと回るプロペラを見てリリスと整備兵は向かい合って微笑んだ。


「その音からすると問題はなさそうだな、スロットルを緩めろ。

準備万端だな、離陸を許可する」

「ありがとうございます」

 

リリスの動作確認を終えた瞬間遠くから整備兵の声が聞こえてきた。


「こちらも準備万端ですーーっ!!」


ツァルの機体は営庭の反対側に置かれていた。


遠くの整備兵が手を振ってすぐにでも飛べるということを示していた。


「頑張れよ、お嬢ちゃんの処女飛行だ、祝福するぜ」


整備兵はそう言って主翼から降りて地面に着地する。


プロペラをガタガタと回し向かい合っている複葉機ホワイトデイ。


中央に立っている整備兵は赤旗を挙げている。

この旗が白になった瞬間、二つの機体は徐々に接近しながら大空へと飛び立つのだ。


「間の抜けた宣戦布告だぜ、お望み通り破滅させてやる」

「この決闘で必ずシュトちゃんの魂を救う…っ!」


リリスはスロットルを全開に押しプロペラの回転速度を最大にする。


機体の振動がリリスの女の子の身体に伝わり操縦桿を握っている手もブルブルと震えている。



そしていよいよ運命の時。


営庭の中央の整備兵が白旗を掲げた。


朝の冷たい風に靡く手旗信号を目視したリリスとツァルは同時に叫んだ。


「「ブレーキ解除っ!」」


途端、白い機体は営庭をゴロゴロと滑りながら進んでいく。


二つの機体はぐんぐんと近づいて行き左右に滑りながら入れ違う。


その瞬間、お互いパイロットの表情を確認できるほど時が止まったかのように思えた。


ホワイトデイは入れ違ってからもしばらく進みついに空へと飛び立つ瞬間が訪れた。


「グッ…!!」


リリスが操縦桿を手前に引き機首を上げる。

前輪は地面からふわっと浮き上がり機体は上昇を始めた。



「浮いたっ!飛んだ!翔んだぁっ!!」


見ていたエマールは興奮のあまり拳を握って上下する。

隣のシュトロープも飛び立っていくリリスの機体を目で追っていた。


「くっ…!思ったより…重い…っ!!ぐわぁっ!!」


リリスが思いっきり操縦桿を股に引いて機体をぐわっと上げる。

ある程度安定し水平になった瞬間、左のラダーペダルを踏み込んで機首の向きを左へ変える。


「…っ!会敵っ!!」


リリスの前方にツァルの機体がこっちへ向け猛スピードで突っ込んでくる。


「クソっ…!」


リリスが更に操縦桿を引き高度を上げるとそのすぐ下をツァルの機体が通過した。


「…撮られたかな」


リリスは操縦桿を引きながらそんなことを言った。


「はっ!?」


リリスが近づいてくるエンジン音に気づき振り返るとすでにツァルがリリスの背後についてきていた。


「まずいっ!撃たれるっ!」


リリスはすぐさま機体を左右には揺らし蛇行しながら飛行する。


「クソッタレっ!一瞬でもレンズに写させない気だな、それは俺が許さねぇっ!」


ツァルもリリスの姿を捉えようと同じように左右に動きながらリリスの背後を付け狙う。


「しつこい男は嫌われるっ!」

「これで今まで生きてきたんだぜっ!!」

「クソっ…!もっと空へ逃げなくてはっ!」


リリスはスロットルを少し緩めてぐいっと操縦桿を引く。

するとリリスの機体は垂直にぐるぐる回転しながらの上昇していった。


一瞬でも姿をレンズに写させないというリリスの考えが上昇中の機体の回転に現れていた。


空へ空へと登っていくホワイトデイ。

ツァルを応援していた腰巾着はともかく、エマールも声援を贈るのに必死だった。


シュトロープはそんな二機を見て思わず呟いた。


「…美しい」

「えっ」


その言葉を耳に入れたエマールはシュトロープに突っかかった。


「美しい…?」

「…あぁ、美しい。

リリスが今飛んでいるのは自分の為じゃなく、私の為に飛んでいる。

誰かの為になにかをすると言うことがあそこまで美しいとは思わなかった」



リリスの機体は上昇し終えた瞬間、突如背面にUターンをして機首の向きを上から下に変更した。

 

「なっ!?」

「確実っ!」


リリスはツァルの驚いた表情を確かに捉えた。


「野郎…っ!」


ツァルも負けじとぐるっとUターンして降下していくリリスの機体を追う。



「誰かの為になにかをする、そんな当たり前のことを今、リリスに教わった。

それが美しい人間の行動だと言うことも彼女を見て知った。  

……それが母にできていれば…私は」


白い複葉機が晴天の空にて激戦を繰り広げている。


そんな迫力は地上にいるエマールやシュトロープにも十分伝わっていた。

 

特にシュトロープにはリリスの飛行姿が一番心を震わせているようだった。


「…そうだな、どうせ死んだら迷惑かけまくるんだ、なら生きているうちにいいことしなくっちゃあなぁ、そうだろ、母さん。

私、母さんにできなかったこと、たくさんしてみせるから、…だから、見ててくれ、母さん」


シュトロープは見せたことない微笑を浮かべて空を見つめていた。

その眼差しは空に憧れる子供の目のような、けれども身内の葬式で死に化粧を施された麗美な死人を見るような複雑な目で自由気ままに飛び交うリリスたちを見つめていた。


この大空の決闘の行方は如何に。

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