罪と罰に於いて
シュトロープを守るためにリリスは青年ツァルとの複葉機での決闘の約束を交わした。
三十日の座学も営庭も休みの日、リリスとツァルの決闘が始まろうとしていた。
だがその前日、ロディーヤの参謀本部のハッケル参謀総長の執務室でルミノスとウォージェリーとで文学の話で盛り上がっていた。
日が射し込む参謀本部の参謀総長の執務室。
ルミノスとウォージェリーはソファに座りながら本を読んでいた。
「ん〜やっぱりドストエフスキーの『罪と罰』は読みづらい…」
「はっはっはっ、だが実存主義の考えを理解するには丁度いい、長いが一読の価値はある」
「そうか?それより人物の名前が覚えられないんだが」
ルミノスはロシアの文豪フョードル・ドストエフスキーの傑作、罪と罰を熟読していた。
だがパタンと本を閉じてローテーブルに置いた。
「だめだ、どうもあの国の文章は私には合わない」
ルミノスは頭の後ろに手を回してソファに寄りかかる。
そんな中、ウォージェリーはある一つの本を持ってルミノスに言う。
「ルミノス、一つ面白いことを思いついたんだが言ってもいいかな」
「いいけどふざけてたら殴るぜ」
ウォージェリーは本棚から取り出して立ち読みしていた本の表紙を見せた。
H・G・ウェルズの短編小説『The Land Ironclads』と書かれた本だった。
「『The Land Ironclads』?訳して陸の甲鉄艦?何だそれ」
ルミノスの問いにウォージェリーは答える。
「半自動小銃で武装した長さ三十メートルの装甲戦闘車両、陸装装甲艦が登場するんだ。
これをもとにした車両を作れないか?」
その言葉にルミノスは尋ねる。
「できるのかよ」
「箱のような車体前後に一門の主砲の速射砲 左右側面に重機関銃二丁、全面攻撃が可能性にする、これならロディーヤの今の技術力でもできるだろう、私がただの戦争キチだと思ったら大間違いだ、より多くの人間の死体の山を築くためなら粉骨の気合いだ」
ルミノスは天井を見上げてその案を考える。
「…そんなもの作ったら戦力が上がるだろ、テニーニャだってそんなこと考えてないのに無双してしまう…けどまぁ大量に生産すれば各地の工場は疲弊するかもな、適当に量産しまくって新品のまま適当に破棄するか」
「と、言うことは?」
「採用しよう、参謀総長殿もきっと承認してくれると思う、いい案だ、文学に精通しているからこその案だな、とにかく無計画に量産しまくって捨てよう捨てよう、億かかったゴミが大量に作られるぞ」
ルミノスは立ち上がって参謀総長の机を漁る。
「そうとなれば作ってくれる企業を探さなければ…」
ルミノスが机の引き出しを引いくと引き出しのそこに大量のルナッカー少尉の白黒写真が大量に貼られていた。
様々な角度から撮られた写真にルミノスは複雑な心境だった。
「もう死んだ人間のことをいつまで引きずる気なんですか総長殿…あなたにはわたくしがいるというのに…」
ルミノスが机に手をついて悔しそうに小さく呟く。
そんなルミノスの姿を見ていたウォージェリーが言う。
「その少尉とやらが死んでから参謀総長乗せる執着は徐々に増してきているな、今日も少尉の遺体を見に行ったんだろう?復讐相手というより愛人みたいだな」
「当たり前だ…参謀総長殿の生きる目的の半分はこの少尉を生かしたまま生涯苦しめること、敗戦を狙うということは告げても少尉が自殺する理由にはならないが並行して行っている総長殿の復讐の原因が自分にあるとわかったなら少しでも巻き込まれて死ぬ人間や参謀総長の計画を破綻させるために死ぬ、だから復讐だけは告げていなかった。
ルナッカーのことは総長殿がよく知っていた。
きっと死なない、敵に撃たれても力強くしぶとく生きていてくれるだろう、そう思っていた少尉の自殺はきっと深い喪失感を心に負わせたに違いない…」
ルミノスは引き出しを閉じて窓の外を見つめる。
「戦争に従順で人思いなルナッカー、敗戦後の楽園を信じ参謀総長殿に従う私。
まぁそりが合わなくて当然だったな」
窓辺から離れて執務室を出ようとするルミノス。
「どこに行くんだルミノス」
「いや、そろそろ参謀総長殿が帰ってくるからコーヒーを淹れておこうと」
「そうか、私にも一つ」
「うるさい邪悪、貴様は下痢便でも飲んでろ」
金の取手を握って扉を開けてルミノスは部屋を出ていった。
一人になったウォージェリーはルミノスが座っていたソファに腰を掛ける。
まだ少し温かいルミノスの尻のぬくもりを感じつつも一人で想いを巡らす。
「ルミノスたちにとって戦争は手段の一つでしかないんだな。
言うなれば目的のためなら手段を選ばない、か。
では私は手段のためなら目的を選ばないと言ったところだな、いろんな考えを持つ人間がいるものだ。
戦争を楽しんでいる私なんかよりそれを手段にしている、しかも敗戦の方向で講じている参謀総長たちのほうがマジの邪悪だと感じるのは私だけだろうかね」
ウォージェリーの顔は余裕そうな笑顔を浮かべていた。
そしてテーブルに置かれた罪と罰の書籍を手に取った。
「『絶望のなかにも焼けつくように強烈な快感があるものだ。
ことに自分の進退極まった惨めな境遇を痛切に意識するときなどはなおさらである』
ドストエフスキーのこの言葉、嫌いじゃあないね、もしかして私には露助の血が流れているのかな」
そう独り言を言いながら書籍を本棚にもどしていった。
楽園は我々一人ひとりの内にあるのです。
それは今私の内にもあるのです。
フョードル・ドストエフスキー(1821〜1881)




