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二十一グラムのモンシロチョウ

死亡したエッジを残し、役目を果たすため敵塹壕めがけて飛び込んでいくが、途中、何者かに撃たれ、倒れ込んでしまったエロイス、ドレミーを先に行かせてるが幸いエロイスに怪我はなかった。

だが、山頂から何者かの狙撃に気づいたエロイスは山頂のリリスとベルヘンを始末してから塹壕へと向かうことに決めたのだった。

ガスマスクを外し、バックパックと死体で銃身を預託し、山頂へと向けたエロイス。


砲弾孔の穴の中の斜面に腹ばいに寄りかかりしっかりと両目でスコープを覗き込んで照準を重ねる。


その目で二人の狙撃兵の顔を捉えた。


「あれは…!見覚えがある…確かに資料を持っていた女の子…」


なかなか照準が定まらない銃に焦りを感じ始める。


「くっ…こんなにしっかり銃身を預託しているのにすごくブレる…深呼吸深呼吸…ふぅ〜…はぁ〜…よしっ…」


エロイスがスコープを覗いた瞬間、リリスとベルヘンが後ろへ後退していき、屋上の奥へと隠れた。


「隠れられた…下からじゃ狙えない…。

一旦引いてくれたのは嬉しいけど…なんで…?」


エロイスはいつまで立っても姿を表さない敵兵に苛立たちを覚え始めた。


「出てこないなら移動してもいいかな…その場合…自分のバックパックを背負う時間とガスマスクを持って移動する時間とで相手にスキを与えることになる…仕方がない、麻袋とガスマスクだけ持ってすぐに移動するしかない」


預託と防御に使っていたバックパックは捨て置く判断をした。


「背負っている時間は相手にスキを与え、さらに次の砲弾孔までの距離がわからない以上、重いバックを背負ってジグザグ歩行は厳しい、すぐに移動できるよう身軽にしないと」


エロイスは歩兵銃とガスマスクと与えられている短機関と柄付き手榴弾の入った麻袋だけを持って穴を飛び出した。


「はやく…っ!はやく…!穴を見つけないと…っ!!」


身軽になったエロイスが軽快にジグザグ走りながら突き進む。


「ないっ…!ない…っ!堀の深い砲弾孔が無い…っ!これじゃあ身を潜められないっ…!どうするっ!どうするっ!私ならどうするっ!!!」


死のゾーンは穴ぼこではあったものの…まともに身を隠せるほどの深さの穴はなかった。


その間にも味方は次々と機関銃でなぎ倒されていく。


ようやく死のゾーンの半分まで来たところだ。


しばらく下がっていたリリスが置いた狙撃銃を持って伏せ撃ちの姿勢に入る。


足を開き、内足を地面にピッタリくっつけてスコープを覗く。


「あれ…?どこに行ったの…?」


一時的に休んでいた少尉も匍匐でリリスのそばにやってきて双眼鏡で覗き込む。


「敵って誰だ?」

「わしゃわしゃしたオレンジ髪の女の子です、でも…姿が見えません、隠れたのですかね…?」

「見つからないなら他のやつを撃て、ほら来たぞ四百メートル先十一時、男だ」


少尉の言うとおりの方向に銃を向け、狙撃した。


「また外れた…やっぱり二脚で固定するより土嚢かなんかで直接支えたほうがいいかもしれません」

「判断ミスだな、さて次は…」


少尉が戦場を双眼鏡で見渡していると。  


チッっ!!


鋭い空気を貫く音が聞こえた。


「…聞こえたか、リリス」

「はい聞こえました、葉っぱが切れた音でした。やはりあの女の子…何処かにいる」

「探すぞリリスっ!今俺たちの存在に気づいているのはその女だけだっ!!」


リリスは構えた歩兵銃を力いっぱい握りしめると、少尉が這って双眼鏡で探す。


「クソっ…動き回る兵士たち、弾幕…情報量が多くて気が散るな、リリスしっかり息を整えろ、場座標は俺が教える、それまで待っていろ」

「わかりました」


注意深く探して見るがそれらしい人影はなかった。


「見つからないな、ベルヘンにその女以外の雑兵を撃たせるために場所を移動させたが、なるべくなら見つけて始末してくれていると嬉しいけどな…」

「流石にこの屋上に二人の狙撃手は不味かったですね…」

「まぁそう心配するな、まだ銃を握って半年も経っていないんだ、仕方ないさ」


二人が必死に索敵していると、下の偵察兵の青年が無線を用いてロディーヤ塹壕へと連絡する。


「どんどん近づいていっているぞっ!特に右翼は危険だっ!増員するように願うっ!」


なるべく迎撃するがそれでもテニーニャの突撃隊の勢いは衰えない。


二人にも汗がにじみ出る。


鋭いその瞬間。


ビシッ!!


コンクリに固い石のような物体が打ち込まれるような軽い音がした。


要塞の側面に撃ち込まれたそれからは白い煙が登っている。


確認はできないが、おそらくあの少女の弾丸だと思われる。


「…!?やっぱりいる…必ずいる、どこだ…?どこにいる…っ!!」


どこを探してもいない狙撃手に段々と恐怖を覚えていく少尉たち。


その頃、ベルヘンは少し高い気に登り、木の太い枝に足を使って身体を宙に浮かして他の兵士たちを撃っていた。


「…やっぱり木の上で立って撃つのは安定しないわね、要塞方面を撃つ兵士がいたら殺してくれって言われたけど…あの少女はいったい…」


そんなことを考えている間にも次々とやってくる兵士たちの眉間に穴を開けていく。


「そろそろ移動しようかな、あんまり発砲してると反射光と音で見つかる」


ベルヘンがそう言い歩兵銃のスコープから目を離した瞬間の出来事だった。


パリンっ!


ガラスが割れたような音がした。


その破片はキラキラと水晶のように輝き、スコープを割った物体はベルヘンの左首元へと撃ち込まれた。


ベルヘンはそのまま木から落下した。


落ち葉の茂る山肌に背中から落ちたベルヘンの女の子の身体が勢いよく叩きつけられた。


「…っが…っ…ゴホッっ……」


その衝撃で口から血反吐が飛び出る。


「がっ…くっ…首…がっ…ゴッホゴホッ…!」

 

ベルヘンの首元を生暖かい液体がどくどく流れ出るのがしっかりと感触として伝わった。


「はぁ…はぁ…はぁ……私…死ぬんだ…死ぬ…死ぬのは…いやっ…」


だが落下したベルヘンの身体はもうピクリとも動かないのである。


「背骨が痛い…肺が痛い…なにか…さっ…刺さってるような…あぁっ…きっと肋骨だ…折れた肋骨が…肺を…っ…くっ…苦しい…息をするのが苦痛…指一本動かせない…動けないんじゃない…動かせない…もう背骨も…折れた…?…折れた…折れた…?」


破損したスコープのガラス片が右目に飛び込んで網膜を傷つけてしまっていた。


閉じた右目の瞼の間からも出血が止まらない。


「右目も痛い…あのスコープのガラスが目に…大きい砂利が右目を傷つけならがゴロゴロしてる…きっともう見えないわよね…」


ベルヘンはただ、大の字で叩きつけられ、身動き一つできない状態で見える左目で空を見つめた。


「しばらく見てなかったなぁ…空、授業中暇すぎて雲の流れをじっと見つめてたっけ…見慣れた空が最期に見る景色なんて…私は幸せかな…」


首からの流血は止まらない、落ち葉がベルヘンの血を吸いながら赤黒く染まりながら広がる。


そして季節違いなモンシロチョウがひらひらとやってきて頬に止まった。


「季節外れのモンシロチョウね…時期を間違えたのかしら…それとも…そうね…それ以上考えるのは野暮ね…」


ベルヘンはそんな夏にしか現れないモンシロチョウの意味を悟った。


この蝶は自分の命だと。


「私の人生はあの子の弾丸で大団円、ずるいわあんなの…わかるわけないじゃない、でも…尊敬する…敵兵ながらね。

あんなこと相当な勇気と覚悟がないとできないもの、あと、発想力かしら…。

戦争は人を悪魔にする…でも…その地獄の果てには人智も及ばぬ哲学がある…と…」


ベルヘンは大空の雲たちに向かって笑いかけた。


「ありがとう神様、私を英雄に殺させてくれて。

唯一惜しいのは、この勝負の結果を知れないことね…あとは地獄で報告してもらおうかしら…数分後、五日後…一年後…那由多の先でも待ってるわ…リリス・サニーランド…」


ベルヘンが最後の力を振り絞ってポケットから草笛を取り出した。


(最後に作った草笛…リリスに届くかしら…届くと…いいなぁ…………)

 

なんとか笛を口に運ぶとひゅーひゅーとだけ音を出した。


指で演奏できないので、これしかできなかったのだ。


虫の息で吹いた音色は弱々しく静かに山に響いた


次第に音が小さくなっていく、そしてひょろひょろと消え入るように音が止んだ。


ベルヘンの瞳から段々と光が失われていった。


虫の息も途絶え、完全に静止した時の中にベルヘンは閉じ込められてしまったのだ。


頬に止まっていたモンシロチョウが羽を広げて空へと飛び立っていった。


時を忘れさせてくれるかのように雄大に流れる雲の群れの中へと白い蝶は消えていった。


短い命は、笛の音とともに連れて行かれたのだった。

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