百合子は問いかけた。親父は、てやんでいと息子を放り出す。
その日は……、珍しく早朝から、かわら版売りが声を上げた。
『てえへんだ!てえへんだー!あの悪名名高き若君が!ついに我らの夢と希望の!百合子嬢さまを射止めたってぇ話だよ!』
号外だよぉー!号外!号外!との声が、八百八町のあちらこちらで響いていた。
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てぇへんだ!コラ起きろ!とまだ寝ていた丈太郎の布団を剥ぎ取る彼の父親。手にはグシャグシャに握りしめている、かわら版が一枚。
「ふおあ?な、なんだよ。今日朝からなんかあったけ?てか、親父昨日の夜……、何処に行ってたんだよ……朝帰りってどうなのよ、うにゃうにゃ……」
「てやんでぇ!コレを、目の玉ひんむいて皿にして読みやがれ!このウスラトンカチ!ニブチン!」
ペシッ!と頭をはつると、クシャクシャのそれを、む!と差し出した。なんだよ、痛えと頭をさすりながら差し出された紙を広げる丈太郎。それは朝イチで売りに出されたかわら版。
「ふぁぁ、何?富籤のばんごーでも……!ハヒィィー!フグォォ、ゆ、ゆゆ百合子うぉぉぉ……、ダメ、俺しぬ……」
そこには『僕ちんは、華乃百合子ちゃんと幸せになります』的な話が大々的に、書かれていたのだ。それを読みガックリとする丈太郎。モゾモゾと布団に潜ろうとするのを見た父親が、彼に一喝をする。
「この!お前がとっとと!好きだ惚れたと言わねえから、鳶に油揚げかっ攫われちまうんだよ!お前……逃した魚はデカイぞ、ピチピチ新鮮産地直送を逃したんだそ!今からでもいい、行って言ってこい!」
「はぅぅ!言ってこいったって、今更……てかなんで知ってんのだ?」
「見てりゃわかるってもんよ、俺っちもそうだったんだな、お前……あんなこと、したいなぁ、こんなことしたいなぁって夜な夜な……さぁ、くぅー!てやんでぇい!」
ハヒィィ、何を誰とするんだよぉ!と言いそうになったのを堪えた丈太郎。なぜか不意に涙が浮かんで来たのだ。それは百合子の顔貌が、鮮やかに浮かんできたからかもしれない。
喋ればそれが落ちそうになる、ぐっと堪える丈太郎……、そんな息子を見下ろすと、野暮なお前はなんとやら、と一言、言いおいて部屋を出た父親、残された息子はしょんぼりとしていた……。
あー!てやんでい!と店先の掃除をする為に、箒を片手に一度閉めた店の表戸を、再びスパーン!と開け放ち外に出た父。すると……彼は、再び息子の元に韋駄天のごとく、とって返す!
「てぇへんだ!お前早く着替えろ!ええい何でもいいから早く寝間着を脱げ!俺が手伝ってやらァ」
「ふぐぉ!、やめろ!な、なんだ!仕事ならちゃんとするか、ら……!あの犬の鳴き声は……まさかの弥助か!」
男二人で、もみ合いになり半裸姿の丈太郎、慌てて乱れ箱に畳んで置いてある着物に着替えた。帯を後ろ手でしめながら、ドキドキしながら店先に出ると……
「じ、丈太郎!ご、ごめんなさいこんなに朝早くに、でも、でも、ふ、う、うう……」
そこには、涙を流し袂で拭いている愛しの百合子の姿。ふぐぉ!おおおお!ど、どうしたらいいのだと、うろたえる男、丈太郎。本能と欲望に正直になれば、しかと抱きしめたいところだが、理性がそれを止めに入る。
そんな二人を柱の影から眺める父、おい!早く来るんだと、小声で母親を呼んでいる。
「あ、いいってことよ、で、どうしたの。か。な。」
カクカクと喋る丈太郎。理由はわかっている、かわら版に書いてあった事だろう、あの野郎と婚約したとか……、本当なのだろうか?彼女の父親なら、到底受けない話だと思っていたが、と少しばかり腑に落ちない彼。
「くぅー!何やってやんでい!好きだ惚れたと、言え!」
「全く……情けない、ほら!そこで近づくんだよ!手を取ってサア!」
「押し倒せ!てやんでい!」
「あんた!なにいってんだい、店先だよ!それならそうと入口閉めとかなきゃ!開けっ放しにして、何してんだよ!」
最早ヒソヒソではない、二人の会話が表に溢れているのだが、それを拾っているのは弥助のみ、若い二人は甘く切ない世界の真っ只中。
「う、ち、父上が、若君のお話を……」
「受けたって言うんかい!本当だったのか!」
「なんで知ってますの?」
「か、かわら版に書いてあって……、あの、その、旦那様が决めた、の、か……、そうか、そうなのか、う、ん」
呆然とし、その場で立ち尽くす丈太郎、ほれやれ!と静かに激を飛ばす両親、助けて欲しいと言いたいけど、言い出せないおぼこな百合子。それを生ぬるく見ている弥助。
百合子が動いた。
「ど、どうしたらいい?丈太郎?」
全ての勇気を振り絞り、瞳を潤ませ、幼馴染の彼にそう問いかける。花の顔は薄紅色に染まり、ゾクゾクするほどに愛らしい。
……ふぉぉぉう、ど、どうしたらいい、どうしたらいい、どう答えたらいいー!混乱に満ちる彼の脳内。
「くぅ!じれったいねぇ!おまえさん」
「てやんでい!丸見えでもいいじゃねぇか!こう抱き締めてよぉぉお!唇を吸うてから!押し倒せ!やっちまえ!」
「何言ってんだい!百合子お嬢さんは、おぼこだよ!せめて布団位は、敷いてやらないと!」
この夫婦は大丈夫なのか……彼の主である百合子のこれからをチラリと考える弥助……、若い二人の空気がモジモジしている。
丈太郎が動いた。
「……うん。旦那様が、お嬢さんの事を、よく考え決めたんだから……う、ふぐ……あ、いい、ん、だ、よ。う……」
「わたしがあの若君に嫁いでいいの?」
百合子の悲鳴が上がる。
「こんのぉ!てやんでい!」
「はぁぁ?ぼんくら息子おぉ!」
夫婦の雄叫びが上がる。
「……、うん、だってだって、お嬢さんの事をイッチに考えて。俺金ねぇし、ボロ屋で!はい?……!はぐぉぉ!」
もごもごと喋る丈太郎、みなまで聞かず、ツカツカと百合子が近づく。袂を翻し白い手が空に上がると……風を斬る!
スパァァァーン!渾身の平手打ちが、彼の頬に飛ばされた!不意をつかれ土間に転がる丈太郎。
「丈太郎の馬鹿ぁぁぁ!知らない!」
「ウホーン!(阿呆ー!)」
くるりと裾を翻し店を飛び出した百合子、弥助も一声上げてからそれに続く。ポカン……としていた丈太郎、やがてため息をひとつつくと、ノロノロと立ち上がろうとした、その時。
てやんでい!と出てきた親父に羽交い締めをされ、そのままズルズルと引こずられる彼、そして!
「お嬢さん連れて帰ってくるまで!勘当だ!てやんでい!」
父親の言葉と共に外に放り出された!再び地面に転がる丈太郎。そしてスパーン!ピシャ!と、戸を閉められてしまった。
続くー。