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ルスト、実家に帰る ―旅支度始まる―

『あなたの誕生会を開きます』


 (ルスト)が、そう記された手紙をもらったのは半月前のことだ。帰宅可能な日取りと滞在可能な日数を知らせろという手紙だった。


――半月後に一ヶ月ほどなら――と返事をする。すると、念話通信伝報により、


『帰られたし、実家本家より』


 と、恐ろしくわかりやすい〝伝え〟を受け取った。こうなると嫌も応もない。首を長くして待っている母上様の元に帰ることにした。


 帰宅日を伝えて伝報を打ち準備をすすめる。傭兵ギルドに長期休暇申請を出し、仕事の関係上、正規軍の西方司令部にも断りを入れる。私が仕事の上での〝仁義〟を通すために動いていれば、その裏では同居している小間使い役であるメイラが旅支度をしてくれていた。


 帰路に使う辻馬車や動力運河船の乗船券を手配し、長期間留守になる自宅の掃除をする。また不在中の自宅になにかあると困るので傭兵ギルドの事務局に定期巡回も依頼しておく。

 水回りを始末し食べ物は保存できないものは皆処分する。窓を固く締めて、すべての鍵を戸締まりする。暖炉の煙突側から入られないように、煙突内に泥棒返しの金属扉を仕掛けておく。金目の物で高額のものは身につけるか、傭兵ギルドの事務局の貸し金庫に保管を委託する。

 

 家の中と外のことが決まりが付けば、次は自分自身の旅支度。

 私はいつも傭兵装束で出かけるが、メイラは屋外外出用の木綿地のルタンゴトワンピースドレスを用意した。そしてふたりともショートブーツを履く。着替えは実家側の方で用意してくれるから複数用意が必要なのは道中旅での下着くらいだろう。

 必要な荷物をトランクに詰めて、明日に備える。早めに就寝して、翌朝は六時に目を覚ました。

 二人で順番に朝風呂に入り身ぎれいにする。

 帰宅ということで仕事の時とは違い化粧や肌の手入れも念入りに行う。肌の手入れでの香油の刷り込みも当然行うが私とメイラしかいないのに二人でそれをどうしたかは内緒だ。


 そして、衣装をつけ終えて、荷物を持ち、家を出る。鍵を閉めるのはメイラの役目で、両隣の家に挨拶をして私たちは出立した。


「それじゃ行きましょうか」


 私がそう言えば、メイラは答える。


「はい、お嬢様!」


 空は青く、澄み渡っていた。まさに旅日和だったのだ。


 

 †     †     †  


 この国の名前は〝フェンデリオル〟

 250年以上の長い歴史を持つ国力豊かな活気に満ちた国だ。建国以来、敵対国との戦乱が絶えないが、それでも私たちはこの国を愛し、この国の大地の上で生きている。

 四大精霊に見守られて、人々は日々の暮らしを営んでいる。私もその一人だ。


 私の名前は〝エルスト・ターナー〟

 このフェンデリオルと言う国で傭兵をしている。この国独自の制度〝職業傭兵〟と言うもので、その中でも最高峰である〝特級資格〟を持っている。傭兵としての二つ名は


――旋風(せんぷう)のルスト――


 旋風(つむじかぜ)の如き、戦闘スタイルから呼び称された二つ名だった。

 今や、この国でその名前を知らない者はいない。なぜなら――

 この国の国境線を犯されかねない国家的危機が勃発した時、私は自ら采配を振ってこの国を守り抜いた。そしてこの国を守り抜いたからだ。


 戦いの舞台となったのは西方国境地帯の辺境領〝ワルアイユ〟

 不幸にも謀略を企てる悪逆の徒に、領主を殺され指導者を失った土地だった。

 不安に怯える領民たちを励まし、為す術なく悲しみに打ちひしがれるワルアイユの令嬢アルセラを叱咤し励まし、彼らを一つにまとめ上げて再び立ち上がせた。


 度重なる見えない敵の謀略を打ち破りながら、迎えた最終決戦、ワルアイユ領の遥か西方の国境地帯にて、私たちは敵対国トルネデアスとフェンデリオルの正規軍との挟み撃ちに見舞われた。


 だが私はこれを秘策によって状況を一気に逆転。ワルアイユの領民たちを追い詰めるためにやってきたはずのフェンデリオル正規軍の部隊を糾合することに成功。国境を越えて押し寄せてきたトルネデアスの軍隊に立ち向かい、これを撃破する。

 我らがフェンデリオルに勝利をもたらすことに成功したのだ。


 そして謀略の直接的黒幕を討ち取ることにも成功。

 私とその仲間は、ワルアイユを守り、アルセラを次期当主として擁立することにも成功、フェンデリオルの国土を守り抜いた。


 そして、私はその功績を評価され、仲間たちとともに新たなる任務を与えられた。


 優秀な職業傭兵達による軍外郭特殊部隊、コードネーム虹彩(イリーザ)

 正規軍の統合本部の肝いりで創設された重要部隊で、私はその隊長に任ぜられたのだ。そして、私と仲間は小手調べに小規模な任務をこなすと初めての長期休暇を得ることになる。


 私は久しぶりに中央首都に住む実家の家族の元へと帰ることにした。同居している小間使い役のメイラを伴いながら。 


 そして、私の活動拠点であるブレンデッドの街を出立する日の朝、朝食を取るために通い慣れた行きつけの食堂〝天使の小羽根亭〟に私とメイラは立ち寄ることにした。

 そしてそこで奇しくも、特殊部隊イリーザの仲間たちと鉢合わせることになった。彼らも長期休暇を利用してそれぞれに旅立とうとしていたのだ。

 

 時に夏真っ盛りの時だった。



 †     †     †  



 旅支度で家を出て、小間使い役のメイラと一緒に行きつけの食堂兼居酒屋である天使の小羽根亭に顔を出す。

 運河客船乗り場に向かう馬車を待っている間、天使の小羽根亭で軽く食事を取ろうということになった。

 時刻は朝8時、仕事の時の出発のように時間が決められているわけではないのでのんびりとした出発だった。

 いつものように何気なく天使の小羽根亭に顔を出せば聞き慣れた声がかけられる。


「いらっしゃいませ」


 この店の女将リアヤネさんだった。


「あらルストちゃん。それにメイラさんも。二人ともめかしこんでどうしちゃったの?」


 その問いかけに私は答えた。


「久しぶりに実家に帰るんです」


 メイラが補足する。


「ご実家から〝誕生会〟をするから戻ってこいと言われまして」

「そうなの。それじゃあ戻るの結構長いの?」


 私は答える。


「だいたい1ヶ月くらいかな。次の仕事もあるからそう長居はできないし」

「そうなの」

「それで辻馬車を予約しているんですけど馬車が来るまで何か食べようと思って」

「ええ、分かったわ。何にする?」


 まずは私がオーダーする。


「私はエール酒とリゾットで」


 そしてメイラ、


「私はミルクとトーストで」

「何か付け合わせいたします?」

「それじゃスクランブルエッグ」

「わかりました」


 幸いにしてこの時間、朝の一番慌ただしい時間は終わっていたこともあり店内に客はいなかった。もっと早い時間なら仕事前の簡単な朝食をとっている人たちにあうこともあるのだが。

 実を言うと女将のリアヤネさんには私の実家筋の話についてはこっそりと打ち明けていた。

 彼女は少し困ったふうに微笑んで。


『やっぱりそうだったのね』


 と、意味ありげに呟いてくれた。どうやら私の正体についてはワルアイユ動乱の前後で薄々気がついていたみたいだ。

 とはいえ他人の過去にはあまり深く立ち入らないのが傭兵という仕事のルール。


――傭兵ならば他人の過去には立ち入るな――


 それは誰もが口にする常識の一つだった。

 職業傭兵という職業をする人は複雑な過去を持っている人が多い。他人の過去に触れるということはその人の人生に関わってしまうということでもある。それは必ずしも良い結果を生むとは限らない。悲劇的な経過をたどることも多い。

 無用なトラブルを避けるためにも他人の過去には触れない。それがこの世界のルールだ。

 だからこそ私は今でも何気なく一人の女性傭兵として振る舞うことができるのだ。


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