1 始まり
皆さんのお母さんはどんな人でしたか?
湖の近くに位置する、霧の深い森から時々唄が聞こえる事があるらしい。子供の夜泣きが酷い夜に限り聞こえるのだという。唄を聞くと子供は泣き止んでたちまち笑顔になる、一種の魔法であった。近くの村にはあの森には魔女が住んでいると言い伝えがあり、『魔女の子守唄』と呼ばれた。一方で、魔女は子供を喰らう悪魔だという者も居た。
雪が深く積もったある日の事であった。森の中に小さな赤ん坊の泣き声が響いていた。木の籠に入れられ、扉の前に放置されていた。赤ん坊の懐に置手紙を忍ばせて。
やがて彼女はそれに気づいた。彼女は、赤ん坊を抱えて唄を歌った。
「おいけのことり、おうたをきいてねんねする…♪」
赤ん坊は泣き止んで、眠ってしまった。微かに笑みを浮かべながら。寝た事を確認し、彼女は赤ん坊の懐にある紙を取り出した。
【突然のご無礼お許し下さい。私の家は没落し、その子を育てる事が不可能になってしまいました。どうかその子を育ててあげて下さい。本当にごめんなさい】
彼女はこの手紙を読んで、強い怒りを覚えた。この雪がちらつく寒空の下、赤ん坊を森の中に放置していった事が許せなかった。どんな理由であれ、子供を他人に擦り付けるような者は同情の余地無し。
彼女の名はアイリス。先ほど紹介した子守唄を歌う魔女である。
彼女は家の中に赤ん坊を入れ、暖かい暖炉の傍に置いた。火の大きさは魔法の力加減で、調節できたので特に問題はなかった。彼女は、これからどうしたら良いのか考えを巡らせた。
彼女は決意を固めた。
(…私がこの子の母親になろう)
そして赤ん坊の顔を覗き込んだ。すやすやと寝息をたてて、眠っていた。彼女は赤ん坊の小さな手の平に人差し指を近づけた。
すると、赤ん坊はぎゅっと力強く握った。世界のどんな出来事よりも、ずっと力強く感じた。
「…君の名前は…チルガ。チルガ・イスカルだ」
そんな出来事から早くも五年が過ぎた。チルガは順調に成長し、道具を使って料理が食べられるようになっていた。彼女はチルガがすっかり大好きになっていた。いわゆる、親バカというやつであった。
「…チルガは本当にお利口さんだね」
「…お母さん、これぐらい出来て当然だよ」
チルガもまたアイリスが大好きだった。彼女は魔女である事は既に知っていた。彼は純粋無垢な幼さ故に、どの家の母親も皆魔女さんなんだろうと思っていた。
「…お母さん」
「ん、どうしたの?」
「この世界のお母さんって、みーんな魔女さんなんだよね!?」
「…うーん、そうだよ。皆、魔法が使えるのよ」
夢を壊さないように、何とか取り繕って誤魔化した。チルガのこの純粋無垢な瞳を見ては、とても真実は伝えられないと思った。彼女の優しさだった。
「…そうだ、僕にも魔法教えてよ」
「そうだね、もうちょっと大きくなったらね」
「本当!?約束だよ!」
はしゃぐチルガを見てとても微笑ましく思った。指切りをして、しっかり約束した。彼女はいつか彼も魔法が使えるのかと、とても楽しみに思った。
彼は私の息子だから、正しく導いてあげなくてはいけないという実感が湧いた。
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