束の間の余興
ロディーヤ帝国のの参謀総長シンザ・ハッケル。
開戦前までは優秀な将校であり、エル・ルナッカー少尉はその背中を見て育ったのだった。
しかし開戦と当時に無謀な作戦を立案したり命令したりするようになったハッケルにルナッカーはだんだんその行動を不審に思うようになる。
そのことを詰め寄ると参謀総長の口からは思わぬ言葉が。
巨悪の謀略が動く一方、テニーニャ国防軍のエロイス・アーカンレッジはハッペルの駐屯地まで撤退していた。
ロディーヤの進撃を防ぎ切れなかったテニーニャ国防軍は負傷兵とともに塹壕を捨て、後ろの街ハッペルまで撤退していた。
ハッペル
テニーニャの田園地帯にある製鉄と農業によって栄えた古い歴史を持つの町。
町の中央には広場と大きな教会があり、そこがテニーニャ国防軍の駐屯地となっていた。
駐屯するに当たり既に住民は他の町に避難している。
「やっぱり貴様かぁーーっ!このド無能がぁーーー!!」
オーカ准尉がエロイスの胸ぐらをつかみ揺らす。
「貴様がしっかりと報告していればこんなことには……っ!!」
「も、申し訳ございませんでしたっ!」
「いいや謝っても許さんっ!貴様は私の部屋の便器の掃除を舌でしろっ!貴様のせいでお上に叱られてしまった!どうしてくれるんだ!貴様っ!」
「准尉、エロイスだけを責めるのは納得できません。
あの晩見張りをしていた人は他にもいました。
普段から問題ばかり起こしてしまうエロイスに批判が集まってしまうのは仕方ないとは思いますが、全責任がエロイスにあるとは思いません」
「んなこたぁわかってるっ!だがな!こいつ以外名乗らないんだ!誰があの晩見張りをしていたのかをなっ!」
「なら、謝罪をしてエロイスはもう許してもいいのではないでしょうか」
リグニンが准尉にそう詰め寄る。
准尉は言葉に詰まる。
「……フンッ!そうだな、謝罪ができただけでも豚としては上出来だ。
いいか貴様らぁ!
今回の失敗は隊全員に責任がある!
この隊にはまだまだ結束力が足りないように見えるっ!そのままではうまく連携が取れず同じような失敗を繰り返す羽目になるぞっ!」
准尉は隊に向けて大声で呼びかける。
「これから結束力を高める訓練を行う!
偵察したがまだロディーヤに動きはない!
訓練するなら今だ!いいなっ!」
そういうと准尉はおもむろにボールを取り出す。
「サッカーだっ!貴様らサッカーをするぞっ!
どんな根暗野郎でも一度くらいはしたことあるだろう!
サッカーはチームワークを鍛えるのに抜群だ!さぁ早くサッカーだっ!ここからこっちがチームAっ!こっちがチームBだっ!」
「ありゃー敵になっちゃったー」
「レイパスはBチームだね、リグニンっ!頑張ろう!」
「エロイスもAか、よししっかりウチについてこいよ!」
「うん!」
「あらー負けないよー」
「私は審判をするっ!コートはそこの農場を借りるぞ、貴様らあつまれーーーっ!」
准尉が他人の農場に人を集める。
チームAには赤いはちまき、チームBには青いはちまきが配られる。
「貴様らルールはわかるな?相手側のゴールにボールを入れれば一点だっ!」
両コートには二本の棒が刺さっており、その棒の間がゴールということである。
「君たちには負けられないなー」
「ウチだってレイパスには負けたくないな、
みんな!しっかり連携してBチームをウチ倒すぞっ!」
リグニンが喝を入れる。
「私も負けないよう頑張ろー」
レイパスもそう呼びかける。
意気込んだリグニンが
「試合開始の宣言をしろ!!准尉ぃ!」
「試合開始ぃ!」
ピーーーーーっ!!
准尉の笛の音とともに試合が始まった。
先にボールを奪ったのはリグニン・アリーナッツだった。
華麗なドリブルで敵を交わしていく。
「やばいっ囲まれるっ!エロイス上がれ上がれっ!」
リグニンの指示の下、エロイスがリグニンに追いすがる。
リグニンが敵に囲まれたその時。
「パスだっエロイスっ!」
ボールはリグニンから放たれきれいな弧を描いてエロイスに吸い込まれる。
「うわっ!?」
飛んできたボールを胸で受け止めそのままリグニンの代わりにゴールを目指す。
ゴール前ともあって攻防が激しい。
「エロイスっ!一旦ボールを後ろに回せ!」
「うんっ!」
エロイスがボールを後ろの味方に回そうと蹴った次の瞬間。
ビュッ
見えない疾風がボールを掻っ攫った。
「あ、あれは…」
その風の正体は紛れもない、レイパスだった。
「頂いたー」
その場にいる全員が立ち尽くす。
普段の言動からは想像もつかないほどの俊足だった。
「足早っ!?なんだよあいつっ!」
「すげぇ…」
敵味方関係なくびっくりしている。
「まずいまずいっ!入れられるっ…!」
リグニンも必死に食らいつくがなかなか距離は縮まらない。
「先頭の景色は…譲らないっ!!」
レイパスが勢いよくシュートを放つ。
回転がかかったボールはAチームのゴールキーパーを惑わせ、見事レイパスの放ったボールはゴールに吸い込まれていった。
准尉の布を裂くような笛の音が響く。
落胆するまもなくAチームの全員があまりの衝撃に立ち尽くす。
「わかるーイメージと現実、共に分かち難くって感じかなー。
とりあえず一点もらいー」
Bチームから喜びの声が上がる。
「くっ…レイパスにあんな身体能力があったとは…みんな!点取られっぱなしとはいかないっ!次こそ点入れるぞ!」
レイパスの猛進を受け、Aチームの士気も上がる。
「さぁ来いっレイパスっ!」
再び笛が鳴る。
味方がボールの初動を制したが、すぐにレイパスに奪われた。
「まずいっ!さっきの二の舞いになるぞっ!」
「また一点もらいかなー」
レイパスがほくそ笑む。
「えいっ!」
「なっ!?」
レイパスが好きを見せた瞬間、エロイスが横からスライドでボールを蹴飛ばした。
そのボールは近くにいた味方の元へ向う。
「しまっ…!」
「いいぞーっ!エロイスっ!戻って来いーーっ!」
「うんっ!」
エロイスが嬉々としてリグニンの元へ走る。
「…っ、なかなかやるねー…だけど…
運命がカードを混ぜた。来いコールだ。
この世に数多あるカードに、役に立たないカードなど一枚もない」
高速でレイパスがボールへ向かって走り出す。
「うわぁ!奴だっ!奴が奥から走り込んできた来たぁっ!!」
味方が慌ててリグニンにボールを渡す。
「ばっ…!この距離じゃあ…っ!」
リグニンへと向かっていたボールが消える。
「やっぱりか…っ!レイパスっ!!!」
レイパスは再びAチームのゴールめがけ疾走する。
敵のブロックももろともせず高速でコートを縫っていく。
「勝利が来たな、敗北とともにっ…!!一足早いクリスマスプレゼントだ受け取れっ…!」
レイパスがまたボールを蹴る。
ボールはグングンゴールに吸い込まれていく。
「ああっ!負けるっ…!」
「ふっ、勝った…っ!」
ゴールに入ろうとしたその時。
「ふんっ!!」
「がっ…っ!?!?」
エロイスが直前でヘディングを決める。
エロイスはその場に倒れ込み、ボールは勢いを衰えずに反対側のゴールへと向う。
「ナイスだっ!エロイスっ!!!」
リグニンがボールを受け取り、スルスルと敵の間を縫う。
そして
「これで終いだっ!!」
リグニンが放ったボールは一切の遠慮なくBチームのゴールへと帰った。
「よしっ!一点っ!」
Aチームが歓喜する。
これでようやく同点になった。
准尉が笛を鳴らして言う。
「ようやくらしくなってきたな貴様ら!いいぞもっと闘え、そして高め合えっ!」
するとレイパスが一旦たんまを要求してきた。
「きんきゅー、Bチーム、作戦会議に入りまーす」
「お、レイパスがなにやら焦ってきたようだねエロイス。
まっ、どんな作戦だろうがウチにかかればどんな小細工も造作もない…」
レイパスがBチームを集めて小声で話している。
(どんな作戦なんだろ…)
エロイスはそう思った。
「いいよー会議終了ー」
レイパスがそう告げる。
「よしっ!それじゃあ貴様らっ!試合再開だっ!」
ピーーーっと再び笛がなる。
するとレイパスを含めたBチーム全員が自軍ゴール前で並んで壁を作り始めた。
「あっ、あれは…っ!」
「一度は考えるけどバカバカしくて絶対に誰もやらない技…っ!」
「全戦力をゴール前で集結させてゴールを塞ぐ…
必殺!肉の鉄壁っ!!!!」
「攻撃をかなぐり捨てて防御運極…っ!!あんなの反則だろっ!!!准尉ーーーっ!!!」
Aチームが准尉に抗議する。
「いいやこの試合は結束を高める為に用意したものだ!あれも一応結束力を高めるためにやっているとも取れる!なのでセーフだっ!!」
「マジかよ…」
レイパスがほくそ笑む。
「オーダーオンリーワン、肉の鉄壁オーバー。
来い…っ!ボールを蹴ってみろ!この試合は引き分けで大団円だ」
リグニンがボールを引き連れたままゴール前までやってくる。
そして。
「おらっ!!入れっ!!!」
リグニンが無理矢理ボールを肉の鉄壁にねじ込む。
「みんな!絶対に鉄壁を崩すなっ!!!」
「怪我する前に早くどけおらっ!」
リグニンと鉄壁の攻防は膠着状態のまま動かない。
「おらっおらっおらっ!!!」
「ふんふんふんっ!!!!」
ボールは二つの勢力の狭間でもがいている。
Aチームも仲間たちもリグニンを応援する。
「いいぞっ!鉄壁の防御が崩れてきたっ!」
(まずいっ…!このままでは突破されるっ…!!なんとかしなくては…!)
レイパスがここで閃く。
そして叫ぶ。
「作戦変更っ!!目標敵ゴールっ!サーチアンドデストロイっ!!!急襲だっ!!!」
するとBチーム全員がボールを保持したままAチームのゴール目指して走り出した。
「…っ!?油断した!」
リグニンは完全に動きが遅れゴール前で動けずにいた。
Aチームも油断していたようでBチームの急襲についていけずにいた。
Bチーム全員がコート上を首位で突っ走る。
「レイパスのあし色は衰えない!!!」
「強いっ!強すぎるっ!!完全に抜け出したっ!!!」
レイパスがボールをゴールまで運んでいく。
だがリグニンが死力をふり絞って追い上げる。
「…っ!?リグニンっ…!」
レイパスの余裕顔がこわばる。
「追いついた…っ!エロイスっ!コートの真ん中にいろっ!!!」
「…っ!!わかったっ!」
「ごらるぁっ!!!」
「っ!?!?!?」
レイパスの進行方向前にリグニンが立ちはだかりレイパスとともに走っていたボールを反対側へと蹴り返そ
うとする。
負けじどレイパスもそのボールを進めようと蹴る。
リグニンとレイパスの足の間でエネルギーがぶつかり合い、ボールは二人の足の間で留まる。
ボールの形が変形しているようにも見えた。
お互いが同時にボールを蹴った衝撃波が両チームの全員に伝わる。
そして
「あっ…!」
レイパスがパワー負けした。
リグニンの逆境での脚力のほうが一枚上手だった。
ボールは楕円形に変形したままエロイスの上空を通り過ぎそのままBチームのゴールを貫いた。
准尉の笛の音が鳴り響く。
「試合終了っ!!!Aチームの勝ちっ!!」
「やったぁっ!!!」
Aチーム全員がリグニンに駆け寄り胴上げをする。
一方Bチームの間にも負けたとは思えないほど爽やかな空気がながれていた。
「あの、すいません力になれなくて…」
Bチームの一人がレイパスに駆け寄る。
「いや、これでいい、良かった。
気持ちよく負けられた」
「えっ?」
「私はこの試合の勝敗なんてどうでもいい。
AチームもBチームも結局は仲間だ。
むしろ、心強い。
もちろんみんなもね」
レイパスの周りにBチームの仲間が集まる。
みんなその言葉に感動しているようだった。
「レイパスっ!」
突然リグニンの声が響く。
そしてレイパスに近づき、
「ありがとうレイパス、本当の敵じゃなくて良かった。
意外と足早いんだね!びっくりしちゃった」
リグニンが笑顔で語りかける。
レイパスも笑顔で答える。
「私もびっくりしちゃったー。
特にエロイス、手強かったなー」
「えへへ…それほどでも…」
三人の間には朗らかな雰囲気が漂う。
こうして両陣営睦まじい握手で試合は幕を閉じた。
「試合は終わりだ!!!
貴様ら結束力は高まったか!?
高まったんならもうあのような失態は起こすなよ!!ちゃんと連携取るようなっ!!」
「はいっ!!!」
「さぁ駐屯地に戻るぞ!運動で疲れただろ?
そんなおまえたちに朗報だ。
実はこの町に住人が置いて一旦家畜が居てだな…」
「つまり…?」
「察しが悪いなエロイスっ!!肉が食えると言ってんだっ!!!」
「肉〜!!」
隊員全員の目が光る。
「やった!久々の蛋白質だ!今日は宴だな!」
隊員の雰囲気がぱあっと明るくなる。
思わず全員がテニーニャの軍歌をノリノリで歌ってしまう程に。
「愛しきテニーニャに幸あれ。
空には砲弾が飛び交い、
海には軍艦で満ちる。
そして陸には我らテニーニャの精鋭。
我が国で育った乙女たちは、
決して朽ちない百合の花。
歴史の大地に花息吹く、
語り継がれる薔薇の花」