2 思い出
彼女は食べ終えた昼食の皿を片付けた。チルガは自身の分を持ってきた。
「ありがとう」
「ふふん」
チルガは満足気に鼻を鳴らした。どんな子供でも、母親に褒めてもらう事が一番の喜び。特に男の子は。チルガはリビングの方へかけて行った。
因みに彼女は、この森の家でたった一人で長い間暮らしていたので小さな同居人、いや家族が出来た事を嬉しく思っていた。彼女は自分の事をあまり話そうとはしなかった。
彼女はふと目の前の棚に目をやった。小瓶に入った赤い液体。彼女はそれを外に出て、その中身を捨てた。彼女は元々、ある理由から自殺するつもりで毒薬を作っていた。しかし、あの日偶然捨て子が家の前に置かれ、愛情を持って育てているうちに馬鹿らしくなったのだった。大事な存在が出来たのだ。チルガは彼女が生きる糧になっていた。彼女は不意に自身の過去を思い出していた。
彼女は西南にある小さな町に生まれた。父親は町で有名な狩人で、母親は聖職者であった。二人にアイリスと名付けられた。魔女という存在は知っていたが、魔法を使える事しか知らなかった。
彼女は順調に成長し、23歳になった。町に住む年上の青年と婚約し、結婚間近であった。
そんなある日、彼女はふらっと近所の森へ出掛けた。何かに誘われるように。日の光が入らなくなる程、木が生い茂った道を進んでいくと何かが落ちているのを見た。
それは紫色に光り輝く鉱石のような物だった。この近くに鉱山などなかったので、彼女はとても不思議に思った。しかし、あんまり綺麗なので父と母に見せようと手を伸ばして触れた瞬間、閃光の如く強い衝撃が身体中に走った。紫色のバチバチとした光も見えた。何が何だか分からなかった。彼女はそこで意識を失った。
目覚めると家の寝台に横たわっていた。父と母が、心配そうにこちらを見ていた。
「アイリス、無事なの?」
「森の中で倒れていたところを彼が見つけてくれたんだ」
父の横には婚約者の青年が居た。彼は、鼻をすすって泣いた事を誤魔化していた。
「…アイリス!その目はどうしたの!?」
「目…?」
鏡を見て彼女は唖然とした。左右の目の色がそれぞれ変わっていた。赤い目と青い目。
彼女は原因があの石だと考えた。
「まさか、魔女の石に触れたのか…!?」
「…魔女の石?」
「紫色に光る鉱石に似た石だ」
彼女はどきりとした。
「…いいか、その石に触れた者は大いなる魔法の力と引き換えに、永遠の苦しみが伴うんだ!」
「…」
皆、唖然としていた。永遠の苦しみ…それは何なのだろう…?
「…ごめんなさい。ちょっと一人にしてくれる?」
父親と母親は立ち上がって部屋から出て行った。青年は、こちらを悲しい目で見つめながら出て行った。
魔女は昔から邪悪な存在として伝えられてきた。魔女は子供を喰らっているだとか。そんな魔女になってしまった私を、家族とあの青年はきっと愛してくれないだろう。そう思った彼女は黙って家を出て行く事にした。服を数着、薬の瓶を三本。魔法書を一冊。最低限の荷物を鞄に詰め込んだ。寝室を出て、台所にある裏口から外へ出た。日は既に沈み、肌寒くなっていた。
彼女は後ろの自分の家を眺めた。灯りがついている。
(さよならお父さん、お母さん。そして、セルフィス…)
彼女は町を出て、道をひたすらに歩いた。途中でモンスターの出ない地帯で、野宿しながら朝も昼も夜も歩き続けた。行き先は知らない。
荷馬車の老人に声をかけて、乗せてもらった事もあった。
(もっと遠くへ行かなきゃ…)
荷馬車で揺られる度にそう考えていた。
…どのくらい歩いただろう。湖畔の森を彷徨っていた。大木が数本立ち並ぶ。
そんな中を歩いていると、家屋らしきものが建っているのが見えた。誰か住んでいないのだろうか?駆け寄って確認するが、人の気配はしない。扉をゆっくりと開けると、蜘蛛の巣が張り、苔の生えたテーブルが見えた。
どうやら長い間誰も住んでいないようだった。彼女は、掃除をし始めた。テーブルを拭き、埃を払って湖の水を持ってきて床拭きまでした。すると、見違える程綺麗になった。彼女は、此処で生活していこうと決めた。しかし気持ちは晴れなかった。そこで魔法書を読んで、最初に作ったのがあの毒薬だった。そして、他の魔法も森の中で特訓していくうちに、完璧に使いこなせるまでになった。
そして「永遠の苦しみ」についても調べたところ、魔女は変わらない容姿で1000年は生き続けるという事だった。つまり、知っている者が誰もいない世界を一人で生きていかなくてはならないという事である。
そんな魔女でも一つだけ死ぬ方法がある。それは先程紹介した通りの、魔女自身で作った毒薬を服用することなのであった。
魔女として生きる勇気と、死ぬ勇気が両方出ずに悩みに悩んで七年間。そして、息子となる彼と出会ったのであった…。
嫌な事を思い出したと彼女は思った。呆然と突っ立っていると、後ろから声をかけられた。
「お母さん、どうしたの?」
彼女はふと我に返った。
「いや、何でもないよ。家の中へ入ろうか」
この子が魔女の悪い噂を聞いたら、私を軽蔑するだろうか。私を拒否するのだろうか。チルガの顔を見ながらそんな事を考えていた。彼女は家の中へ入って行った。大きな不安を抱えて。
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