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濃紺に咲く花

再び占拠した塹壕へと向かうために輸送車に乗り込み帝都をあとにしたリリスたち。

しかしその道中、『白の裁判所』の妨害により多数の輸送車がパンクしてしまった。 

動ける輸送車に乗り先に前線に赴いたウェザロ・ウエニングとメリー・ポリーゼント。

リリスとベルヘンと少尉は残ったその地で後で追いつくことを約束して休憩したのだった。

パンクした輸送車とともにその場で休憩していた挺身隊たちに余暇の終わりを告げたのは遠くから聞こえてくるエンジン音だった。


「お、きたな輸送車が」

少尉が車両に向かって手を降る。


少量の増援とともに複数台の輸送車が立ち止まる。

「ありゃりゃ、こりゃひどい。 

車両管理が随分杜撰だったようですねぇ」

「全くだ、おかげで疲れが取れた」

「それはよかった、ささっ少尉ぜひぜひ乗ってください」


「お前ら!休憩は終わりだ!すぐに荷台に乗れ!」


「ベルちゃん!早く早く」

「うん!待って…!」

「あ、それ草笛…」

「せっかくだから持っていこうかなって…」

ベルヘンは右手に草笛を優しく持つと荷台に乗り込んだ。


輸送車は静かに揺れながら隊員を運んだ。

そして塹壕へとたどり着いた挺身隊は申し訳無さそうに集まる。


「ウェザロちゃん!メリーちゃん!今追いついたよ!」

「ふふっ久しぶりですわね…あら、それは」

メリーが草笛を持ったベルヘンを見る。


「こ、これは…私が作ったの、たんぽぽの茎を使って…」

「遊んでたの?」

ウェザロがすかさずに言葉を挟む。

「違っ…」


「ウェザロ、ベルヘンはこの草笛で隊員を癒やしてくれたんだ。

お前も後で聞くといい、そしてお前はこう言うだろう。

この音色は、いいぞ、とな」

「そ、そんなに…?」

「ふふっ…聞いてみるか…もう戻れんぞ」

「ヒェ〜〜〜っ!」


少尉の微笑みにウェザロとメリーは恐怖のあまり抱き合う。


そうこうしていると一人の屈強そうな大きな帝国陸軍将校が少尉に近づいてくる。


「遅かったなルナッカー少尉」

「すまない、ところで銃撃があったというのは本当か?」

「あぁ、塹壕付近にいたところ一人の兵士がハッペル方面へ向かったんだ。するとその兵士の近くで銃声がしたということだ」

「…?俺は銃声じゃなくて銃撃と聞かされているんだが」

「それは誇張だな、誰かが伝令している途中で聞き違えたか、話を膨らませたんだろう」

「で、そいつに怪我は?」 

「ない。なぜ近寄ったのか聞いたところ楽しそうな声がしたとほざいているな。

なんでもサッカーしているような楽しそうな声だったかららしいが」

「間抜けか?陥落するかもしれない街でのんきにサッカーをしている住人がいるか」

「いや、もしかしたら敵の駐屯兵の可能性も」

「だったらハッペル陥落はもう決まったようなものだな」


少尉がハッペル方面へと目線を向ける。

「で、結局銃声の主はわからずじまいなんだな」

「そうだな、今の所敵のものなのか味方のものなのかもわからない」

「いいじゃないか、ハッペルへと攻め入る正当性が出てきた。

テニーニャの兵士が戦闘状態にない兵士を撃った。

これでロディーヤが正しく見えてくる」

「パーフェクトだ、ルナッカー」


陸軍将校が少尉を褒めると少尉は笑みを浮かべる。


「ではこれで挺身隊の役目はなさそうだな、帰らせてもらう」

少尉が身を返すと陸軍将校は少尉の肩にゴツい手を置く。


「何言っているんだ?少尉、挺身隊は我々帝国陸軍には必要だ」 

「どういう意味だ?俺にもう役目はないだろう、手をどかせ」

「馬鹿言っちゃあいけないぞ少尉、お前たちが帝都へ赴いている間陸軍兵士たちは鬱憤が溜まっていたんだ。

おかげで陸軍兵士はここに来てから男同士でしか処理できていない」

そう言うと将校は自分の腰を叩く。


「…それはお前たちが突撃を成功させなかったからだろ」

「参謀総長の命令を素直に聞いたから失敗したんだ、我々にも責任はあるが参謀総長にも責任はある」

(まぁ参謀総長はもともと失敗するように命令しているんだけどな) 


「だから頼む、今晩だけでいい。

ぜひ我々の元へ来てくれ」

「…嫌だと言ったら?」

「力付くで…」

「そんなの軍部が許してくれないだろう、敵ならともかく味方を…」

「挺身隊は帝国陸軍の士気高揚の為にも存在するのだ、士気のためなら軍部も黙認してくれる」 


少尉は眉を潜めたまま陸軍将校を睨む。


「…だろうな、仕方ない痛いのは嫌いなんだ、今晩お前たちの元へ行く。 

その代わりそんな下劣な言葉、あそこの新兵たちに言うんじゃないぞ」

「そうこなくては」

陸軍将校がにやりと笑う。


「だが、二人だ。

今晩は若い女二人がいる」


少尉の目が見開く。

「…っ!俺だけならまだしも、もうひとり汚そうっていうのか…!なんのためだお前っ…!」


少尉の額から汗が滲む。

将校から湧き出る下衆さが少尉の感情をより侮蔑的なものに帰る。


「今晩、兵士たちは無理矢理やらせるそういうのがお望みらしい。なに、目の保養だ」

「私に無理矢理そんなことさせるのか…このっ…」

「さぁ一人選べ。あの子たちも初めてなんだろう?君はどんな子が好きなんだ?」


将校が仲良く会話をはずませている少女たちに目をやる。

品定めをするように舌なめずりをする。


当然少尉が将校の軍服襟に掴みかかる。

「ふざけるなよ…っ!あの子たちを見てもなにも思わないのかこの悪魔め…っ!」


将校は慌てず冷静な目で少尉を見下ろす。

「…そうか、なら私が選ぼう」

「…っ!?やめろ…」

思わず将校の襟を掴んでいた手がほつれる。


「そうだなぁ、あの麦色のショートの女なんてどうだ?いかにも元気いっぱいの田舎娘じゃないか、きっと乱れたらすごいことになるぞ。

そうだきっとそうだ、うぶな分きっと夢中になってくれるに違いない!はっはっはっ!!」


少尉は歯を食いしばったままうつむく。


「それじゃ頼んだぞルナッカー、名前は知らんがあの子を連れて今夜来い。

来なかったら職務怠慢で告げ口してやる、なんてな!あっはっはっ!!」


少尉は下を向いたまま動かない。

あまりの悔しさと怒りで涙が自然にこみ上げてくる。

拳も固く閉ざされたままで力は抜けない。

その涙は頬を伝って地面にこぼれ落ちた。


うつむいたままの少尉に天使が呼びかける。


「少尉…?大丈夫ですか?もしかして、怒られちゃったんですか…?」

「…リリス」

「はいっ!ハンカチです!泣いてる少尉なんて初めて見ました、きっとあの人とってもきつい言葉で叱ったんでしょう、いけませんね!」


少尉の顔がさらに歪む。

こみ上げてきた涙はいよいよ溢れて顔がくしゃくしゃになる。

そして少尉はリリスに抱きついた。


「しょ、少尉…っ!どうしたんですか!?そんな…っ!」

「…すまない、本当に…私が弱いばっかりに…っ!」


リリスも少尉の心の内側を察して抱きつく。

つかの間の安心感。

少女特有の甘い匂いに軍服越しでもわかる肌のぬくもり、少尉はその暖かさを母親と重ね嗚咽する。


「お前は…本当に…っ、神様みたいないい人だな…っ」

「そ、そんなっ…!照れますねぇ〜…」

「…っ、リリス…今晩はゆっくり眠るようにな、ほかのみんなに伝えておいてくれ…」

「はい!もちろんですっ!敬礼っ!」

リリスは満面の笑みでウェザロたちがいる方向へ走っていった。


(あんな純情…命を払っても買えない…)

少尉は貸してもらったハンカチを見て思う。


「また、守らなきゃいけないものが増えたな…」



その夜。

リリスたちは乗ってきた輸送車の荷台で雑魚寝していた。

冬の夜風が外で寝ている少女たちを撫でる。


一方、少尉は塹壕付近の突貫工事で作られた兵舎へと向かった。

陸軍将校が招いた部屋へと入室する。

そこには日中の将校と五人の兵士が待っていた。


「おい、女。もうひとりはどうした」

「…お前たちなど俺一人で十分だ」


すると一人の兵士が机を勢いよく叩く。


「違ぇぇんだよっそういうのじゃねーんだよっ!処理も大事だがその前に俺らには保養が大事なんだよ目の保養がなーーーっ!!!もう帰れねぇかもしれねぇぇんだっ!一回ぐらい見せろよ逆転をよぉぉぉっっ!!!」

「…というわけだ、ここにいる兵士たちはそれが見たくてここにやってきたんだ。

お前はそれを裏切った。どれほどの重罪かわかっているのか、軍令違反だぞ」

「軍令違反…?違うな、あいつは俺の軍令で置いてきた、軍令違反しているのはお前たちだ!」

「黙れっ!!!」


ガッッッ!!


「かはっ…っ!」

兵士の足蹴りがルナッカーの下腹部に飛んでくる。

ルナッカーから空気を含んだ声が漏れ、思わずその場に膝から崩れ落ちる。

開いた口から出た唾液が床を濡らした。

ルナッカーは震えた声で話す。


「やっ…やめろっ…せ、生理がっ…来なくなるっ…」

「知るかっ!!ボケっ!!

オラッ!起きろっ!これからだぞっ!!」


兵士たちがルナッカーに群がり軍服に手をかける。

「や、やめろっ…誰かっ…っ!」


「無駄だ、ここにいるのは飢えた猛犬たち。

こいつらは理性のリミッターを外したんだ、このトリガーを引くためにな」


ルナッカーの抵抗虚しく軍服が脱がされだんだんと白いきめ細かい肌が露わになっていく。


「お前は少尉という名前だけのか弱い少女にすぎん、私念も混ざるが、どうもお前の態度は鼻に付く。

一度痛い目に会うといい」

「ヘヘッ久しぶりの女体はワクワクすんなぁっ!卵子ちゃーん?聞こえるー?パパでちゅよ~♡」


ルナッカーが力で敵わないことがわかると顔が絶望に歪み泣きながら懇願する。


「…もう…抵抗しないから…しないから…っ痛くしないで…っ」

「わかればいいんだよわかればっ!性格キッツキツだったからなっ!こっちの方も頼むぞっ!!」


(…はやく…終われ…こんなもの…っ)



時刻はもう日を跨いでいた。

秘事が終わり、ルナッカーはシワが増えた軍服を纏って兵舎を追い出された。

冷たい風が傷心の少尉をより悲観的にさせた。


ルナッカーは無意識にそのまま近くの丘へと足を運んでいた。


「痛かったな…忘れられるだろうか…」


座りながら夜風に当たるルナッカーの夜空には幾千もの星が瞬いていた。


すると少尉の元へ芝を踏み分けるようなカサカサとした音が近づいてくる。

放心している少尉はそれに気づかない。

そして。


「誰でしょーっ少尉っ」


突然星空が暗転した。

誰かが少尉の視界を塞いだが少尉には十分に聞き覚えがあった。


「…リリス・サニーランド」

「もう!なんでフルネームで呼ぶんですか!リリスでいいですよ」

「お前、こんな夜遅くにどうした」

「えへへ、トイレしたくなっちゃって…帰る途中だったんですけど偶然、見覚えのある髪型の人がいるなーと思っていたらやっぱり少尉でしたっ!少尉こそこんな夜遅くどうしたんですか?」

「ちょっとな…」


少尉の表情を見てリリスは慰める。

「なにか…辛いことがあったんですね…余計な詮索は野暮ですから聞きませんけど、夜はそういう気分になりますよね…」

「そうだな…夜は孤独がわかりやすいから俺には少し辛いな」


「少尉は孤独なんかじゃありませんよ、少尉は私のことどう思っているのか知りませんけど…

私は、いつも少尉のこと考えています。

私が少尉のことを思い続ける限り、少尉は一人じゃありません」


「リリス…やっぱり少し異端だな、お前」

「そうですか…?あんまりそういう自覚ないんですけど…」

「…初めてだな、こんな複雑な夜は」

ルナッカーが星空と顔を合わせる。


「…綺麗ですね、星… 

話変わりますけど私、ちっちゃい頃星になるのが夢だったんです」

「なんだそれ、間抜けか?」

「そういう少尉はなにになりたかったんですか?」

「…太陽」

「ほとんど一緒じゃないですか!」 

「バカっ!ほんとに小さい頃だっ!一緒にするな!」

「少尉にも可愛い頃あったんですね〜ちょっと想像が…」

「殴るぞお前」


二人が夜空の下笑い合う。

その様子は階級を越え、まるで古くからの親友のような雰囲気になっていた。


「…リリス、手…繋いでもいいか?」

「…っ!もちろんです!はいっ!」


二人がギュッと手を繋ぎ星空を眺める。


「弱いだろ…リリス、これが俺だ。

紛れもない…これが本当の俺なんだ…情けないよな…もう少尉だなんて…」

「そうですね…こんなのいつもの少尉じゃありません…」

「そうだよな…」


リリスが手を強く握り、しっかりと視線を少尉に向ける。


「久しぶり、エルちゃん」


「…っ///」

エルの顔が色づく。

そのにこやかな笑顔に夜の寒さなどすっかり忘れていた。


「…っやめろよ…そんなこと言われたら私…

もう戻れなくなる…」

「好きですよ、私は…

エルちゃんの時も、ルナッカー少尉のときも、

私は…あなたのすべてが大好きです」

「…っ!リリスっ…」

「えへへっ…ちょっとらしくないこと言っちゃいました…」

二人がお互いに照れ合う。

それは神が見捨てた楽園での最後の純愛のように見えた。


「ありがとうリリス…私…生まれ変わったような気分…初めて本物の恋に触れた…そんな…」

「エルちゃんが喜んでくれるんだったらよかった」

「なぁ…リリス…お願いがあるんだが…」

「うん!聞かせてっ!」

「…このまま一緒に寝てくれないかな…」


リリスはしばらくエルを見つめて、

「もちろんっ!荷台で寝ても結局寒いし…

固い荷台で寝るより柔らかい芝の上で星を見ながら…そして、エルちゃんと一緒に寝るほうが何倍もいいよ!」

「…っ!ありがとうリリスっ…」


エルの目が思わず潤む。

そして袖で涙を拭うとリリスにこう言った。

「でも、朝は早く起きてね、じゃないとみんなに一緒に寝たってことがバレちゃう」

「そっか!二人の秘密だね!」

「そう、だからお願いね」

「うんっ!」


紺色に澄んだ空に金色の星々が少女を見守る。

まるでこの世界に二人しかいないかのような静寂が、寂寥が、閑散が。

息吹を吹いた若花を眺めるかのように。


「おやすみ、エルちゃん」

「おやすみ、リリス」

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