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照準の先に

いよいよ火蓋が切られた。

テニーニャ兵のエロイスたち突撃隊は敵ロディーヤ塹壕向かって吶喊を始めたが、開始早々、エッジが死亡した。

絶望の中、この戦場をどう切り抜けるのか。

死のゾーンの砲弾孔の中には見知らぬ少女兵の死体とエッジの死体、そして絶望の底に叩き落されたエロイスとドレミーがいた。


二人はしばらく任務も忘れその場で固まっていた。


最初に行動を始めたのはエロイスだった。


ぱっちり見開いた瞼を二本の指でそっと閉じる。


「行かなきゃ…」


エロイスがそう言った。


ドレミーがその声に呼び戻されたかのようにエロイスの顔を見つめる。


「行って死ななきゃ…こんな泥の中で死んだら、エッジの死が無駄になる…っ!」


抱えていたエッジの死体をそっと地面に下ろして外していたガスマスクを手に取った。


「…行こう、ドレミー、そんなところで泣いてちゃ怒られちゃう、死ぬならさいごまでとことん逝くよっ!」

「エロイス…」


ドレミーもその言葉に答え、ガスマスクを装着した。


エロイスも着け終わると、着剣した歩兵銃を手に抱え、タイミングを見計らう。


そして。


「今だっ!」


エロイスとドレミーが勢いよく飛び出した。


水溜りを飛び越え、閃光の如く向かってくる弾幕の雨を中をかいくぐりながら走っていく。


左右を見ると人体に鉛弾を撃ち込まれ、次々と断末魔を上げながら失せていく青年少女たち。


そんな同志質に目もくれず先陣を切っていく。


「まだハンブンも行ってないよ…っ!撃たれるっ!エロイスっ!次はあのクレータに飛び込もうっ…!」


ドレミーが指した方向には茶色い水の溜まった砲弾孔があった。


「よしっ!わかったっ!」


二人が仲良く汚水の溜まる満水の砲弾孔に飛び込んだ。


バシャンと音を立て、膝辺りまでを浸かりながら穴に腹ばいに寄りかかり、機会を伺う。


「なにこの水…白い脂みたいなのが浮いてる…」

「死体の脂だよ…砲撃で埋まっていった死体の脂が地上に滲み出てきたんだ…剃毛してたら切り口から雑菌が入ってて危なかった」


ガスマスクを着けたせいで言葉が曇って聞き取りづらかったがそんなことを言っていた。


ドレミーがクレータから頭を出して向こう側を見ようとした瞬間、鈍い金属音が鳴った。


そしてドレミーの身体がぐったりと穴に滑り落ちていく。


「っ!?ドレミーっ!?」


ガスマスクを着け表情が確認できないが、突然力の抜けたドレミーを勢いよく揺する。


するとドレミーは起き上がり、おぼつかない動きで頭を指で指した。


「だっ…大丈夫…ヘルメットに弾が当たっただけ…危なかった…機関銃だったら死んでた…」

「良かったぁ~…しっかりしてっ!ドレミーっ!」

「もちろんっ…!」


斜めったヘルメットをかぶり直したドレミーが歩兵銃を構えて再び穴の縁に這い上がり、タイミングを見計らう。


「よしっ!弾幕が薄くなったっ!行くよっ!」


その掛け声でエロイスとドレミーが這い上がって飛び出して駆け抜けるのだ。


千人いた突撃隊は次第に数を減らしていき、最初ほどの雄叫びは聞こえなくなっていた。


二人が走っているその時。


「ゔっ!!」


今まで勢いよく走っていたエロイスが前方に倒れ込んだ。


その身体半分は汚泥に埋まり、顔も泥の中には突っ込んでしまった。


「ど…っ…どうしたの…!エロイス…っ!」


エロイスは泥の中から水音混じりに答えた。


「う…撃たれた…お腹をっ…衝撃も感覚もある…きっと撃たれた…」

「そっ…そんな…っ!エロイス…っ!!」


駆け寄ってくるドレミーにエロイスは一喝した。


「背中を見せるなドレミーっ!!私を捨てて振り返らずにまっすぐ敵陣向かって突き進めっ!!」

「…っ!エロイス…っ!!すぐ戻ってくるから…っ!!絶対死なないでねっ!!」


ドレミーは身を翻し、たった一人で敵の塹壕へと突き進んでいった。


左右の突撃隊たちもそれに追従する。


戦友を見送ったエロイスは撃たれたと思われる箇所を必死に手で探る。


「撃たれたのはお腹…この泥濘の中腹ばいはまずい…傷口から雑菌が入る…と…とりあえず、近くのクレータまで…」


エロイスは歩兵銃を抱えたまま、必死に匍匐で砲弾孔を目指す。


ゆっくりとミミズの様に這い、なんとか砲弾孔まで転がりこむことができた。


穴に座り込んでお腹を手で探る。


「どこ…?どこを撃たれたの…?確かに撃たれた…おなかが痛い…でも…」


いくら探れど出血らしい血は見当たらない。


「血が…出て無い…!?そんなこと…確かに撃たれたのに…!」


そしてエロイスは一つのとある真実へとたどり着いた。


衝撃も感触も身体に残っているが傷が無い訳、それはエロイスが抱えていた歩兵銃にあった。


エロイスはゆっくりと歩兵銃の銃の側面を内側にころっと向けると、なんと銃の先台に弾丸が突き刺さっていた。


「…!?これは…!?まさかっ…!ほっ…歩兵銃が弾丸を防いだの…!?そんなまさかっ!」


歩兵銃を抱えていたところ、ちょうど歩兵銃の先台が縦になってくれたのだ。


「ど…どんな確率なの…?わっ…わたしの体をこの細い歩兵銃で受け止めるなんて…でも…不思議じゃない…これが現実…聞いたことがある…銃身に弾を見事に撃ち込んで撃てなくさせることができる兵士がいるって…そんな確率が存在するなら…こんなことも…」


エロイスは冷静になってその撃ち込まれ、先台で留まっていた弾丸を観察する。


「でも…私…歩兵銃の側面はしっかりと正面を向けて持っていた…でも…撃ち込まれた弾丸の入射角は斜め左で少し上…?これは…塹壕から撃ち込まれた弾じゃ無い…っ!?これはっ!」


エロイスが穴の中からその方向を見る、そこには聳えていたのは標高三百メートルの山、山頂にかつてアッジ要塞が連なっていた山だった。


その方向を見た瞬間、山頂で一瞬キラリと光った。


そしてそこから金色の閃光が放たれると、吶喊していた青年陸軍兵のこめかみに命中した。


青年はそのまま頭から血を吹きながら仰け反って倒れていった。


「さっ…山頂だ…!山頂に誰かいる…っ!狙撃兵だ…!狙撃兵がいるんだっ…!あの要塞跡にっ!!しかも猛烈に腕が立つ…塹壕陣地の重機関銃なんかよりよっぽど恐ろしいっ!しかもひとりじゃない…っ!敵は…っ!二人っ!!」


エロイスの向いた山の方向の山頂、アッジ要塞の屋上に彼女たちにはいた。



「おぉ〜いいねぇ、なかなか当たる」


そう言いながら双眼鏡を除いていたのは、紛れもない、ルナッカー少尉だった。


そしてその片膝立ちの少尉の左右にいたのはスコープをつけ、二脚銃架のバイポッドを取り付けた歩兵銃を伏せて構えていたリリスとベルヘンがいた。


両肘を地面に立てて銃床に頬をつけて死のゾーンヘと照準を合わせている。


「来たぞ、次だ。

二時の方向三百七十五メートル程度に二人、女だ」

「「了解」」


二人が言われた方向に銃を向け、しっかりと頬付けをして狙いを定める。


「すでに頭部が写っている、ごめんなさい」


ベルヘンがそう言うと二人が同時に引き金を引く、空気を叩いた銃声が響き、硝煙が吐き出される。


弾丸の弾頭が銃口から飛び出ると空気を裂いて多少弧を描きながら下方に進んでいった。


ベルヘンの弾は兵士の心臓に命中し、リリスの弾は汚泥に消えて言った。


「リリス外れ、ベルヘン見事に命中、すごいな二人とも、誤差が殆どないぞ」

「リリスの弾道表のおかげよ、しっかり暗記しているから意外と当たるわ、ありがと、リリス」

「ううん、ベルちゃんのおかげでもあるよ、作ったほうがいいって助言してくれたのはベルちゃんだもん」

「あらそう、ありがとう、褒めてくれるのね」

「当然」


そんな睦まじい会話をしていると少尉が水を挟む。


「いちゃつくのは後でだ、客が多すぎる」


そんな少尉の言葉に身を引き締めると、ボルトをスライドさせ排莢して閉じる。


リリスがスコープを覗きながら次の標的を探す。


「見つけた、あの子」


そのスコープに写っていたのは歩兵銃片手に疾走するドレミーだった。


「少し先を読んで…このあたりかな…」


照準を走るドレミーの先を見据え、引き金を引こうとしたその時。


ビシュっ!!


鋭い風が少尉の頬を掠めた。


「えっ…」


頬から赤い横筋が引かれ、そこから少量の血が流れ出る。


「…な…ん…だと…」


その血を指でも拭った少尉が驚きの声を上げると、リリスとベルヘンもその衝撃的な光景に目を奪われた。


「ま…っ…まさかっ…!」


リリスがスコープを覗きながら死のゾーンを探る。


するとおおよそ信じられない光景が目に飛び込んできた。


「そんな…こと…」


スコープを通した視線の先にいたのは、紛れもないさっき撃ったはずのエロイスだった。


エロイスは砲弾孔の縁にバックパックや死体を置いて山頂の方角からの狙撃から身を守るための防御を施すと、そこに同じようにスコープを取り付けた歩兵銃を向け、なんと撃ってきたのだ。


「やっぱり、運は今私に味方してくれている、きっとエッジの運が私に力を貸してくれているんだ…なら、絶対に成功しないはずの確率だって乗り越えられるっ!運命に逆らえるっ!!塹壕にたどり着く前にっ!まずはあそこの狙撃兵を始末するっ!!」


そんなエロイスの勇姿をベルヘンも見た。


そしてリリスが一言、


「少尉、もう指示は十分です、目を休めててください、二人の目標が定まりました。

私達の目標はあの、勇敢な宿敵(えいゆう)です」


死のゾーンのエロイスと山頂のリリスとベルヘンの対決が始まった。


軍配はどちらの少女兵に上がるのだろうか。

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