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我、絶望に吶喊す

塹壕内で翌朝の突撃命令を待つエロイス、相変わらず砲声鳴り止まぬ戦場で退避壕の中、なかなか寝付けずにいた。



夜になっても気は休まらない。


最前線の兵士たちの事情など無視するかのように撃ち込まれる砲弾の中、エロイスはなんとか寝ようとするもなかなか寝付けなかった。


「…いよいよ翌朝に突撃…」


そんなことばかりが頭をよぎった。


そのうちエロイスは死ぬかもしれないという不安から床から起き上がり、髪とペンを持って紙に遺書らしきものを書き始める。


エロイスは紙を床に置いて書いてみた。


筆を走らせると推敲もしないまま胸ポケットに入れてそのまま寝っ転がって目を閉じた。


すると段々と眠気が襲ってくる。


「あぁそうだ眠れなかったのは砲声のせいじゃない、不安があったからだ…自分の想いを後に遺さないといけないという不安が…フロント中佐はこんな不安をなくして安らなき床に就きたいって言ってたっけ、なんか今なら少し気持ちがわかるかな…」


重くなってきた瞼をゆっくりと閉じて眠りに就いた。


不思議と砲声はもう聞こえない、自分だけの世界に入り込んだのだ。


無音の世界の中でエロイスは目を開けた。


「こ…ここは…」


真っ暗闇の中でエロイスのか細い声だけが響く。


エロイスはその空間の中を進むが塹壕内の泥のような地面が脚を引っ張る。


その前方を見ると薄っすらと同じ軍服を着た少女がいた。


「…っ!?みんな…っ!」


そこにいた少女を見て驚いた。


レイパス、オーカ准尉、マリッサ。


そしてエロイスを最も驚かせたのはその中にエッジ、ドレミーそしてリグニンがいたのだ。


「これって…」


エロイスが無表情の仲間たちに手を伸ばそうとした瞬間。


「起きろっ!エロイスっ!」

「っ!?」


エッジに身体を揺すられ目が覚めた。


「準備砲撃が終わったんねっ!すぐにバックパックと弾薬ポーチ、ヘルメットと突撃隊装備をして待機するんねっ!!」


すぐに退避壕から出るとすぐに短機関銃と柄付手榴弾が入った麻袋を肩にかける。


弾薬が入ったポーチを付け、バックパックを背負いブロディヘルメットを頭に被った。


砲声はすっかり止み、死のゾーンはドロドロのグチャグチャになっていた。


三日間の砲撃で埋まっていた死体も掘り起こされ、砲弾孔も増え、地獄の果てのような光景だった。


エロイスが退避壕の中で座るリグニンに一言こう言った。


「これから重機関銃陣地に運ぶから支援お願い」

「うん、任せて、武運を祈っている」


エロイスがリグニンが抱きかかえ陣地へと運んでいく。


そして機関銃の側にリグニンを座らして一言。


「もし、戦死届けが来たら開いてね」


昨夜書いた手紙を渡してそのまま微笑んでその場を去っていった。


「ちゃんと帰ってきてよねっ!」

「もちろんっ!」


エロイスの背中を見送ると静かに微笑んだ。


エロイスが武装したエッジとドレミーと合流した。


「エロイス…私っ…きっ…緊張する…」

「大丈夫だよドレミー、気をしっかり」

「う…うん」

「エロイス、ドレミー、死のゾーンでは毒ガスが充満してるんね、ガスマスクをつけるんよ」


エッジの言うとおりにマスクを頭から被り、首までしっかりと装着する。


三人とも同じような不気味な表情をお互い見合わせる。


いよいよ塹壕の通路に掛けられたはしごを登って頭が少し出る位置で止まる。


「笛がなったらすかさず突撃なんね、落ち着いて時に隠れながら慎重に行くんね」

「うん、わかった」


着剣した歩兵を握りしめて合図を待つ。


左右にも同じように突撃隊がはしごに登って待機している突撃隊の青年少女がマスクを被って突撃命令を待つ。


シッパーテロ湿原、死のゾーンの果てを見据え、約一キロの汚泥でまみれた地帯を駆け抜けるのだ。


「さぁ、行くよ、地獄の底のような我が闘争がそこにはある」


次の瞬間、中耳を震わすけたたましい笛の音が鳴り響いた。


その音を耳に入れると勢いよく雄叫びを上げながら吶喊を開始した。


続々と千人程度の突撃隊が歩兵銃を抱えながら突っ走り始めた。


「行くよっ!エッジっ!ドレミーっ!!人に後れて恥かくなっ!!」


飛び出したエロイスたちは泥沼に脚を取られそうになりながらも一歩一歩確実に進んでいく。


「まだ弾丸は飛んでこない…射程距離外…っ!」


ガスマスクを着けた大軍隊が波を作って押し寄せてきた。


その喊声を聞いたロディーヤ兵たちがその突撃に気づき始めた。


ロディーヤ塹壕で腕を振って指示を出していたのはフェバーラン特務枢機卿、その軍勢を押し寄せろと大声で呼びかける。


「いよいよハルマゲドンがやってきたっ!!ここが正念場であるっ!我々には神がついているのですっ!御稜威の守護、ここにありっ!威厳を保って殉じろっ!慈悲なく屠れっ!屠殺しろっ!悲鳴を上げさせろっ!!豚のような悲鳴を我に聞かせ給えっ!!」


その指示を聞いてロディーヤ兵たちが一斉に歩兵銃や機関銃で掃射を始めだした。


その無数の弾丸は押し寄せるテニーニャ兵に飛んでくる。


「ゔっ…」


エロイスの隣の突撃兵の額に赤黒い大穴が開いてガックリと膝から崩れ落ちる。


「とっ…っ飛んでくるんねっ!エロイスっ!ドレミーっ!しっかりと見を守るんよっ!」


三人が新しく空いていた砲弾孔に飛び込んだ。


三人が荒い息を落ち着ける様に深呼吸をする。


流れ落ちる汗を拭き取って心臓に手を当てる。


「…はぁ…はぁ…はぁ…よしっ…行こう」

 

その瞬間、上半身と下半身がかろうじて繋がっている少女兵の残骸がエロイスたちに向かって転がってきた。


その腸を撒き散らして死んでいった同じぐらいの少女を見て鳥肌が立ってくる。


「…運が悪かった…それしか言えない…」


ドレミーの言葉を聞き入れるとエッジが。


「よしっ!みんな行くんねっ!!」


そう言って砲弾孔から顔を覗かせた瞬間。


ダダダダダダダダダっ!!


突然光のように飛び込んできた弾がエッジの顔面めがけてやってきた。


「ぐぇ゛っ…っ!」


エッジがそう声を漏らしたが最後、飛び出そうとしていたエッジの身体が大きくのけぞり、そのままエロイスとドレミーへと背中から倒れてきた。


「…っ!!?エッジっ!!しっかりっ!!」


だがそこには頭部をふっ飛ばされ眉毛から上がかろうじて形を保っているエッジの亡骸があるだけだった。


その顔をよく見るべく、エロイスもドレミーもガスマスクを外し、エッジの残っていたガスマスクも引っ張って外す、そして残骸をエロイスが抱え上げた。


老婆のように少なく残った茶髪と目が飛び出るほど見開いた瞼、大口径で撃たれた頭部からは生卵を割ったように砕け、血にまみれたピンクの脳味噌が崩れた豆腐のようにボダボダとこぼれ落ちていく。

口はたましいが抜けたようにポカンと少し開いている。


「ゔっ…嘘だっ…そ…そんなこと…あまりにもあっさりすぎる…」


エロイスが震える声で呼びかけるようにつぶやくとその抱えている身体を揺する。


「ねぇ…なんとか行ってよエッジ…別れも言わずにこんな…こんな…」


するとエッジの口から僅かに聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ぁ゛…ぁ…ぁ…あ゛ぁ………」

「…っ!?」


その声にエロイスは驚き涙を流して喜ぶ。


「よっ…良かったぁ…まだ生きてるんだね…エッジ…」

「ぁ…ぁぁ…………」

「やっぱり生きてるよドレミーっ!死んだ人間が話すわけないもんっ!」


エロイスが必死に起こそうと揺するが、エッジはただ魂が抜けたようにガックリしている身体はもう動かない。


「えっ…エロイス…言いにくいんだけど…」

「…?どうしたの?ドレミー…?」

「さっきは口に溜まった空気が口から出る際に声帯を震わせただけだよ…さっきの声はエッジの意思でも、呼びかけに応じたわけでもない、わかってるでしょ…?もう…死んでるって…」


ドレミーが残酷な現実を突きつけた。


そしてエロイスの顔に一気に力が入って歯を食いしばった。


頬に熱い液体を伝っていくのがわかった、涙を流しながら銃声飛び交う絶望の地獄の底を震わすかのように叫んだ。


「うっ…うわぁぁっーーーーっ!!ちくしょーーーーっう!!!」


その絶望叫びはすぐに機関銃の音にかき消されていった。


惨劇が突如幕を上げたのである。

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