初恋みたいに甘い花
いづれハッペルに進撃してくるロディーヤ軍を迎え撃つべく陣地を構築していた。
エロイス・アーカンレッジの目の前に現れたのはエロイスの失態により親友を失ったあのときの少女、イギー・マリッサだった。
一方のロディーヤの挺身隊のリリス・サニーランドたちは帝都チェニロバーンにて余暇を満喫していた。
「うまっ!うまっ!うんっっま!」
ウェザロが息を荒くしてをソフトクリームを舐め回す。
「この寒い時期にアイスなど気が触れているんじゃないのか?」
「イヤですね〜少尉、冷たいものは冬にこそ真骨頂を発揮するんですよ!!」
「全く…見ている俺のほうが頭が痛くなってくる…」
一方メリーは町中でいちゃつくカップルを見ていた。
男女がベンチで腕を組みながら本を読んでいる。
「いいですわね〜殿方との逢瀬…私、この戦争が終わったら熱烈な恋がしたいですわ」
「同感。
私たちもそういう時期だし、どこかにいい人いないかなぁ、ウェザロはどうなの?そういうの」
「私?うん〜ん…いいかな別に、美味しいもの食べて寝てられりゃあ満足!」
「あら?言い訳ですの?みっともないですわね〜そういうのを負け犬の遠吠えと言うのですわよウェザロさん」
「まだ負けてないしー!ぶ〜っ!
リリスは?」
「えっ?」
「なんかそういう話ない?」
「私は…早くパパとママのところに帰れればいいかなって…」
「リリス、無欲ね」
「そうかな…ベルちゃん…」
すると少尉のもとにほかの将校らしき男性が二人の近寄ってきた。
なにやら少尉と相談しているらしい。
「なんだって?」
「ああ、なので頼んだぞルナッカー少尉」
「…はい、わかりました、すぐに挺身隊を連れて向かいます」
「うむ」
そう言うと男性将校は立ち去っていった。
「どうしたんですの?少尉」
「ああ、塹壕にいる帝国陸軍から連絡があったらしい。
塹壕の先の町のハッペルへ向かっていた帝国陸軍兵が銃撃を受けたとな」
「ハッペル…確かテニーニャが駐屯している街…」
「きっと撤退していった残兵と駐屯兵がいるんだ。
迂闊に近づいた陸軍兵も馬鹿だが、銃撃してくるテニーニャも間抜けだ。
すぐに挺身隊を連れて再び田園地帯へ向う!準備しろ」
「え〜!せっかく休めると思ったのに〜」
「残念だったなウェザロ、すぐにこの白ウンコ喉に詰め込め」
「そんなこと言わないでください!食べづらいじゃないですか!」
「リリスたちもすぐに愛車に乗れ、もう用意してある」
「愛車って…まさか…」
「御名答、お世話になってる輸送車だ」
「またかい!」
リリスたちはすぐさまやってきた輸送車に乗り込み猛スピードで帝都をあとにする。
「うぷっ…っ揺れるっ…あ、アイスクリームが…っ…」
「ちょっとウェザロやめてよね、こんなところで出すなんて」
未舗装の道を次々と輸送車が駆け抜ける。
石や砂利に揺らされ輸送車は激しく揺れる。
輸送車が列をなして走っていた途中、リリスは遠方にとあるものを見つけた。
「ねぇ、ウェザロちゃん、あれ…」
リリスがその方角に指をさす。
見ると向こうの丘に大きな木が一本生えている。
その木から人の形をした大小様々な黒い果実が実っていた。
ウェザロは嬉しそうに語りだす。
「あぁ、あれはsihtな果実だね。
ロディーヤ国内で諜報活動を行っていた一家や売国奴が実っている木だよ。
あそこ一帯は無縁の丘って言われてる。
仕方ない、自業自得だね」
大木の上空には黒い鳥が鳴きながら周回していた。
のどかな景色に一本、冥界から生えてきたような異質な絞首台がそこにはあった。
少尉もその樹木に目をやる。
「そうだなウェザロ、人生で最も難しいことは起きながらにして見ている夢から覚めることだ」
「あはは少尉、御冗談を。
私たちは常に正しい行いしか…」
「そうだな、ウェザロ。
赤子が諜報活動を行っていたとしてもそれは夢でもなんでもないな、全て正しい行いだな」
「ええもちろん…私たちロディーヤは…」
少尉がニヒルめいた表情で笑う。
(ウェザロも気づいている…あの果実が罪の果実でないことを…それを認められずにいるだけだ。
敵愾心とは、かくも恐ろしい)
輸送車は走行している間にだんだんとテニーニャの田園地帯へと近づいていた。
しかしその途中。
パァンッ!!!
「っ!?何だどうした!?」
少尉が運転手に話しかける。
「わっ、わかりません…っ、いきなり音がして…う、動きませんっ!」
リリスたちを乗せた輸送車が立ち往生してしまった。
それについで次々とほかの輸送車も動かなくなっていく。
「何だ何だ!どうなっているんだ!」
見るとほとんどの輸送車がその場を動けずにいた。
少尉が車からおり車体を確認する。
「これは…パンクか?」
輸送車のタイヤから空気が抜けふにゃふにゃになっていた。
「おい運転手何か踏んだか?」
「わかりません…なにもなかったとは思うのですが…」
「点検はしていたか?」
「ええ、もちろん」
少尉はしばらくその場で顎を撫で考えていた。
そして思い当たる節が出てくる。
(まさか、白の裁判所…っ!?)
参謀総長とあの最高指揮官の笑みが脳裏に浮かぶ。
(まさか工作って…俺たちへの妨害って…こういうことか…!)
「少尉、どうしましょう…動ける輸送車で全員を運ぶのは無理そうです」
「…そうだな、仕方ない乗せられるだけ乗せろ。余ったやつはしばらくここで待機だ」
そう言うと少尉は荷台のリリスたちに話しかける。
「どうだ?お前たちはここにいたいか?それとも輸送車で行きたいか?」
「少尉、私は一刻も早く前線に行きたいです」
「私も、ウェザロさんと先を急ぎますわ」
「…そうか、ウェザロとメリーは輸送車に乗れ、リリス、ベルヘンは俺とここにいろ」
「…っはい、わかりました」
荷台から四人が降りる。
「じゃあウェザロちゃん、メリーちゃん、頑張ってね。
私たちも後で追いつく」
「ええ、楽しみにしてますわ、リリスさん、ベルヘンさん」
「しっかり来てよ!逃げたら承知しないから!」
ウェザロとメリーは動ける輸送車に乗り込みその場をあとにした。
パンクして動けない輸送数台と、少尉たち含めた数名がその場にいる。
雲の影が黒く地面に写り込み近くには大きな池がある。
白い小さな花がささやきあって揺れている。
「きれいなところだね、乗ってるときは全然気づかなかった」
「そうね、テニーニャにもいいところあるじゃない…ふぅ、いい香り」
同じくその場に残った少女兵たちもその景色にうっとりしている。
「しばらく休むぞ、今のうちにお前たちもゆっくりしていけ」
「やっほーーっ!!!」
リリスは思いっきりその花畑を走り回った。
少尉はその場に座り込み考える。
(白の裁判所がどんな妨害をしてくるのか不安だったが、この程度で良かった…もし爆弾とかが取り付けられていたらかと思うと…)
少尉は遊んでいるリリスに目を向ける。
「見てください少尉!必殺天女返し!」
リリスはその場で側転をしてみせた。
しかしリリスは重力に負け、そのまま倒れ込んでしまった。
「ふっ…あはははははっ!」
「…っ!えへへ…っ」
少尉とリリスが仲睦まじく笑う。
戦場へと向かっていることなど忘れて、兵士であることなど忘れて、純粋な乙女へと戻っていた。
一方ベルヘンはたんぽぽの茎を草笛を作っていた。
茎を短く切り、先端を軽く潰して口に含む。
そして簡単な曲を即興で吹いてみせた。
その音色にリリスが反応する。
「その音は…!草笛っ!」
リリスがベルヘンに駆け寄る。
ベルヘンが困惑する。
「すごいベルちゃん、草笛吹けるんだ!」
「うん、私こういうの好きで…」
「私も!でも全然できないんだよね…口に入れると苦汁が、ばぁぁぁぁって」
「ふふっリリスってこういうの好きそう」
「パパは上手にふけるんだけどね…」
音色に誘われ少尉も近づく。
「へぇ、冬にもたんぽぽって咲いてるいるんだな」
「ねぇベルちゃん、もう一曲!アンコール!ほらほら少尉も!」
「そうだな、アンコールアンコール」
ベルヘンがもう一度草笛を吹く。
単調だが丁寧な音色に歯切れのない音程差。その場にいる全員が聞き入る。
「…ふぅ…これでいい?」
ベルヘンが照れくさそうに笑う。
「ブラボーっ!!!」
隊員が拍手を送る。
その自然の音色が少女全員の琴線に触れたのだった。
「すごい!ベルちゃん!私にも吹き方教えて!」
「私にも私にも!」
少女がベルヘンを囲む。
「…っ!うんっ」
その光景を見た少尉が。
「こんな風景が永遠に続けばいいのにな」
「そうですね少尉…私も…」
「ん?」
「私も戦争が終わったら少尉と一緒にどこか遠くのこんな場所で、いっぱいお喋りしたいです」
リリスが少尉に笑顔で話す。
太陽のような温かい笑顔がこの地のどの花よりも純粋で美しかった。
「そうだな、きっと…戦争が終わったら俺も少尉をやめて、お前にタメ口で話してもらいたいな」
「…っ!はい!もちろんです少尉!」
「…一度だけ、タメ口で名前を読んでもいいぞリリス」
リリスは驚いた表情をする。
その表情を改めて、少尉へ向かって名前を呼ぶ。
「じゃあ少尉…っじゃない、えっと…」
「…エルちゃん」
「…っ///」
ルナッカーの顔がわずかにピンク色に染まる。
ルナッカーは軍帽を深く被り表情を隠す。
「も…、もういいリリス…っ」
「えへへ…まだだよエルちゃん」
「…っ!」
リリスはルナッカーの手を両手で包む。
「これからもよろしくねっ!大事なお友達のエルちゃん…っ!」
ルナッカーの顔がピンクからほおずきのような赤へと変わる。
「やっ、やめろリリスっ…!それ以上言うと軍紀違反で処罰するぞ…っ!」
「へへっ、エルちゃん♪エルちゃん♪」
「やめろと言っているだろっ!」
「い゛でっ!」
ほんのり甘い空気が二人を包む。
白い花吹雪が二人を祝福しているかのように舞い上がった。