命に悲しまれぬよう
帝都チェニロバーンで凱旋を済ましたリリス・サニーランドたち、一方エル・ルナッカー少尉は参謀本部へ赴く。
そこには『白の裁判所』と呼ばれる参謀総長が設けた秘密部隊の最高指揮官、ルミノス・スノーパークがいた。
参謀総長のシンザ・ハッケルはロディーヤを敗戦へと導こうとすると白の裁判所への入隊を進めるが、拒否。
そしてなぜ参謀総長が自ら作戦を話すのかを語った。
一方、余興を楽しんだテニーニャ国防軍はハッペルにてロディーヤへの対策を考えていた。
サッカーを済ましたテニーニャ国防軍のエロイス・アーカンレッジたちはロディーヤのハッペル陥落を防ぐため、土嚢などを使って陣地を形成していた。
ハッペルの町の作りはそれぞれの道が中心にある教会とその広場に繋がっているような作りになっている。
その道や家屋のなかに機関銃を設置し、ロディーヤが町の中心部の教会と広場に行かせまいと必死に陣地を構築しているのであった。
「貴様らよく聞け!ハッペルの作りは以下の通りだ!
この東西南北の四本の大通りが外から続き、そのまま私達がいる広場と教会に繋がっている。
つまりだ!敵はこの四本の通りどれか、または全てから攻めてくる可能性がある。
この広場にロディーヤの旗がはためいたら終わりだ!ハッペルっ!陥落っ!国防軍完っ!
この道全てに機関銃陣地を構築し、家屋のなかや屋上にも国防軍兵士を潜ませる。
この通り東西南北全てにだ」
オーカ准尉は町の地図を取り出し通りの道を指す。
「まず、町の一番外側に偵察部隊を潜ませる、ロディーヤの気配があったすぐ電報を入れろ。
そして電報が入ったらロディーヤが侵入してくる通りに連絡を入れろ。
その通りにいる奴らはすぐに戦闘態勢に入れ、見つけ次第蜂の巣だ」
准尉が付け加える。
「私はこの広場と教会が占拠されないようにここにいる。なので貴様らが偵察と掃射を頼む」
思わずリグニンが突っかかる。
「准尉、でもそれでは戦力が足りないじゃないですか。私達少女隊だけではこの街を守るのは…」
「わかってる!言ったさ!男をよこせとな!テニーニャ陸軍をよこせと!だが聞き入れて貰えなかった!大統領の気まぐれの軍事パレードで忙しいそうな!死ねクソ大統領っ!」
「そんな…っ」
准尉が改めて姿勢を正す。
「それで、もちろん陣地を構築する人員も広場と教会を守る人員も偵察させる人員もかつかつだ…駐屯地の少女兵合わせても五十人程度だが頑張って欲しい、塹壕での損失がなければ…」
エロイスの顔がこわばる。
再びあの失態が鮮明に蘇ってくる。
「エロイス、そう気を病むな。
次気をつければいい」
「あっ…リグニン…っありがとうっ…」
「さて、ではまず偵察部隊が必要だ。
役目は草木に隠れてロディーヤに気づかれずに動向を調べること。
移動を素早く行う必要があるため装備は拳銃一丁のみ!日光に反射するスコープがついた歩兵銃なんか言語道断!危険だがしっかりと貢献できる部隊だ!
誰かいないか!」
全員が顔を見合わせるが誰一人として手を挙げる人間はいない。
隠密とはいえ拳銃一丁で昼夜目を見開き、敵と交戦する可能性がある任務は少女たちには重すぎる。
「へっ!弱腰どもめ!その弱腰でオス犬でも誘ってろ!」
准尉がそう吐き捨てるが誰も手を挙げ用途はしない。
ただ一人を除いて。
「…私が…私が行きます…」
全員が声のする方へと顔を向ける。
エロイス・アーカンレッジだった。
「ほぅいい気概だなエロイス、だがお前には前科がある。
ダメだ」
そう准尉が却下しようとする。
「いいや行かせろ」
もうひとり見知らぬ少女が言う。
エロイスもその少女を見て驚いた。
塹壕線のとき、エロイスの失態により親友を失ったあの子がいた。
蛸壺の中でエロイスの胸ぐらを掴み殴りかかってきたあの子が。
好かさずその子がエロイスに近づく。
「准尉、私はこの女に親友を殺されたんだぜ。今こそこいつに戦犯としての贖罪を払わせるべきだと思う」
「おお、貴様は、確か私が指導した中で一番見込みがあるやつ…ええっとなんて名前だったかな…
そう!イギー・マリッサっ!そうだそうだ!思い出した!」
「イギー・マリッサ…っ!」
(金髪のショートに気の強そうな眼差し、間違いない、あのときの…っ!)
「よしっいいだろうマリッサ、エロイスに偵察任務を任せる!マリッサっ!頼んだぞ」
「は?」
マリッサが准尉に突っかかる。
「は?とは何様だ貴様っ!エロイスには前科があるんだぞ!今回も見落落としたら確実にハッペルが陥落する!だから確実な人間が偵察に必要だ!大丈夫だ、エロイスが眠らぬようぶっ叩くだけでいい」
「畜生…なんでこんなやつと…」
エロイスとマリッサはその場に立ち尽くす。
「エロイス、マリッサ。貴様らには東の通りを頼むぞ。
さぁまだまだ決めるべき役割は多いぞ!貴様らは…」
「チッ…」
マリッサはいそいそとその場をあとにする。
レイパスがすかさずエロイスに小声で話す。
「あの人感じ悪そーだから気をつけてねー、暴力振るわれたらすぐ私に言うんだよー」
「あっ…ありがとう…レイパス。
じゃ言ってくるね、レイパスもリグニンも頑張って…っ!」
「ウチらに任せろ!エロイスこそしっかりな」
「うんっ…!」
エロイスは駆け足でマリッサのあとを追った。
マリッサは既に東の通りを抜け草原で寝そべっていた。
エロイスもすぐに追いついた。
「えっと、マリッサ…」
「誰だお前」
「…っ!」
エロイスがしばらく立ち尽くし、しばらくしてマリッサの隣に座った。
「えっ…と、その…ごめんなさい…」
「なんの謝罪だ、それは」
「えっ…だってあたしのせいでマリッサの親友が…」
「はァ…もういいぜ、そのこと」
「えっじゃあ…」
「言っておくが、別に許したわけじゃないぜ。
今すぐにでもお前のこと殺したいさ。
その喉元にナイフを付きたてて、赤い泡を拭きながらもだえ苦しむ姿が見たい」
「…っ!?」
「でも…もういい、気づいたんだ
それが戦争だってな
無能のせいで負け、有能のおかげで勝ち、また無能のせいで負ける…それの繰り返し、そこに生命なんてない。死んで、当たり前。
私の親友もなるべくして死んだ。
だから、もういい」
「…っ、でもっ…!
なるべくして死んでいい命なんて無い…っ!
確かに殺したのは私、私は無能、
だけどそれでも死なせていい命なんて…!」
「御託はもういい、本当にもういいぜ私。
もうお前の胸ぐらをつかんだりしない、さっきのナイフでどうこう言ったのも脅しだ」
「でもなんで、親友が死んでもそんなに冷静に…塹壕にいたときはもっと、人の命のことを思ってっ…」
マリッサが空に手を伸ばしてゆっくり語りだす。風は青葉を運び冷たい風が冬の澄んだ空を駆ける。
「自分語りしてもいいか?」
「…はい」
「私は、自分で言うのもおこがましいが誰よりも優しかった。
命に関しては特にな。
いつも虫を踏まぬよう下を見て歩き、蚊やノミ、シラミすら殺すのに躊躇うほどだ。
そんな私がこんなふうに、いつものように草原で寝そべっていたときの話だ。
私の眼下にちっちゃい少年三人がいてな、なにやら木の棒で何かを滅多打ちにしているようだった」
「その何かって…」
「ああ、猫だったな、マグロのタタキみたいになった野良猫がいたんだ。
あの少年たちは生きていたであろう野良猫を滅多打ちにしていたんだ」
「そんな…」
「この話を聞いて『子供は残酷』、って思っただろ?」
「え、まぁ…」
「そうじゃないんだな、あれは。子供は残酷なんかじゃなかった。
あれが老人、女性、赤ん坊だったら滅多打ちになんかしない。
…実感がなかったんだろうぜ、その動く物体に命が宿っているということの実感がな。
それからだな、私が命の大切さに疑問を持つようになったのは。
自分の道徳にわずかなヒビがはいるのがわかった…。
そしてそれはここに来て確信に変わったぜ、
あぁ、命って私が思っているほど大切じゃないんだってな」
マリッサが空に向けて微笑む。
「…確かにそうかもしれない…、私はマリッサの言うことを完全には否定できない…
だけどっ…!
命一つ一つが誰かの特別っ…!
もし誰にも悲しまれない命があるのなら、私が悲しみます!
マリッサ…その悲しみと怒りの感情は忘れちゃいけません…私を…私を許してはいけないっ…!」
マリッサがはっとする、そして起き上がり。
「…そうかもな、人に悲しまれなくなったらそれこそ本当の死だぜ。
…エロイス、一発殴ってもいいか?」
「…っ!もちろんっ」
エロイスへマリッサの全力の拳が降りかかる。
口から吐血したエロイスが微笑む。
「悲しみ…思い出しましたか…?」
「…ああ、お陰様でな」
マリッサはエロイスの口から流れ出る血を指で拭う。
マリッサとエロイスはそのまま微笑み合うのだった。
「心配だなーエロイス、今頃マリッサにドカドカにされてるんじゃないかなー」
「そんなことしていたら私があいつをぶち転がしてやるっ」
リグニンのレイパスの心配事は杞憂に終わっていた。