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火蓋が切られる前に、老婆心

いよいよ熱烈な準備砲撃を開始したテニーニャ軍。

死のゾーンに休みなく着弾する榴弾と毒ガス弾は陣地や鉄条網を破壊し、兵士たちに恐怖を与えるという予告だった。

その大きな轟音は山頂にいたリリスたちにも聞こえてきたのだった。


アッジ要塞跡で偵察兵とともにいたリリスたちの視聴覚にその猛撃が入り込んできた。


「お…っおい見ろあれっ…!すごいことになっているぞっ!!」


偵察兵の青年が声を上げてみんなを呼び寄せる。


轟音に呼び寄せられ葉の隙間から見える死のゾーンを眺める。


「あれは…」


リリスの目に衝撃的な光景が映った。


湿原の土や泥が着弾によって飛び散りクレータができる、砲弾孔の茶色い水はバチャンと音を立てて飛沫を吹き上げていた。


あらゆる方向から飛来する砲弾が泥を穿つ。


まるでポップコーンのようにあちこちで汚泥が弾けていたのだ。


「間違いない、テニーニャの砲撃だ、それもこの規模、いよいよ何か仕掛けてくるぞ、今日か明日、それとも明後日、いつなのかは知らないが間違いなく一大攻勢が始まるぞ」


少尉もその夥しい数の砲撃に恐怖を覚えながらも静かに見ていた。


ハスターも自力で起き上がりその惨禍を目に映した。


そして静観しているハスターに少尉が自虐っぽく独り言を言った。


「かつての戦友たちが前線で戦っているのに俺たちはここで何をしているんだろうな、参謀総長の野望を阻止するためか、そうだったな」

「そんなに大事なのか、参謀総長が」

「大事というか、許せない、生涯使って清算させたいくらいだ、変な思想を持たなければそもそも論こんなところに俺たちはいなかったし、それに…戦争はなかった…」

「……」


ハスターは少し驚いた表情でその言葉を聞き入れた。


青年三人とリリスたちはその永遠と降り注いでくる砲弾と着弾をただひたすらに見ているだけだった。


「仲間たちが…あそこの塹壕で…」


リリスが罪悪感をせおったような落ち着き払った声量で発した言葉にベルヘンが身体を寄せて励ます。


「いい、私達の仕事は今の戦況を優位に立たせるために立ち回ること。

少尉がガスマスクの生産を要求して運ばせただけでも立派に貢献したわ、もうできることはここから狙撃で支援することくらいよ、いずれテニーニャ軍が塹壕から飛びててくる、それを撃つために集中するのよ」

「…うん…わかってるけど…きっとみんなは私たちの行動をわかってはくれないよね…」

「しょうがないわ、傍から見たらただの逃亡兵だもの」


その励ましに心を洗われたリリスは自然とベルヘンと手を握っていた。


二人の少女のか細い指を絡めあって固く繋いだ。



一方のテニーニャのエロイスたちも自軍の砲撃の音に苛まれていた。


絶えず中耳を震わす轟音に精神を逆撫でされ、気づかぬうちに微細なストレスが溜まっていっていたのだ。


退避壕内で待機していたエロイスたちはその鳴り止まない耳鳴りのような砲声を聞き、歩兵銃を抱えながら座り込んでいた。


「この轟音じゃ夜は眠れないんね」


エッジがそう言いながらアンフェタミンの錠剤を口に投げ込む。


「外はどうなっているんだろう」

「わざわざ見に行かなくていいと思うよエロイス…安全だとは思うけど念の為…」

「うん…そういえばドレミー、最近頭の中の人格出てこないね」

「うっ…うん…、薬のおかげかな、最近なんだか身体も軽いし…」

「そう、良かったね」


着弾の度退避壕のコンクリの壁が僅かに揺れる、この中で後数日過ごすのかと思うと、全員気を病みそうに感じながらもネガティブな発言は謹んでいた。


エロイスが何気なくリグニンの罹患した足に目をやる。


足は毛布に覆われて患部が見えない状態だった。


「リグニン、足大丈夫?ちょっと見せて」

「ううん、大丈夫、心配しないで」


リグニンは笑顔で見せることを拒否した。


その顔はみんなを安心させるための作り笑顔のようにリリスは感じた。


「いいから見せてっ!全然見してくれないじゃん、心配してるのにっ」


布の下にあったリグニンの足先を見て愕然とする。


損傷した組織からしみ出た血清やタンパク質が皮膚下に溜まり水疱愕然つぶつぶとできていた。


足先は青黒く変色しており、足の底の皮膚はひび割れている。


その変わり果てた少女の足を見た全員は口をぽ館と開けてあんぐりしている。


「なっ…なんでこんなになるまで言わなかったの…っ!リグニンっ!早く野戦病院行こうよっ!」


エロイスが激しく動揺しながらリグニンの肩を揺らす。


他のみんなも同じ様にリグニンの行動に疑念を呈す。


「こんなの…なんでもないよ…ウチはそれよりみんなと離れ離れになるのが一番嫌、四肢がなくなってもいいからみんなと一緒に戦場で死にたい…お願い…病院には連れて行かないで…」


リグニンが弱々しく主張した、だがエロイスたちは納得できない。


「リグニン、私は離れててもいいから無事のリグニンを見ていたい、最悪足切断することになっちゃうよ…?もしそうなっても私はリグニンの事大好きだから受け入れるけど、でもやっぱり健康なリグニンと一緒に死にたいよ…ねっ?だから後方に下がって、突撃は私たちに任せて」


そのエロイスの本音にリグニンの目が潤む。


「エロイス…ウチのことそんなに…」

「そうだよっ!大好きっ!大好きっ!ちゅーしたいくらい大好きっ!だから…っ!そんな死ぬほど大好きなリグニンに無事でいてほしいから…っ!」


そんな熱烈な告白に思わず顔が火照ってしまう。


「わ…わかった、エロイスにそんなこと言われちゃったらウチ拒めないよ…」

「うん…それがいいよ」

「でも…せめて十日までここに居させて」

「十日…?私達の突撃の日…でもその足じゃ…」

「違う、せめて突撃の支援させてって事それができたら運んでもらうから…お願い」


エロイスはそばかすの笑顔を向けた。


「わかった…本人の想いを躙ることはしない、私の背後はお願いするね」


膝立ちのエロイスとリグニンが腕を回して、優しく抱き合った。


強く身体を押し付けあってそれぞれの想いを確かめあった。


その抱き合っている間だけは常に鳴り響く重苦しい砲撃のbgmを忘れることができたのだった。

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