謀略の影
テニーニャ国防軍のリグニン・アリーナッツは国防軍准尉のオーカ・ハウドポートを説得し撤退を決意、ロディーヤの侵攻を許してしまった。
一方、ロディーヤ女子挺身隊は無事テニーニャの塹壕を占拠。
足に怪我を負ったリリス・サニーランドを治療し死んでいった仲間たちに追悼を行った。
しかしロディーヤの参謀総長シンザ・ハッケルはこの初戦の勝利と少尉のエル・ルナッカーをあまり快く思っていなかった。
占拠した塹壕で挺身隊の隊員がテニーニャの兵器を鹵獲していた。
塹壕内も探索して情報を集める。
「見てーメリーこれこれ」
ウェザロが蛸壺内に設置された机の引き出しから一切れの紙を見つける。
「『死ねクソ准尉、犬とでもヤってろ』だって、よっぽど横暴な准尉だったんだね」
「え、えぇそうね…犬とでもヤってろってなにをするんでしょう?」
「ええっ!?メリー知らないの!?ヤるって言うのは〜…」
「おいやめろウェザロ、不純な言動は軍規違反で処罰だぞ」
「えぇっ!?ホントですか少尉!?」
「嘘に決まってるだろ間抜け」
「なんだ〜よかった〜…」
「えっと…不純なことなんですか?」
「いやいやっ!なんでもないよ〜も〜」
左脚を怪我したリリスは外で空を眺めていた。
「どうだ?足の様子は」
「あっ少尉!はい!大丈夫です!」
「なら良かった、動けるようになるまで待機だな。なにも怪我してるのはお前だけじゃない、隊員を労るのは俺の仕事だからな」
「ありがとうございます少尉!」
「フンッ、精々休んでおけ」
「はい!」
「しょ、少尉ーーーーっ!」
突然向こうから一人の少女兵が駆け寄ってくる。
「どうしたそんなに慌ててなにか…」
「さ、参謀総長がっ!参謀総長がこちらに向かっているとの電報がっ!」
「なに、総長が?」
少尉の顔が険しくなる。
「はいっ!総長のご意向で視察を兼ねて激励に参りたいと!」
「…そうか、わかった」
「参謀総長が…?」
「面倒だな…」
「えっ?」
「いや何でもない…リリス、しっかり休んでおけよ」
「あっはい…」
少尉は来るであろう参謀総長を出迎えに行く。
しばらくするとリリスたちを載せていた輸送列車の線路に丁寧な装飾が施された列車がやってきた。
列車はリリスたちを降ろした地点と同じところに止まり、そこから正装に身を包んだ参謀総長が降りてきた。
フィールドグレーの上衣に金の飾緒と肩章、銀の百合のバッジの付いた制帽を深く被り、腰には軍刀のサーベルが下がっている。
黒いスカートに長いスラッとした足に纏うタイツ。
いかにも権威高そうな人だ。
総長が降りてくるとその場にいた兵士たちが敬礼をした。
そんなものには目もくれず総長は一直線に出迎えに来た少尉に向かった。
「エル・ルナッカー少尉、会いたかったぞ」
「私も、お会いできて光栄です」
そういうと二人はお互い固い握手をした。
そして総長が少尉の顔に近づき耳打ちをした。
「ルナッカー、後で話したいことがある」
少尉は顔色を変えずに聞き入れた。
「わぁすごい…あれが参謀総長…」
「いかにも将校って感じですわね」
「いいなー私もあんな服着てみたいなぁ…」
「ペッ!あんな服固くて動きにくそうじゃん!やめとき!」
「あらウェザロさん、嫉妬ですの?」
「違うもんねー戦闘服の方がかっこいいし動きやすい!」
「ふふふっ」
「ねぇ二人とも、参謀総長と少尉、二人で林の中に入って行くよ?」
「えっ!参謀総長が側近もつけず少尉と二人で!?」
「参謀総長たるもの護衛もつけずに二人だなんてあり得るのかしら…」
「あれ?そういえばウェザロちゃん、ベルちゃんは?」
「あ~さっきトイレだとかなんとかって言って林の中に…」
参謀総長は少尉を木々が青々と茂る鬱蒼とした林に誘い込んだ。
「エル・ルナッカー、君は一体どういうつもりなんだ?」
「なんのとこでしょうハッケル一等兵」
「…君がしたことは立派な命令違反だ。わかっているのか?」
「さぁ?なんのことですか二等兵」
「砲弾を使ったことに関してだ」
「…」
二人の間には長い沈黙が訪れる。葉の木漏れ日が二人を照らす。
「私が命じたのは砲弾の運搬と挺身隊の突撃だ、砲撃ではない。
帝国陸軍に聞いたところお前が勝手に命じたらしいな。
おまけに新兵器の榴散弾まで使ってしまった、これでは早々にテニーニャに対策されてしまう。
あれはここぞというときに取ってあったものだぞ。どういうつもりなんだ」
「総長、あなたの命令は人命を軽視したものだと思いました。
帝国陸軍の突撃から学ばずなんの対策もなしにまた挺身隊に突撃を命じていると感じたからです。
もし総長の命令を忠実に実行していたら今頃私はここにいません。私はあの違反は正しいものだと確信しています」
総長が少尉を睨みつける。
「そして、あなたこそどういうつもりなんですか?」
二人に穏やかな風が吹く。
風に吹かれた若葉は一つの流れとなって林中を包んだ。
少尉の口は止まらない。
「参謀総長前、あなたは立派な名将でした。未熟な私はあなたの背中を見て育ったんです。そしてその指導力で参謀総長になった。しかしその指導力が開戦した途端になくなった。今回の挺身隊の突撃命令も帝国陸軍の失敗からなにも学ばず…
同じ失敗を二度も繰り返す総長ではないはず、なぜあなたはそんな…」
「それ以上話すな、ぶち殺すぞ」
「…っ」
参謀総長が背を向け立ち去ろうとした瞬間。
「まさか…まさかとは思いますけど…
わ ざ と 負けようとしましたか?」
参謀総長の足が止まる。
「そんなわけないだろう?私はロディーヤの参謀総長だ、ロディーヤの勝利も挺身隊の勝利も心から祝福する」
「開戦も陛下ではなく参謀本部が促したとの噂があるんです。
今回の命令もなにかおかしかった…総長の行動が不可解すぎるます。
あなたは根っからの愚将ではないはず。
あなたの行動は皇帝陛下に戦争をさせ、無茶な命令で兵士の人命を割こうとしている売国奴だ!
シンザ・ハッケル参謀総長、お答えください!」
「…ふっ、妙に色気づいたなルナッカー」
すると参謀総長はシャフ度でこう言った。
「あまり賢くなるなよ、使いづらくなるだろ」
「っ!?」
「皇帝など所詮はお飾り、軍部の言うことだけをたらふく飲み込んで、フォアグラみたいになっていればいい」
「…っ!やっぱり参謀総長は売国奴…っ」
「それは違う、私はロディーヤのことが大好きだ」
「だったらなぜ…っ!」
「…ルナッカー、国と皇帝は違う。
私は国を愛してはいるが皇帝は愛していない、この国をまとめるのに皇帝など必要ない。
そして、私が望むことはただ一つ…
このロディーヤを敗戦国にし皇帝を戦犯豚として処罰させる、そして私はボロボロになった戦後ロディーヤを真の楽園へと生まれ変わらせる、ただそれだけ。
そうしてこの国を私のものにすることだ、なんでも融通がきく、そんな楽園のロディーヤが大好きだ。」
「そんな…っ!?」
参謀総長から衝撃の発言が飛び出す。
少尉も思わず声が出る。
「戦争する必要はない?
皇帝が暗殺されただけでは国は弱くならない、戦争だ抗争だ戦闘だ敗北だ。このロディーヤには戦争での敗北が必要なのだ。
驚いただろ、他の人間に話してみろ。
歴史の底に沈めてやる。
…まぁ話したとしても、それを信じてくれる人間がいくらいることか。
というわけでルナッカー少尉、これからも命令違反頼むぞ、君が違反してくれればしてくれるほど私は君の綱を切りやすくなるんだからな」
少尉の拳が震える。
「皇帝を処して総長が国のトップになる…
無駄な命令で兵士を殺してロディーヤを負けさせる…
疲弊した戦後のロディーヤを指揮して国を私物化する…そんなの…そんなのって…!」
「ふふっ、パーフェクトなまとめだ、ありがたい」
少尉が顔を上げて目を据える。
「総長、あなたには失望しました。
今私にあるのは総長への憧れではなく怒りです。
おかげで私の少尉としての目標が定まりました。
ロディーヤを勝利させ参謀総長の野望を葬ることです。
おそらく誰も信じてくれないでしょうが総長のことは誰にも言いません。挺身隊の士気や軍内、国内にも影響が出るかもしれないからです。
それで敗戦しては元も子もありません。
私はロディーヤが総長の私物にならぬよう勝利に導き、そして私が、真実を知っているこの私が総長の野望を静かに歴史という墓穴に埋めます。
偉大だった参謀総長、ここに眠ると墓標を立てて」
「…面白い。少尉の首などいつでも切れるがロディーヤが戦争に負けるまで暇だからな、いいだろうその余興、楽しませてもらうぞ」
そういうと参謀総長は一足先に林を出た。
「ロディーヤは負けさせるものか、俺は必ず腐った野望を打ち砕く」
そしてこの会話の一部始終を聞いていた少女がいた。
林で用をたし終わったベルヘン・アンデスニーだった。
「嘘っ…これってものすごい大変なことなんじゃ…」
青々と茂る林の中、一つの巨悪の謀略が姿を表した。
「皇帝がいる限り私はトップになれない…
戦争を仕掛けロディーヤを敗戦させ皇帝に全責任を押し付けて処罰させる。
敗戦状態なら支配しやすい…
単純に皇帝の暗殺だけでは国を支配することはできないからな。
反テニーニャ派の政治家を殺しておいて正解だった、おかげで開戦の口実作りがスムーズにいった。
そして私の『白の裁判所』…
ふふふっ完璧だ!全て全て私の計画通りだ!
アハハハハハッ!!!」