戦場の夜の底
武装聖歌隊の連隊の中隊に着任したエロイスたち。
アズという奪われた小都市の奪還のため戦地へ向かう。
銃後のテニーニャ首都のボルタージュでは親衛聖歌隊とテニーニャ陸軍により新兵器の開発に着手していた。
テニーニャ共和国の首都ボルタージュの兵務局本部の作戦室にて幹部たちが集まって話し合いをしていた。
長いテーブルの一番奥にはグラーファル閣下。
その前の左右には武装聖歌隊本部長兼総指揮官のフゥーミンと兵務局局長のスニーテェ。
それ以外に座っているのは男の軍服を着た将校や背広のスーツを羽織った男性たちが座っていた。
テニーニャ国内の企業から送られた男たちだ。
「では、早速その案件というやらを…」
「ええ、これより説明いたします」
スーツの男の要求にスニーテェが席を立ちテーブルの前の黒板に立つ。
「今の我々はロディーヤの反撃を順調に勧め追い返しております、一段落したところで兵士の命を守るための盾が必要だと感じたのです」
「盾?」
スーツの男たちは身を乗り出すようにして耳を傾ける。
「もちろんただの盾ではございません、動く盾でございます。
敵陣地や鉄条網、塹壕を潰しながら走破し砲や重機関銃を撃ちながら前進する…そんな盾でございます」
スニーテェの説明が終わると男たちはおおっと感心したように声を上げた。
「本当にあんなのできるの?自走砲の上位互換じゃん」
「何事も作ってみなければわからないものだ、少なくとも私の腹は痛くない」
フゥーミンとグラーファルがそう話している。
スニーテェは更に詳細を言い渡す。
「要求するスペックは全長10.2メートル全幅4.5メートル重量26トン程度、これは多少前後してもいい。
菱形の車体にぐるっと大きく履帯が設置し、全面に固定した速射砲、側面から飛び出た左右の砲郭から重機関銃を設置。
歩兵進撃を支援することが第一です、これを開発してくれる企業はどこかでありますでしょうか、受けてくださるのであれば多額の…」
「ぜひ我が社にっ!」
「いえいえ私共におまかせを」
「安心と信頼と実績の我が社にっ!」
企業の男たちが手を上げて開発の受け入れを求める。
男の参謀がグラーファルに耳打ちする。
「閣下、本気ですか?あんな訳のわからない兵器に軍資金を割くなど…」
「少しやってみてだめだったら白紙だ、色々試作するのもいいじゃないか、なにがどう戦場に影響するかどうか配備してみないとわからないものだ」
賑やかな兵務局の作戦室から場所は変わって。武装聖歌隊の前線にいたエロイスとドレミー。
配属された第一歩兵連隊の第一歩兵中隊の二人と中隊長のシェフィールド・S中尉。
彼女たちは炊事や睡眠、トランプなどの遊びに興じる武装聖歌隊の兵士たちがたくさんいる廃村の開けた場所にいた。
その場所にはずらりと歩兵砲が並べられていた。
おそらく小都市アズでの市街戦に備えたものだろう。
エロイスはその場所で何やら動物の車輪のついた移動式の小屋のようなものを見つけた。
「あれって動物小屋ですか?食糧のためですかね」
エロイスが小屋に駆け寄るとそこにいた動物を確かめる。
「あっ、鳩だ!これは鳩舎だっ!」
そこには数羽の鳩がバタバタと羽根を動かしていた。
「かわいい、伝書鳩だね」
二人はその鳩を網越しに膝を抱えて観察する。
「癒やされる〜」
二人がその愛くるしい鳩に頬を顔を緩めさせられていると一人のメガネをかけた歩兵が近づいてきた。
「触ってみるかい?」
「え…、いいんですか…?」
「構わないよ、撫でるだけどけどね、放ったりしちゃだめだよ」
その歩兵は鳩舎の扉を開き中にいた鳩を一匹抱えるように取り出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます…っ!」
歩兵から受け取った鳩を腕の中で抱える。
鳩は大人しくエロイスの腕の中で座って首を左右に動かしている。
「かっ…かわいい…っ!ドレミー撫でてみて…っ!」
「うん…っ!」
エロイスの腕の中にいる鳩の柔らかい身体をドレミーの白い手で撫でる。
「おお…っ…すごい…温かい」
その光景を見ていた中尉も近づいてくる。
「あっ!中尉も撫でてみます?温かいですよ」
中尉は激しく首を上下に振る。
近寄ってきたエロイスの腕に赤子のように乗せられた鳩に恐る恐る手を伸ばす。
中尉の手が鳩の身体に触れるとゆっくりと喜喜と撫でる。
その鳩の愛らしさに癒やされて仮面越しでも頬が赤くなっているのがわかる。
中尉は片手で撫でながらすかさず乗馬ズボンのポケットから単語が書かれた小さな用紙を片手で取り出した。
「『(◍•ᴗ•◍)♡』」
その用紙を出された二人は鳩と同じぐらいの可愛らしさのある中尉に癒やされる。
(鳩もいいけど中尉もかわいい…)
中尉はその用紙をしまい新たな単語の小さな用紙を取り出す。
「『美味しそう』」
二人は予想外の単語にあんぐり口を開けてしまった。
冗談なのか本気なのか尋ねる気にはなれなかった。
「ダメッ!鳩ちゃんは私が守るっ!」
エロイスがメガネの男の歩兵に鳩を手渡した。
中尉がしょんぼりしているところを見るにどうやら本気だったようだ。
そんな楽しいひとときを過ごした三人、次第に太陽は傾き始めて辺りは真っ赤に燃えるような橙色に包まれていく。
その夕焼けは昼間でのひとときを思い出させ少し寂しい気持ちにさせる魔力があった。
そんな斜陽も地平に落ち、あっという間に見える世界は濃紺に沈んでいった。
エロイスとドレミーは近くの馬小屋跡らしきところに向かい、そこの小屋で大量の干し草が無造作に積まれているのを発見した。
「干し草だ、寝るならこの中がいい」
ヘルメットもバッグパックもその場に捨てて干し草の藁の上に飛び込んだ。
「うわ、くさい…!」
「あははっ、でも暖かそうだ…ねっ!」
エロイスも小屋に満ちた干し草のベッドに飛び込んだ。
「本当だ…臭い」
「でしょでしょ、でも見て、脚を藁の中に突っ込むと…あったかぁ〜い」
「どれどれ…おおっ、温かい…」
「確か、藁の中の空洞が温度を保ってなんとか…みたいな」
「へぇ〜…博識だね」
「そっ…そうかな…ありがと」
二人は並んで軍服の上から藁の上掛け布団を身体に被せて小屋の天井を見つめる。
馬小屋の屋根は一部は崩落したのか、天井の向こうの星空の一部が二人の目に見えた。
「きれいな星空…」
「ね、ドレミーと一緒に温かいベッドで星空を見ながら寝る…家にいるときより豪華な睡眠かも」
「本当?」
「うん、誰かと一緒に寝るってすごく温かいことなんだってこの戦争が教えてくれたんだ」
「そっか…」
エロイスとドレミーは藁のベッドの中でお互い指を絡ませるように手を握りしめる。
「夜は…みんなのことを思い出しちゃって辛いかな…クレヤ…今頃どうしてるかな…ちゃんと逃げられたかな」
ドレミーが寂しそうにそう星空に向けて呟いた。
「…おやすみ、起きてると不安で泣いちゃいそう…」
心からの不安を吐露したドレミーを見たエロイスはジブンの腕を彼女の背中に回し、抱きつくようにする。
「…おやすみ、また明日」
「…っ…うん、またね…っ」
ポツポツと光る明かりが集まった星空の下、暗く沈んだ濃紺の夜の底で干し草のベッドの中で抱きつきながら眠りについた野戦服姿の少女。
強く、けれども時々寂しくさせる夜を身で感じながら目を閉じた。




