カサンドラ様の逆鱗に触れてしまった様です
ダンスパーティーの翌日、教室に行くとなぜだか令嬢たちに囲まれた。
「アンネリカ様、昨日のダンスパーティーのダンス、とても素敵でしたわ」
「本当に、ドレスも良くお似合いでしたわ。ファイザバード様とお揃いだったのでしょう。仲睦まじくて羨ましいですわ」
なぜか絶賛の嵐だ。どうやら、昨日のダンスパーティーで、私とディラン様の関係を見た家族が、“私と仲良くしておけ”と娘&息子に指示を出したのだろう。
貴族の世界は厳しい縦社会だ。身分の高い者に取り入るのが普通。でも、私に取り入ってもあまり意味がないのだけれどね。だって、私はディラン様の協力者でしかないのだから。そう言えないのが辛いわ。
「あなた達、いい加減にアンネリカから離れなさいよ」
その声はイザベラだ!
「イザベラ、おはよう。昨日は挨拶が出来なくてごめんなさい」
令嬢たちの間をすり抜け、急いでイザベラの元へと向かった。
「いいのよ。それより、昨日は大変そうだったわね。でも、元気そうでよかったわ」
やっぱりイザベラだ。彼女といると物凄く落ち着く。
その後、アンドレも合流し、いつもの3人で盛り上がった。やっぱり私には、イザベラやアンドレと居るのが一番だ。
もちろん、お昼はディラン様と一緒にご飯を食べる。
「アンネリカ、今日の放課後なんだけれど、ちょっと用事が出来てね。すぐ終わらせるから、俺が行くまで教室で待っていてくれるかな?」
「はい、わかりました。では教室で待っていますね」
卒業まで後3ヶ月。きっとディラン様も忙しいのだろう。そう、後3ヶ月でディラン様はカサンドラ様の元へと行ってしまう。分かっているけれど、どうしようもないくらい胸が痛い。でも、こればっかりは本当にどうしようもない事だ。とにかく後3ヶ月、ディラン様との思い出をしっかり作らないとね。
そして放課後
「アンネリカ、今日はディラン様と帰らないの?」
いつもすぐに迎えに来るディラン様が来ないことを不審に思ったのか、イザベラが話しかけてきた。
「ディラン様は少し用事があるみたいなの。その用事が終わったら迎えに来てくれるわ」
「そうなの、なら私も一緒に待っているわ。だって、アンネリカと一緒に居られる時間も後わずかでしょう」
悲しそうな顔をするイザベラ。
「ありがとう。イザベラが一緒に居てくれると嬉しいわ」
イザベラと教室で話に花を咲かせていると、ものすごい勢いで人が入ってきた。
「アンネリカ・フローレス!話があるの、ちょっと来なさい!」
なぜか物凄く怒っているカサンドラ様だ。イザベラも何かを察知したのか、私を庇う様なしぐさを見せた。
「イザベラ、大丈夫よ。ちょっと行って来るわね」
イザベラにそう伝え、カサンドラ様の後ろを付いて行く。
向かった先は、人けのない校舎の裏側だ。
「ねぇ、あなた一体どういうつもりよ。随分とディランに色々と買ってもらっているみたいじゃない!昨日のドレスや宝石だって、ディランに贈って貰ったものでしょう。それとも、協力する代わりに金品でも請求したの?嫌らしい女ね」
鋭い視線で睨みつけるカサンドラ様。まさに蛇に睨まれた蛙だ。とにかく、誤解を解かないと。
「カサンドラ様、確かに宝石やドレスは公爵家から支給して頂きました。でもそれは、公爵家の品格を下げない為という名目もあるはずです。アイランド王国で3本の指に入るほどの名門貴族の恋人役が、貧相なドレスでは示しがつかないとお考えになったのでしょう」
「もっともらしい言い訳だわ。でもあんたのそのドレスや宝石を買う為に、私が買ってもらえるはずの宝石が買ってもらえなくなったのよ。それに対してはどうするつもりよ」
それは申し訳ない事をしてしまったわ。そんな事なら、無理にドレスを作ってもらわなくてもよかったのに。でも、今更そんな事を言っても仕方がないわね。
「そのような事になっているとは知らず、申し訳ございませんでした。次からドレスや宝石類を作っていただかなくて結構とディラン様に伝えます。」
「随分と謙虚なふりをするのね。そんな演技に私は騙されないわ。最初に話した時、私に言ったわよね。“私たちの仲は決して邪魔しない”って。なのにどうしてディランはあなたばかりに構っているの?どうやってディランをたぶらかしたの?ねえ?答えなさいよ!!!」
凄い勢いで詰め寄って来るカサンドラ様。怒りからか、お美しい顔に青筋も出ている。
「たぶらかしたなんて、とんでもございません。公爵様や王太子殿下の目を欺く為に、演技をしているだけです。ディラン様は今でももちろんカサンドラ様を愛していらっしゃいます。ですから、どうか落ち着いてください」
「うるさい、言い訳なんか聞きたくないのよ!」
バチーーーン
ポタ…ポタ…
これは、血?
一瞬何が起きたのか分からなかったが、どうやらカサンドラ様の持っていた鞄で思いっきり顔を殴られたようだ。口の中が切れた様で、血が出ている。
「いい事、あなたは所詮貧乏伯爵令嬢なの!ディランとはどう転んでも結ばれないのよ!自分の置かれている立場をもう一度よく考えて行動しなさい。これは警告よ、次はないから!」
そう吐き捨てると、カサンドラ様は去って行った。
鞄がモロに当たったほっぺたが痛いわ。口の中も血の味がする。私、最近調子に乗っていたのね。ディラン様の優しさに甘えて、結局彼の最愛の人を知らず知らずに傷つけていたのだわ。
もしこの事がディラン様にバレたら、彼は私から離れていくのかしら?やっぱり、最愛のカサンドラ様が傷ついているのだから、恋人役も打ち切られるかもしれないわね。後3ヶ月、甘い夢が見られると思ったけれど、現実はそう甘くないのかもしれない。
そう思ったら、目から止めどなく涙が溢れ出した。この涙は顔が痛いからじゃない。きっと、心が痛いんだ。私はもう後戻りできない程、ディラン様が好きなんだ。
「うぁぁぁぁぁん」
いつぶりだろう。こうやって声をあげて泣くのは。決して報われる事はない私の気持ち。どうにもならない思いを、涙と一緒に発散させた。しばらく声を上げて泣いたら、少し落ち着いた。
やっぱり顔が痛い。鞄を教室に置いてきてしまったから、一度戻らないと。でも、この顔ではディラン様に会えないわね。鞄は諦めて、このまま帰ってしまおうかしら。そう考えていた時だった。
「アンネリカ!」
この声はディラン様だわ。どうしよう、こんな顔では会えない。木の陰に隠れようかしら。そう思った時には既に遅かった。
「アンネリカ、カサンドラに連れて行かれたと聞いたのだが…」
有無も言わさず、ディラン様の方を振り向かされた。次の瞬間、私の顔を見て固まるディラン様。そりゃそうよね。こんな顔を見たら、誰でもびっくりするだろう。
「カサンドラにやられたのか」
見る見る怒りで顔が鬼のようになったディラン様。
「いいえ、さっき顔から転んだのですわ。カサンドラ様にされたのではございません」
とっさに嘘を付いてしまった。きっと、愛する人が協力者にこんな事をしたと分かったら、心優しいディラン様は傷つくだろう。
「アンネリカ、嘘は良くないよ。どう見ても、何かで殴られた傷だ。とにかく、すぐに医務室へ行こう」
抱きかかえようとしたディラン様を、スルリとかわす。
「ディラン様、自分で歩けます」
出来るだけ笑顔を見せて、自らの足で医務室まで向かおうとしたのだが、後ろから抱きかかえられた。
「アンネリカ、本当にすまない。カサンドラには俺から話をしておくから。二度と君を傷つけない様、しっかり伝えておく」
「ディラン様、私は大丈夫です。きっとカサンドラ様も不安だったのでしょう。どうか、カサンドラ様を大切にしてあげてください」
辛そうに顔をしかめているディラン様を見て、私も胸が苦しくなった。私のせいで、ディラン様をこれ以上苦しめたくない。そう思ったのだ。
医務室に着くと、先生が一瞬目を丸くした。
「随分と酷い傷ね。女の子なのに、可愛そうに。ほっぺたが腫れているわ。口の中も切れているし。すぐに薬を塗るわね」
先生がテキパキと治療をしてくれる。
「少し染みるけれど、我慢して」
「痛い!」
やっぱり怪我の手当てって痛いのよね。つい声に出してしまった。ディラン様は治療中何かを考えているのか、私の手を握りながら俯いている。なんだか逆に申し訳ないわね。
「これで大丈夫よ。今夜もしかすると熱が出るかもしれないわね。そうそう、念の為痛み止めも出せるけれど、どうする?」
わざわざ聞くという事は、お金が掛かるという事だろう。
「先生、痛み止めは要らない…」
「処方できる薬は全て処方してください!治療代はこれで」
私の言葉を遮り、ディラン様が先生に向かって叫んで、お金まで渡した。
「ディラン様、治療代は私が…」
「君がこんな怪我をしたのは俺のせいだ!だから治療代くらいは俺が出す!」
凄い勢いで叫ばれたら、さすがに何も言えない。
治療後、ずっと怖い顔で何かを考えているディラン様に家まで送ってもらった。家に帰り鏡に映った自分の姿を見てびっくり!
左の頬がかなり腫れて赤くなっている。念の為明日は休むとディラン様に伝えたものの、この分じゃあしばらく学院は行けないわね。でも、ありがたい事にお母様やお兄様は何も聞いてこなかった。こう言う時、空気の読める家族はありがたい。
処方された痛み止めを飲み、その日は早めに休んだのであった。
次回、ディラン視点です。
よろしくお願いしますm(__)m




