身を尽くして空を飛ぶ
兵学寮裏でシュトロープの態度を気に入っていなかった青年ツァルとその腰巾着の青年。
暴行を加えている現場を見たリリスはシュトロープを賭けた勝負をツァルに持ちかけた。
その勝負内容とは。
兵学寮の裏での勝負を決め込んだリリスとツァル。
その後二人は別れ決闘の準備のためにあちこちを移動してした。
向かったのは複葉機ホワイトデイが格納庫されている倉庫だ。
「え?お願い?」
複葉機の整備をしていた整備兵の青年がリリスに聞き返す。
「うん、実は…」
リリスは整備兵に耳打ちをして決闘の内容を話す。
「…う〜ん、それは教官の許可取ってるの?」
「いや実は取ってないんだよね…あはは…
…でもきっと許可は下ろしてくれない。
私は一人の飛行兵として、そして友達のためにこの決闘の準備をお願いしたい」
リリスは深く頭を下げて整備兵に言う。
後ろのエマールとシュトロープも頭を下げる。
「…仕方ない、深刻な事情があるのはわかった。
いいだろ懲戒覚悟でやらしてもらおう」
「…っ!ホントですか!?」
リリスたちの表情が朗らかになる。
「おいおいいいのか、下手したらこの少女とツァルとやらと一緒に最前線送りにされるぞ」
「構わないさ、俺たちは整備兵、勇気ある兵士を乗せる機体に喝を入れるのが仕事だろ」
リリスたちは格納庫をあとにした。
「リリス…ほんとにいいの…?下手したら歩兵として前線に戻されるよ…?」
「私は空が飛びたくて志願したんじゃない、戦争を早く終わらせられるかもしれないと思ってなろうと志願しただけ、前線の歩兵でも戦争に従事できる」
営庭のから兵校舎に入る三人。
「…ツァルはきっとコネ使って飛行兵になるだろう、だからあの程度の決闘なら多めに見てくれると思って受け入れたんだ、リリスにデメリットが多いぞ」
「それでもいい、シュトちゃんを救えるのならそれでいい。
三月三十日、この日は合宿最後の前日で座学も営庭も使わない、やるならこの日しかない…っ!」
リリスとツァルの間に交わされた決闘の内容とはどんなものだろうか。
リリスは少し前にツァルと交わした決闘の内容を回想する。
「決闘の内容は飛行兵らしくホワイトデイで決める。
練習機の機銃をカメラに代え操縦桿のボタンを押すとシャッターが切られるように整備兵に改造してもらう。
お互い十枚写真を撮ることが出来、十枚の中で相手のパイロットの姿をより多く納められた方の勝ち、写真を撮られるということは撃たれるということだからね」
リリスが提示した決闘の内容は複葉機ホワイトデイを用いた一対一の空の勝負だった。
「はン、そんなんでいいのか、悪いが俺はここに来る前から自家用の複葉機を買って練習していた、お前はその点まだ自分で動かしたことなんてないだろ、負けたいのか?シュトロープのことが嫌いなのか?」
兵学寮の棟の裏で交わされた決闘。
「リリスちゃん…っ!いくらなんでも無茶だよっ!」
「…エマールの言うとおりだ、自力で飛ぶということがどれほど難しいか…」
リリスは二人に向ってはっきりと意思を示す。
「エマちゃん、シュトちゃん、私は人を護りたい、そういう軍人でありたい。
国の為に尽くす兵士がいるように、人に尽くす兵士だっているんだよ。
その行動に理由はない、ただそれが軍人としての義務だと言うことだけははっきりしていると思うんだ」
リリスは二人に向ってそう言うとツァルに言い放つ。
「日付は明後日三十日、私も協力してくれる整備兵もおそらく処罰される、けどきっとツァルの家は名家らしいからコネでなんとかするんだろうけど。
私はあなたを没落させようなんて考えていない、ただシュトちゃんに近づけたくない、それだけ」
「…いいだろう、目に物見せやる。
正直びっくりした、こんなにお前に不利な決闘を申し込むなんて笑っちまうぜ。
じゃあなんでも間抜け、首洗って待ってろ」
リリスの頭には決闘を交わした映像が回想として流れていた。
「……ん……ちゃん……リリスちゃんっ!」
回想に浸っていたリリスがエマールの声でハッとさせられる。
「あっ…ごめん、今集中してて…」
「もう…しっかりしてよリリスちゃん」
三人は廊下を歩きながら会話を続ける。
「エマね、リリスちゃんのこと好き。
こんなに人のために自分を犠牲にできる人いないもん、
…その、もし懲戒処分に生って前線送りにされたらエマもついていっていいかな…?もともとそんなに空を飛びたいって思ってたわけじゃないし…ね、?どうかなどうかな?」
エマールが上目遣いでリリスの身体にすり寄る。
「…だめだよ、違反しようとしてるのは私とツァルだけだし、二人はここで飛行兵にならないと」
三人が廊下の終わりにたどり着くとそこに木の扉が設置されてあった。
リリスがその扉を開くとそこにはあの操縦席を模した座席があった。
操縦桿もスロットルもラダーペダルもむき出しの座席が暗い部屋の中に置いてあったが扉から差し込む光によって照らされていた。
リリスはその倉庫の中に入り座席に座る。
ここで一人訓練をしようと言うのだ。
シュトロープはその座席に座ったリリスを見ながら呟いた。
「母さんは弱い人だった…帝王切開っていうだけで自然分娩の母親から嫌がらせをされて自分を責め続けた、母親失格だって…
大人の理屈が母さんを殺したんだ…私はただそんな母に近づいて見せたい、私はこんなに強くなったんだぞって…それだけ、その一心だけだった。
私が飛行兵に志願した理由は、空にいる母さんに近づきたい…ただ空を飛びたい…
だから市立図書館でたくさん学んだ、早くいい成績を修めてイーカルス航空隊に入るために誰にも教えずに知識を、コツを温存していた」
シュトロープはリリスの横について座席の肩に手を置いた。
「リリス、私が教えてやる。
しっかりと身に着けろよ」
「…っ!ありがとう…!シュトちゃんっ…!」
シュトロープはリリスの清らかな笑顔に見つめられ頬が少し赤くなる。
「…あまり見つめるな…シコリリスしちゃうだろ…」
「あっ…ごめんっ!
よ〜し頑張るぞぉ〜っ!」
リリスとシュトロープが座席で操縦のコツを教えてもらっている傍らエマールはやることがなくなってしまった。
ただその場に佇むエマールはリリスたちに言う。
「ねぇ、エマにもなにかできることないかなっ!なにか役に立ちたくて…」
「じゃあ、エマちゃんは…ええっと…」
リリスは一生懸命役割を探してみる。
「…ごっごめん…あんまり役に立てなくて…」
「そんなことないよエマちゃんっ!エマちゃんは効果音と敵機の召喚をお願いっ!」
「えっ?」
三人がいる倉庫はいつの間にか操縦席に早変わりしていた。
「リリスちゃんっ!敵機が左に旋回っ!高度を下げながら降下中っ!」
「了解っ!」
「…リリス、左のラダーペダル踏み込みすぎだ、もう少し軽く」
「了解っ!操縦桿を押し込んで降下開始っ!
今だっ!攻撃開始っ!」
「ズダダダダタっ!リリスちゃん、敵機撃墜っ!」
「やったっ!」
三人がそれぞれの役割を果たしながら模擬的な操縦を行っていた。
三十日の決闘に向けて精一杯時間を費やしている三人だったのだった。




