百合子の知らぬところで、ぼんぼんとママ上の相談
「なんだって!幼馴染ってのがいるの!それって男?」
十時のおやつに、八百八町名物『檸檬くりぃむまんじゅう』を食べながら、若君の素っ頓狂な声が上がった、成金趣味満載のキンキラ屋敷のひと部屋。
クロスが掛けられたテーブルの上には、八百八町名物がところ狭しと並べられている。それと共に南蛮渡来のお菓子の箱も、息子とのお茶の時間を楽しんでいる母親は、パクパク食べる息子に、慈愛に満ちた笑顔を向けていた。彼女の至福のひととき。
「はい、さようで……、調べましたところ最近発覚致しましたが、どうですか、抹殺されますか?しかし旦那様が最近朱引き内の事を少しばかり調べましてな、自重しろとのお言葉が……」
さらりと家に使える爺やが話す。それに対して、首をひねる若君。
「うー、抹殺したいのは山々だけど……パパ上、ねぇママ上どうしたらいい?『夜鷹を誘って殺して囁いて『ナラズモノ』作って、百合子ちゃんを襲わせて、僕ちんに頼ってくる計画』上手くいかないよぉぉお、パパ上にダメだって言われちゃったし」
母上の教えの通り、こずるい手を使い、裏からも攻めていた若君、甘い菓子を食べながら、哀れな声を上げる。それを受け取る母親。
「うーん、そおねぇ、パパ上にはママ上から頼んでみるわ、僕ちんのお嫁さんの計画ですもの、でもお目出度い事に血なまぐさい噂はだめね、そうねぇ……贈り物はちゃんと届けてるの?爺や」
「はい、しかし、わたし共が朝駆け夜討ちいたしましても、あの親娘!うんと首を立てにふりませぬ!貧乏暮らしのくせに……小癪な!ここは……若君様が自ら赴くというのは……どうでしょうかね?」
「はぐはぐ……ゴクン。でも外には『ナラズモノ』がいるだろう?君子危うしに近寄らず、あのナメクジみたいなのは、僕の美意識に反するんだよ、力を使えば汗をかくし汚れるし、でも僕ちんが行ったら……」
「まぁ!僕ちん自ら……、行く時は危ないから、朱引きの内はお籠を使いなさいな、お籠には呪いがかけてあるからって、パパ上が、それに郊外にはアレはいないんでしょう?そう聞いてるけど。そして……うふふ、ママ上の僕ちんは御力を持ってるのだから、強いのでしょう?」
母親の言葉に、えー!と声を上げた若君、不貞腐れた様に言葉を返す。
「……ゔー!持ってるけど闘うのは、護衛の仕事だろ?あの訳のわからん『場』に引きずり込まれる瞬間がヤ!、はぁぁ。僕を頼る様に仕向ける作戦は、しばらくお休みかぁ、うーんどうしよう、お前達が行っても無駄だしな、うーん、行ってみようかな……じぃ、お茶入れて」
ポロポロと粉をこぼしつつ、ベタベタと口の周りにクリームをつけつつ、食べる若君、爺やが差し出した香り高い琥珀色した、花のお茶でそれを飲み込んだ。
「して、どうされます?今日、あちらのお宅に向かわれますか?明日は……『鐘の小路得麿』様のお宅の夜会があります故」
ノリの効いたハンケチを差し出しながら、爺やは問いかける。それを受け取りベタベタを拭うと、クシャクシャと丸めて、床にポイッと投げ捨てる若君。
「……とくちゃんのおうちのパーティーか!朝から用意があるしなぁ、お!今日さぁ!この僕ちんが向こうに行ってお返事貰ったら!明日の夜彼女に、あのドレス着せて連れてけるよね!『婚約者』だもん!うひゃひゃ、爺!行く行く、ママ上、僕ちん行ってくる!」
若君は、部屋に飾られている、極細くびれのキンキラドレスを、鼻の下を伸ばしてうっとりと眺める。
紫にエンジ色、黄色に桃色のお花が咲き乱れている、彼の頭の中で、若君の『百合子』が、それをまとって、にっこり笑い、手を差し出す妄想が広がっている。
「うへへ、これを着てさぁ!あ!そうだ!ママ上!ママ上!たいへんな忘れ物をしていた!間に合うかなぁ、どうしよう」
ぽーっとなっていた若君が、急に何かを思い出し慌て始めた。
「どうしたの!僕ちん、ママ上で出来ることがあるなら何でも言って!」
「ママ上ぇ!婚約者何だから『指輪』てのがいるじゃん!はうぅ僕ちんとした事が……買うの忘れちゃってる!」
はぁ、指輪で御座いますか、今の流行りで御座いますなぁ……ろくでもない事はすぐ、覚えてくる。側で成り行きを見守っている爺やはため息をつく。
「ま!それぐらいの事で泣かないのよ、僕ちん、そうねぇ……、いっしょに選べはいいのよ、女は選ぶの好きだから、ママ上のお店を紹介してあげますからね」
うわーい、と喜ぶ若君を見る爺や、彼は少しばかり身の振り方を考える。彼もまた額に星を宿している者。
広い部屋には、女中の他に、狐耳の彼の護衛と犬耳や、狼耳を持つ数人の若君の護衛がいる。とっかえひっかえしている若君。
高価な栄養剤を毎日与える事により、護衛から主と認めさせている若君、今の流行りになりつつあるが、一方でそれに異を唱える声もある。
『あの薬は、護衛の身体を蝕む、長生き出来無い、飲ますべきではない、血を与えれば済むのだから』
栄養剤、それを出した途端、あちらの護衛の反応はともかく、父娘共にあらか様な拒否感を放って来たことを、爺やは思い出した。百合子のそれよりも、あの穏やかそうな父親の瞳に宿ったあの色。
鮮やかに強く、剣呑に光る狸々緋、それはまるで寺の両脇に立つ、阿、吽が背負う紅蓮の焔を彷彿とさせた。ブルリと身を振るう爺や。
「ほえー!そうなのか、じゃぁ!明日、ママ上もついてきてね、今日は僕ちんあちらに行って、婚約してくるからね!」
ええ、ええ、あなたが行けば、先方もころりよ、と脳天気な親子は、爺やの心持ちなど知らずに、百合子不在の話を、先に先にと進めて行くのである。
続くー。