敵国に告ぐ
辺鄙な田舎町から両親と別れ、ロディーヤ女子挺身隊として徴兵されたリリス・サニーランド。
敵国テニーニャ共和国と戦うために集められた兵士たちはロディーヤ帝国の首都チェニロバーンに赴き皇帝陛下スィーラバドルトの演説を聞く。
輸送車に送られてロディーヤ帝国の首都、チェニロバーンまでやってきた。
輸送車から一人、また一人と見知らぬ少女隊の少女たちが降りていく。
「わぁすごい…ここが…」
リリスは驚いた。きらびやかな町並み、はためくロディーヤの国旗。路面電車に飛行船、繁栄の栄華がこれでもかと詰め込まれた花の都である。
しかしその影は恐慌により失業者で溢れた不景気の中心地でもあった。
他の少女たちも初めて見る帝都に沸き立っている様だった。
「どうせだったらお出かけのときに来たかったね〜」
「よりによって戦時になんてねぇ」
そんな声が聞こえてくる。
全く同感だ、でも軍服を着て偉くなった気分でいる私の上京もなかなか乙なものである。
普段着よりは田舎者に見られないだろう。
しばらく町を眺めていると一人の軍服を着た少女がカツカツと靴音を鳴らしながら私たちに近づいてきた。そして私たちの目の前に来ると両手を広げて
「よく来たなかっぺたち、ようこそ帝都チェニロバー
ンへ」
深緑色の髪に外ハネの後ろ髪が肩甲骨まで伸びており、右が髪で隠れている。
権威ありそうないかにもな軍人だ。威勢のいい声にみんなすっかりあ然とさせられている。
「私がお前たちロディーヤ女子挺身隊を指揮するエル・ルナッカー少尉だ。純粋無垢なる乙女たちを立派な軍人へと変えるのが私の軍務だ。以後よろしく」
そう言うと今度は両手を腰に回し。
「これから向こうの広場で皇帝陛下がお前たちを激励してくださる。そのお言葉を清聴し、戦士として気風を高めてもらう。ロディーヤ帝国の兵士の名に恥じぬような働きを期待してな」
その言葉を聞き、一気に空気が緊張に包まれる。
今まで銃器など握ったことのないような少女たちがいよいよ殺し合いへと参加しなければならないのだ。
「なにを緊張しているのだ?ここは敵地ではないぞ。安心しろ、相手は小国テニーニャ共和国だ。すぐに戦争は終わるさ」
そう言って私たちを和ませようとしたのか、真意はわからないが少尉はにこやかに微笑んだ。
張り付いた笑顔のようで恐ろしい。
「さぁそろそろ皇帝陛下がご覧になる、広場へ急ぐぞ」
そう言うと私たちに並ぶよう指示し、列になって帝都を闊歩した。
私は最前列になったので広場へと向かっている間、ルナッカー少尉とお話できた。
「あ、あの…」
「ん?なんだ?」
「兵士ってなにさせられるんですか?兵役なんて就いたことなくて…」
「おいおい大丈夫か?そんな弱気で。さっき俺が言っただろ、純粋無垢なる乙女たちを調教すると。精密射撃から銃剣突撃まできっちり叩き込んでやる」
「やっぱり敵を…殺すんですか?」
「当たり前だろ?殺さずにどうやって勝つんだ?競技じゃないんだ、全員仲良くサッカーして勝敗決めましょうね、とはいかない」
「そうですよね…」
「お前はまだまだ清いな、しごき甲斐がありそうだ」
そう言うと少尉は顔に影を作り笑った。ギラギラ光る眼光が少し苦手だ。
そうこうしているうちにいよいよ広場へたどり着いた。
そこには何千もの軍服を着た青年たちが整列している。はためく国旗を掲げ、音楽隊が軍歌を流す。
「お前たちは少女隊だ、むさ苦しい帝国陸軍の男共とは混ざらない。
挺身隊は清き選ばれた国母だ。
最も、任務はあいつらと同じだがな」
筋骨隆々の男から知識人そうな男まで、千差万別の人が揃っている。
私たちにあの人たちと同じような働きができるだろうか。
「とにかくお前たちはここに並べ。もうすぐ謁見の時間だ」
そう言うと少尉はどこかへ行ってしまった。私が先頭だから私が並ばせればいいのだろうか。
「と、とりあえず、隣の人と同じように並んで下さーい!」
「え?あなたが指示するの?」
声をかけた瞬間、黒髪のショートマッシュの子にいきなり楯突かれた。
「えっと、とりあえず並ばせようかなって…」
「なるほど、まだにもわからない少女たち的確な指示を与えて主導権を握ろうってことねぇ。見かけによらず出世欲がすごい」
並ぶように言っただけなのにどこに出世欲を感じたのかはわからないが、一応的確との評価を貰った。
「そういえばさっきも少尉とお話していたらしいけど…どんな話?やっぱり媚売りとか…?一体どんな会話?」
なかなか面倒くさい人に絡まれてしまった。
「いいから早く並んでっ!陛下がお見えになっちゃう!」
「ふっふっふっ、ここは一つ戦略的撤退、ね?私のこと覚えておいてね?」
やっと並んでくれた、こんなに疲れる人が少女隊にはたくさんいるのだろうか?
どうか気の置けない戦友がいますようにと祈る。
しばらく立っているとどこからともなく声がした。
「スィーラバドルト皇帝陛下っ!御謁見っ!」
途端に華々しい音楽が流れ、広場に礼装に身を包んだ陛下が現れた。
広場に並んだ兵士たちに手を向けると広場の壇上へと上がった。
立派な髭と深く窪んだ目がキラキラ光っている。
普段のきらびやかな装いとは違い、軍服姿であるが、なおも厳かな雰囲気が放たれている。
集まった兵士たちを前に、演説が始まった。
「ロディーヤ帝国兵士に告ぐ、いよいよ我が国国防の聖戦の日が訪れた。
相手は不倶戴天の敵、テニーニャ共和国!
ちょうど百年前、テニーニャ帝国は無謀にも我が国に戦争を仕掛け、そして敗北した。
戦勝国となったロディーヤ帝国はそれからみるみるうちに成長し、他国を圧倒する科学技術や金属加工技術を手に入れた。
しかし今、そんな我が国が危機に瀕している。
未曾有の恐慌により失業者は溢れ、やせ衰え、餓死が自殺かの二択を迫られてしまっている。
しかし!そんな我が国と民を救うときが来た!
目指すは敵国テニーニャ共和国!
我が国ロディーヤ帝国は八月八日、記念すべき建国記念にテニーニャ共和国へと宣戦布告!戦争が始まった!
他国を統治し搾取を続ける彼らは豊富な資源を使い切れていない!飢えに苦しむ国民を救うにはもはや他国から譲り受けるほかない!君たち名誉ある救国の先駆けとなり、ロディーヤの歴史に名を残してほしい!
見たくはないか!君たちが主役の映画や物語を!」
植民地を持てず飢え苦しむ我が国とっ!他国の植民地支配を続け搾取を続ける悪の国を撃ち倒す英雄譚をっ!」
陛下の演説の終わりとともに広場に大歓声が沸き起こった。
鼓膜が破れんばかりの大拍手。
広場が揺れ動いたようにも錯覚した。
これがロディーヤの皇帝陛下なのだ、負けるわけがない。そう確信した。
先程絡んできた出世欲ちゃんも感極まって涙を流している。
「やっぱり陛下の演説は最高っ…!」
皇帝陛下がいなくなったあとも広場には歓喜が残っていた。
「どうだ?素晴らしいだろ?お前たちもロディーヤの兵士の仲間なんだぞ、誉れに思え」
少尉もやはり心踊っているようだ、頬を赤らめさせ興奮を抑えきれていない。
「あなたも誇りに思うよね?せっかく挺身隊に知り合いができたんだからお互い協力しようね」
「う、うん、頑張ろうね」
そういえばまだ彼女の名前を聞いていなかった。
「ねぇ、名前は?」
「私?私はウェザロ・ウエニング。お見知りおき〜」
「そうなんだ。私はリリス、リリス・サニーランド」
「ほぅ…覚えやすい名前でいいね…メモメモっと…」
そう言うとウェザロは手帳を開き私の名前を書き込んだ。
「私は物覚えが少し悪くて…」
書いている途中、少尉が声を上げた。
「よしっ!お前たち!覚悟はいいな!少女隊中隊、もといロディーヤ女子挺身隊の名にかけて目指すはテニーニャただ一つっ!これから厳しい訓練の連続だがきっちりついてこいよ!」
そう言うと挺身隊のみんなは拳を掲げた。
意欲万全、ロディーヤ女子挺身隊の威信を見せつけたのだった。
ロディーヤ帝国
百年前、侵略してきたテニーニャ帝国との戦争に勝利し、皇帝戴冠式によって成立。
その後も勤勉な国民性により国を発展させた。
科学技術や金属加工技術に優れ、短期間で強力な軍隊を作り上げた。