進撃するホイールオブフォーチュン
テニーニャ国防軍はハッペルの町を強固な要塞へと変えていっていた。
そこに国防軍の少佐、ハーミッド・フロントが現れる。
彼女は朗報を伝えに来たのだった。
それがロディーヤ軍のハッペル攻撃が十一月七日に決定したと言うことだった。
一方のロディーヤ軍はハッペル攻撃のための作戦を練っていた。
ロディーヤ帝国陸軍内では混乱が広がっていた。
ルミノスが連れて行った陸軍将校が帰ってこない。
指揮するものがいなくなってしまった以上、下士官たちはただその場で居座ることしかできなかった。
ざわめく帝国陸軍兵が背中をちょんちょんとつつかれた。
「あの、よかったら一緒に行動しませんか?挺身隊には少尉がいるんです。
きっとうまくまとめてくれますから…
どうでしょう?」
リリスが帝国陸軍全体へ向かって呼びかける。
眩しい笑顔とは裏腹に陸軍兵の表情は険しかった。
そしてリリスの肩をどついた。
「黙れよ、女のくせに俺らに命令するんじゃねぇ。
さっき参謀総長から作戦の指示が届いた。
内容は帝国陸軍全員で塹壕を守る、そして挺身隊でハッペルの町へ突撃させる」
「っ!?何っ!?」
思わず少尉が突っかかる。
「なんだそれっ!ふざけているにも程がある…塹壕は確かに大きいが、だからって帝国陸軍全員で守ることはないだろ!それになぜ少女だけ編成された挺身隊を行かせるんだ!こんな滅茶苦茶な作戦…お前たちは疑問に思わないのかっ!?」
少尉が激高する。
しかし陸軍兵は相変わらず落ち着いていた。
「参謀総長の命令とあらば仕方ねぇ、それにこの作戦なら少なくとも陸軍に損害は出ない」
「…っ!そんなこと言っていたらロディーヤは負けるぞ…!」
「国より我が身だろ、参謀総長もなんでこんな司令出してくるのかはわからねぇが、誰も異論を唱えないあたりみんな俺と同じことを考えているんだと思うね」
「…そうか、わかってはいたが、全員が全員忠君愛国とは限らないしな…しかしここまでまでとは…」
少尉はうつむいたまま戻ろうとした。
挺身隊員たちも心配そうに出迎えると、そこに十人ほどの帝国陸軍兵が群れを抜け駆け寄ってくる。
「ルナッカー少尉!俺、挺身隊のちからになりたいっスっ!少女たちが鬼神の如き力を発揮する…これはもう力にならざるを得ないッスよ!」
「俺も…失敗した陸軍の突撃を、挺身隊が軍令違反してても成功させたって…
俺、軍令遵守して多勢の命を落とすより、軍令違反してでも多勢の命を救うほうがかっこいいと思います!」
「お前たち…」
「十人じゃあ力不足かもしれませんけど、俺、女を守って死ねるならそれでいいっス」
少尉の緩んだ顔が軍人らしい厳しい笑顔になる。
「よし、お前たち、俺と来い!勇敢な少女兵たちに挨拶だ!」
「はいっ!!」
十人ほどの陸軍兵が少尉の背中についていく。
それを仲間の陸軍兵は冷たく見送った。
「フッ…死にたがりめ…」
少尉が机に地図を広げて指を指しながら説明する。
「あの町の作りは単純だ、東西南北に大きな通りがあってそれが町の中心部の広場と教会に繋がっている。
ここを占拠できればハッペルは陥落だ。
だが当然それぞれの道には弾丸の雨が待っている、それを切り抜けて中心部まで行くとなると、少し厄介だな」
ウェザロが疑問を呈す。
「やっぱり参謀総長の命令に逆らうことになるのかな」
「いいやウェザロ、参謀総長が命じたのは挺身隊の突撃だ、その定義を外れなければ何と言えまい」
ベルヘンが心のうちで確信した。
(やっぱり…参謀総長はわざと無茶な命令を…少尉、辛かったら相談してくれてもいいのに…)
ベルヘンの視線は健気に笑顔で説明する少尉の方へ向いていた。
「この通りの距離は長い、歩兵だけで攻めていくと時間がかかるし、死者も増える…うーん、どうしたものか」
帝国陸軍兵と挺身隊が仲良く首を傾げる。
おそらく障害物も設けられている通りで銃弾の雨、とてもじゃないが通り終える自身は兵士たちにはなかった。
するとリリスが駐車していた輸送車の方を見る。
「そうだ輸送車ですよ!」
その場にいる全員が首を傾げる。
「あの輸送車に乗って勢いよく通りを駆け抜けましょう!そうすれば安全にすぐに広場までたどり着けます!」
少尉が顎を触る。
「少ない人員を安全に早く運べる…確かに輸送車はいいな」
「リリス、やるねぇ」
「名案ですわね」
リリスが照れくさそうに頭を掻く。
「だが残念ながら懸念点もある。
輸送車が完全にたどり着けるほど通りは通りではない虞があることだ、どんな障害物があるかわからない。
鉄条網や土嚢ならまだしも、瓦礫でふさしでしまっていたとしたら…」
「その時は降りましょう!危ないですけど、引っかかって転倒したらもっと危ないですし」
少尉を含め全員が納得する。
「よし、俺は輸送車の運転手に掛け合ってみる。お前たちはここで待っていろ」
そう言うと少尉は輸送車の方へ走っていった。
「リリス〜たまにはいい仕事するじゃん」
ウェザロがリリスの肩へもたれる。
「そんなこと…あるけど!」
リリスの周りに周囲にいた兵士たちの中で笑いが起こる。
リリスもどこか誇らしげだ。
その間に運転手と少尉が戻ってきた。
「どうでしたか?少尉」
「…あぁ、だめだった…運転手に断られてしまった」
息を切らしながらそう答える。
「あの野郎…一発ぶん殴って…」
「違うんだウェザロ…燃料が…燃料がもうほとんどないらしい。
ハッペルまで運転する頃にはもう尽きているとのことだ…リリスの考案を無駄にしてしまったな…」
隊の中で落胆の声が上がる。
結局歩いて攻め入るしかないのかとどれもが思ったとき、帝国陸軍から声が上がる。
「なら、馬を使うというのはどうでしょう?」
「馬…?騎乗なできないぞ」
「違うッスよ、馬に引かせるんス。
挺身隊たちが運んできてくれた馬で」
陸軍兵が目をやるとそこには退屈そうに鼻を鳴らしている軍馬がいた。
「結局一度も使っていないんですよ、だからようやく活躍の機会が回ってきたとワクワクしているはずです」
「なるほど、馬でハッペルまで運んでそこから残った燃料で爆走というわけか。
だが馬に輸送車を引かせるとテニーニャに作戦がバレてしまうぞ」
「だから偽装するんですよ、干し草とか荷物とか載せて農民を装うんです。
近くから見れば一発でバレますけど、遠目からではわかりませんよきっと」
「そうか…よしわかった、作戦を再確認する!
まず馬で輸送車をハッペルの町の四つの通りまで運び、あとから隠密しながら兵を乗り込ませる!
そして輸送車で四方から中心部へ向かって爆走し、一気に攻め入るぞ!決行日は聞かされている通り十一月七日の早朝!それまでしっかりと体を労うように!」
少尉の説明が終わるとそれぞれバラバラに散っていった。
寝るもの、遊ぶもの雑談するもの…
リリスたちも少尉抜きで雑談していた。
「そういえば私達訓練場での入浴を最後に風呂入ってないなぁ」
「ね、こんなに同じ服を着込んだことってないかも」
「私はすっかりなれてしまいましたわ、こんな姿、親にはとても見せられません…」
「メリーちゃんの親厳しそうだもんね」
「あら、そんなことなくってよ?とても聡明で優しく、まさしく戦士と聖母のような方ですわ」
「へぇ〜」
「親自慢?まぁいいけどさ、それより風呂だよ風呂!ハッペルにはあるかなぁ」
「ね〜、私も色んな所がもう臭くて…腕も頭も脇も足も…」
「え、嗅いでみてもいい?」
「えぇ、まぁ…ウェザロちゃんがいいのなら…」
リリスが軍靴をぬぎ靴下をウェザロの鼻に近づける。
ウェザロが勢いよく鼻で吸い込む。
「すぅぅぅぅぅぅぅぅ……ゴッホげっホッ!!臭いというより薄汚い!目に染みるような匂いだっ!!ゴッホゴッホっ!」
「そんなじゃないでしょ!…だよね?」
「はい!嘘でした〜!」
ウェザロがすかさずおどけてみせる。
「リリス臭くないって言ったら嘘だけど、流石に激臭ってほどじゃないよ」
「よ、良かった〜…」
「では次は私が…」
メリーが足の先をウェザロの鼻へ向ける。
「んぅ〜…これは…フローラルなジャスミンのかお…お゛っ…ォ゛ロロロロロロッ!」
「ひどいですわウェザロさん!」
「あははっ冗談冗談っ!ごめんってメリー!」
リリスたちの余談も冬の寒さに負けず盛り上がっていた。
もうすぐハッペル進撃、作戦の成功を祈るように、楽しく笑っていた。