百合子の知らぬところで、ゲンナイ占をする
はらはらと溢れる真珠の連なり……、百合子の涙、なみだの夜、ゲンナイは朱引き内の橋のたもとに来ていた、しゃがみ込み地面に何やら複雑な陣を描がいる。そして書き終えると、札を一枚懐から取り出す、ソレをペロリと舐めて己の額に貼った。
どれ……『あの親子を呼び出す』かの、恐らくは……そう呟くと立ち上がる、陣の中心に立つ彼、その瞳に赤銅色の光が宿る、息を吸いホゥと白い湯気を吐き出す、印を組み、ぶつぶつと呪文を唱えた。何やらモヤが立ち昇る。やがて……彼の手の中に玉子が二つ。
「おうおう!やはり、可哀想にのお……このジイに任せてくれるかの?」
そう玉子に囁く。かたかた、コトコトと揺れる玉子、そうかそうかと頷くと、懐から矢立てを取り出すと、サラサラと何やら文字と紋様を描いた。
おとなしくなったらそれを、そろりと袂に入れる。空を見上げればそこには蜂蜜色した三日月……。じっと目をこらせば……、そこに『場』の気配を読んだ。
「フム、誰かがナラズモノに捕まっとる、誠に朱引き内は物騒な、それもまた退屈しのぎにはよきかな、さて、道具は揃った。あとは時を読むかの、それにしても、いい月夜だのぉ……三日月も、またよし……」
……蜂蜜色のお月さん、お前を舐めれば極楽気分〜女は甘く蕩けるような蜜はなち〜等と、どこか妖しい歌を口ずさみつつ彼はほろほろと進む。
やがてやもめ暮らしの家へとたどり着いたゲンナイ。さてと……手を洗い口をゆすぐと、行燈に火を灯し、文机に向かう。
机の上には、彼が住む『八百八町』の絵地図が広げられている。かつて『公方』様と呼ばれていたお方の住居『城』を中心にし、朱色でぐるりと円が書かれている。その内が、『朱引きの内』とされる町。
ゲンナイは銀の打ち出しで創られた『盃』を城の場所に置く……行燈にぶら下げていた、一升徳利を手に取ると、中の琥珀色をした酒をとろりと注ぐ。
「ナラズモノが、入れぬ様に呪をかけてある通りは、町の縦、城の表、大門に面している『御幸通り』、裏門の『お隠れ通り』そして、横、登場門に面している『大通り』不浄門に面している『おくりの通り』さてさて、あの若君は、そこでも『籠』に乗っている……横丁や路地には立ち入らんだろうな……花街には特殊なものが、施されていると聞く。さてどうすべきか……」
何か方法は無いかと、ゲンナイは占をする事にする。ゴソゴソと、文箱の中にしまってある西洋歌留多を取り出した。
「若君と、百合子お嬢ちゃんが朱引き内で出会うその時を……読む、そして……」
彼は懐から玉子を出す。コトリことりと、それを絵地図の上に置いた。
続くー。