白黒、楽園、そして斜陽
『白の裁判所』の最高指揮官、ルミノス・スノーパークが実は去勢されていた男であることが発覚。
性犯罪に強い忌避感を持つルミノスはルナッカー少尉に乱暴を働いた陸軍将校を惨殺し、不本意ながらルナッカーの肩を持ってしまった。
一方ハッペルにて陣地を組むテニーニャ国防軍に新たな人物と吉報が。
ハッペルは陣地構築に大忙しだった。
土嚢で作られた防壁に、民家の内部に機関銃を設置して銃座にしていた。
町の中心部の教会にも兵を忍ばせ、いつロディーヤが攻めてきてもいいように準備していた。
「オーカ准尉、銃弾の数が足りません」
「なら気合を飛ばせ」
「無茶言わないでください、あと増援を…」
「黙れ!リグニンっ!言っただろ!増援なんかよこしてくれないと!」
リグニンと准尉は相変わらず口論している。
「リグニンも懲りないねーいくら言ったって無駄なのに」
レイパスも着々と土嚢に土を入れている。
みんなやる気は十分だ。
だがテニーニャ国防軍の戦力は塹壕の残兵と予め駐屯していた駐屯兵しかいなかった。
リグニンと准尉が口論しているとそこに一人の兵士が駆け寄って、准尉に耳打ちをした。
「准尉!実は…カクカクシカジカマルマルサンカク…」
「…なにっ!」
准尉は驚いた顔をしてすぐに国防軍に呼びかけた。
「貴様ら今すぐに働いているふりをしろ!そこで休んでいるやつも全員だ!もうすぐ少佐が来るぞ!なるべく兵力を広場に集めろ!偵察しにいったやつはいい!すぐに汗水垂らせ!」
「少佐?」
「リグニン知らないのー?
別名安眠少佐、ほんとに知らないー?」
「知らないそんなやつ」
「ま、言動聞いてればわかるよー」
すると低速の車両が通りの向こうからやってくる。とても車のだすスピードではない。
人が走ったほうが早いくらいのスピードだった。
「あの少佐また眠りこけてやがる…」
准尉がその車より早いスピードで近づく。
「運転手、ご苦労。大変だったろ?」
「はいお陰様で…」
「悪いが貴様が起こしてくれ、頼むぞ」
「はい」
准尉が車から離れる。
しばらくすると後部座席のドアが開き中なら少佐と思わしき人物が出てきた。
毛量の多い黒髪でボサボサ、赤くくすんだ目に深い隈。
そして軍服のうえにトレードマークの赤いトレンチコート。
毛量が多すぎて制帽が被っているというよりは乗っているといった有様だった。
「フロント少佐お疲れさまです」
「あぁ…オーカ准尉、おはよう」
「よく眠れましたか」
「…いや、やはり安眠できなかったな」
「…なるほど、いつも寝ているから安眠少佐なんだな」
「うーん、少し違うかなー少佐はちゃんと眠れているよー」
リグニンが不思議そうに頭をかしげる。
「…私がこの地に赴いてきたのは戦争を終わらせるためである。
そうでなければ私は安心して床に就けない。
諸君、私は安眠したいのだ。
戦争、人間関係、勉強、恋愛、自己嫌悪、そして月曜日…
これらが私を気持ちよく寝付けさせない原因だ。 人間関係と勉強は放棄することで克服した、恋愛と自己嫌悪はどうしょうもないのですべてを肯定した…
あとは戦争と月曜日…戦争と月曜日だ。
人間に植え付けられた恐怖…
これらがあるうちは絶対に安眠できない、確実にだ。
私はこれを排除しなければならない。
排除して私はなんの恐怖も抱かずに安らかに床につかなければならない…
私の名はハーミッド・フロント、私を不安にさせないでくれよ精鋭の国防軍たち」
フロント少佐が眠そうな声でほそぼそと喋る。
「なるほど、安眠少佐って言われてる由縁がよくわかった」
リグニンが腕を抱えて納得する。
「そーでしょー、あの人安眠に人生かけてるんだよねー。
少佐は寝る前の不安を完全に消し去って無の状態で眠りに入りたいらしい。
その不安がこの戦争。
あの人、国を救うためでも、命を救うためでもなく、ただ安らかに睡眠に入りたい、ただそれだけの理由で戦争を終わらせようとしてあるんだよねー。
ま、戦争が終わるならなんでもいいけどー」
少佐はすぐに車両に乗り込もうとしたがすぐにオーカ准尉が引き止める。
「待ってください少佐!まさかそれを言うためだけに来たのですか!?それを言うためだけにここに!?」
少佐はしばらく空中の方を向いて思案する。
「あ、そうだそうだ。
諸君に吉報だ、先日飛行機の性能の改良に成功した、飛行可能高度が上がってより実戦投入の可能性が出てきた、これでロディーヤより一歩先をいけた。彼らはまだ航空技術に遅れを取っているからな。
あと、軽機関銃と拳銃と手榴弾がちょっと増える。
大切に使えよ、私が大統領のペニスしゃぶって得た火器だからな」
国防軍内に戦慄が走る。
「はっはっはっ…冗談だよ。
自分からわざわざ不安になんかなりにしないさ、勝手にパクってきた、不良品をな」
「不良品…っ!そんな危険なものを…」
「ん?ないよりマシだろ」
少佐は悪びれていないような口ぶりで話す。
「あとオーカ准尉、もう一つ悪い吉報だ」
「悪い吉報?」
「ロディーヤ軍のハッペル攻撃が十一月七日に決まったそうだ、どうだ?まさに悪い吉報じゃないか」
「十一月七日…そうなのか…いよいよロディーヤ軍が攻めてくるのか。
いつか来るとは思っていたけどいざ来る日がわかるとやっぱり不安だな」
「ねーでも来る日がわかれば気合も入るっしょー、これはもうやるっしゅだね」
そこに東の通りの向こうからエロイスとマリッサが帰ってきた。
「フロント少佐、お久しぶりです。
オーカ准尉、今の所不穏な影はありません。
農民の馬車らしきものが通った程度でハッペル周辺は穏便です」
エロイスも便乗する。
「お、同じく…」
「よくやった貴様ら、一回休憩しておけ。
マリッサ大丈夫か?この無能が足を引っ張ったりとか…」
するとその言葉を聞いた少佐准尉に近づきすかさず割って入る。
「准尉、だめじゃあないか、この子も仲間なんだろう?あまりいびるといつか反抗されるぞ、無益な敵を作るもんじゃない」
「しょ、少佐っ…!ですがこいつは…っ」
「君がエロイス・アーカンレッジか、軍務ご苦労、君は人畜無害そうでかわいいな、撫でてやろう」
少佐がエロイスのオレンジ色の癖毛をワシャワシャと撫でる。
その優しさに思わずエロイスも少し人為的な笑顔になる。
「では諸君、さらばだ。引き続き防衛頼んだぞ」
少佐はやってきた車に乗り込むとすぐにゆっくりと町を離れていった。
すぐにリグニンとレイパスがエロイスに駆け寄る。
「すごいねエロイス、お前少佐に頭撫でられたんだもんな」
「羨ましー」
「そ、そうかな…?あの人やっぱり偉い人なんだね…」
「当たり前じゃん少佐って言ってるんだから」
「そうだよね…っあははっ」
マリッサは三人が仲良くしていそうな光景を見てすぐに距離を置こうとする。
それをすぐにエロイスが呼び止める。
「待ってマリッサっ!」
「…っ!?なんだよ…」
「その、これからも仲良くしようね…っ!」
「…はぁ?何いってんだお前、いいよ私は…
あいつがいなくなったんだ…もうひとりでいいよ、構うな」
マリッサがそっぽを向いてあるき出そうとした瞬間、
マリッサの手に温かい温もりを感じた。
「だめっ…マリッサは一人じゃだめ」
「…お前に…なにが…」
「マリッサ…っ、私がその親友の代わりになる…その人がどんな人だったかはわからないけど…
でもきっと、すごい心優しくて…命を大切にしてる人だったんだと思う…っ!
だから私がっ…!その親友の意志を継ぐからっ…精一杯の努力をするから…っ!
マリッサ…もうひとりにしないから…っ!」
「…っ!!」
その時マリッサの視界がどこまでも続くような広大な花畑に包まれる。
そこは色のない淡白な白黒写真のような花畑だった。
「…っ!?ヴィローラっ!!」
そこにはかつてのマリッサの親友がいた。
いつものように帽子をかぶり、手をポケットに突っ込んで男性のような服装の少女が花の丘の上で立っている。
「ほんとに、ほんとにお前ヴィローラなのか…!」
「マリッサ、君は本当におせっかいだね、私の死を子をなくした親みたいな感じで悲しんじゃってさ」
「…っ、当たり前だろ…」
マリッサの目からは自然と涙が溢れてくる。
久しぶりの親友の姿、服装、声、表情。
何から何まで親友そのままだった。
「なくなよマリッサ、君の泣き顔が私の心に一番来るっていつも言ってただろ?」
「でも…っだってぇ…」
「大丈夫、君は孤独なんかじゃない。
君は一人でなんかいちゃいけない…
君は誰よりも命を大切にする人間だ、君は人を感動させる、勇気づけてくれる。
そんな人間だったから、私も君も救われた」
ヴィローラが話しているとだんだんと景色に色が付いてくる。
「…見ろよ、マリッサ。
澄んだ青空、絵具を散らしたような花畑、白い綿雲に霞んだ山々…
故郷だな、いっつもこんな場所で遊んだっけ」
すると花畑の丘の向こうから声がする
「おーーーいっヴィローラーーっ!早く帰ってこーーい!!」
「はーーいっ!ごめん、もう行かなきゃっ」
「…だめっ!」
マリッサがヴィローラのいる丘に近づこうとする。
「来るなマリッサっ!」
「っ!!」
マリッサの歩みが止まる。
「ここは現実なんかじゃない、神が僅かな同情で見せるあの世だよ。
だからマリッサ来ちゃだめだ」
「嫌だっ!ヴィローラがいない世界なんて…私…っどうやって…」
ヴィローラが優しく微笑みかける。
「おいおい、命を大切にしなきゃここには来られないぜ?かっこ悪いまま私に会う気か?」
マリッサがはっと目を見開く。
「…っ、そうだなヴィローラ…っ私はいつもお前に助けられたんだったな。
命の大切さに自信をなくしてたとき、生きる理由をくれたのはお前だった…
だったら、精一杯生きなきゃどんな面下げてもお前に会いに行けねーな」
ヴィローラが安堵したような顔で笑う。
「…それでいいマリッサ、じゃあ元気でな」
「お前こそっ…」
マリッサがあふれる涙を袖で拭う。
「私が死ぬまで死ぬんじゃねーぞっ!楽しみにしててやっからなっ!」
マリッサが最高の笑顔でヴィローラに向ける。
涙を一筋流して、眩しいほどの白歯を見せながら。
ヴィローラが背を向けたまま手を振る。
同時にヴィローラと共に楽園のような風景が霞んでいった。
その景色はマリッサの涙とともに溶けていった。
気づけばマリッサはエロイスに抱きついていた。
「えっと…っ、マリッサっ…?」
「喋るなヴィローラ…っ今はただ…こうしていたい…」
マリッサが悴んだ声でそう囁く。
日はすっかり傾きかけ、すでに茜色に染まっていた。
沈みかける太陽が四人を黒く逆光に燃やしている、美しい斜陽が照明の映画のワンシーンのようだった。