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そのお話、お断りしたい百合子、しかし相手はしつこい。

 その世界はココとは違う時空間にある。真っ事不条理極まりないソノ世界、科学(サイエンス)と少しばかり懐古な技術(テクノロジー)それと、魔法(マジカル)心霊現象(オカルト)




 ☆☆☆☆


『さあさ!よってらしゃい、ここに書いてあるのは!なあんとぉ!またまた『夜鷹』が喰われちまったってぇ話だよ!ああ!何て哀れな姉ちゃん、仕事熱心だったんだねぇ、ああ……哀れだよ、何という哀れ。嫁にいきたかったろうに、殺しだよぉ!首元食いちぎられての、殺しさぁ!しかも!ここ最近続いているとは思わないか?警察は何をしてるんだろうねぇ!これは!ふ、え、ると、俺ぁみたね!『満たされぬ想いを抱えて死んだ魂、ナラズモノ』が増えるよぉ!さあさ!殺しだよ!買ったかった!』


 橋のたもとで、いなせなかわら版売りが、賑やかに口上を述べ売り歩いている。これに書かれてあることは、半分はホントで、半分は眉唾もの……。いっときの笑いと刺激を求めて人はそれを買う。


 中でも『ナラズモノ』関連は人気が高く右から左に手が差し出され、チャリンチャリンと銭の音、飛ぶように売れていく。


 賑やかな朱引きの内側、そして外側では静かな暮らしがあるはずなのに、その家はここのところ毎朝、客人を迎えていた……。




 ――「申し訳御座いませんが、華族と申しましても、文明開化に乗り遅れ、お屋敷も手放し朱引きの外れの家に住む、今は見ての通りの貧乏暮らし、とてもながら、お金持ちの若君様の、嫁御に迎えてもらうというのは、不相応でございます」


「そこは大丈夫、全てこちらでご用意いたしますと、奥様が仰ってますし、既にご用意は出来ております。若君様に見初められたのです、この御縁を無になさってはなりませぬ!お家のためにもお受けするべきです」


 ……、今日も朝から御客人を迎えている父上と私。困りましたわ、内職の刺繍の納期は夕方ですのに……、父上もようやく床上げが出来たばかりというのに、お見舞いと称した押しかけ縁談話。迷惑至極とはまさにこの事……。


 百合子は、客人に対して失礼になると、苦虫を噛み締めた様になるのを、ぐっとこらえていた


「今は時代も変わりました故、家のために娘を嫁がす気はありません、わたしもそれなりに仕事はしておりますし、贅沢をせねば、食っていける事は出来ますから」


 穏やかにやんわりと断わる彼女の父親、しかし目は鋭い光を宿している。その色は、鮮やかな狸々緋(しじょひ)。対する客人も深紅色を有している。百合子を含め三人は、額に星を持つものである。


 客人は、人に、一枚の紙を懐から出すと、お目通しをと畳の上を滑らし差し出した。


「かわら版ですよ、朱引きの外のここは手に入らぬでしょうから、ほら書いてありましょう『報われぬ女がまた死んだ、ナラズモノが増えると』失礼ではございますが、お嬢様も若君様や僭越ながら、拙者と同じご苦労がお有りかと、いやぁ、人に妬まれるとは、困ったものですよ」


 父親がさらりと目を通し、娘にて渡す。仕方なくといった風情で読む百合子。気まずい沈黙が流れる、父親が客人に礼を述べる。



「……、全く、哀れな事ですなぁ、誠に朱引き内の恐ろしさ、ここで暮らしておりますと、そのような事が間近にありませんゆえ、知らぬ話でございます、御心配おかけしましたな、しかし護衛はきちんとおりますし、それなりに親子共々心得はありますし、そして所詮、ナラズモノは、朱引きの内にしかおりませぬ」



 縁側に面し開け放した障子から、チュピチュピと小鳥声。小さいながらに庭があり、こじんまりとしたこの家は、まだ裕福だった頃に病に倒れた、娘の母親を静養させる為に、土地を買い求め建てた代物。


 そのかいなく彼の奥方は逝ってしまったが、その後の零落ぶりを目にされなくて良かったと、彼女は密かに思っている。



 ……、嫌なお客を早く帰す呪いはないかしら、確か逆さ箒に手ぬぐい……と父親が客人の相手を引き受けているのを聞きつつ、彼女は時間を持て余していた。放つ退屈の気配を読んだのか、お客が百合子の名前を呼ぶ。仕方なしに応える彼女。


「何かお話が?」


「はい、百合子様に直接、この者は貴方様の護衛にと、若君が自らお選びになったモノでございます、強うございますよ、ナラズモノが増えてる昨今、護衛は多ければ多いほど安心というもの、若君の奥方におなりになれば、失礼でございますが、金子の心配は生涯ないかと」


 そう言うだけあり、強さを感じる百合子。どこか虚ろな瞳の彼をじっと観察をする。


 ……、ふむ……狼系統かしら?象牙色の肌に黒髪、立ち耳、青の瞳、なのだけど目鼻立ちは何処か間の抜けた風貌、お選びになられた若君(ぼんぼん)より、見栄えが落ちるお顔立ち……。で何故に覇気も無ければ、こう、ぼぅーとしてらしゃるのかしら?


 何を考えてるのかと、頭が痛い思いで百合子は丁重にそれに対して断りを入れる。


「はい誠に失礼ではございますが、お受け取り致しかねます、護衛ならば私には『弥助』がおりますゆえ、彼一人で大丈夫です、私もそれなりに闘う事も出来ますし、それにお言葉を返すようですが、おかしゅうございます」


「は?美しい貴方に相応しゅう無い、野蛮なお付きと思いますが、確かに魔力を感じます、意思疎通も出来ておりましょう、が!いかんせん姿形が、本来『軍用犬』になるモノでしょう?それにおかしいとは、百合子様」


 お客はご自分の見目麗しい護衛を、自慢そうにちらりと目をやる。白銀の豊かな髪、狐耳、金目、鼻筋通った美しい人間の風貌、首から下は豊満な身体付きの女性。彼が大枚つぎ込み手に入れた自慢の護衛。一休品の人造生物(キメラ)、もちろん彼とは契約済みである。


「………、弥助は賢く強いですわ、それに護衛は、御力(みちから)がある限り『一種、一体』しか契約が結べぬはず、その者をどのように使役しろと?」


 弥助も人造生物(キメラ)、目の前の狐美女や、狼フツメンと同じ造られた存在。人間と動物の遺伝子を使い、科学(サイエンス)魔法(マジカル)、そして技術(テクノロジー)により生み出された『生命体』、しかし彼は大きな白いもふもふとした犬の姿。だけど知能、魔力は高い存在。


「それは……『栄養剤(ドラッグ)』で調教するのです、さすれば何体も仕えさす事が可能な時代です、上流階級の皆様お使いですよ、一日一回飲ませればいいのですから、ただとても高価な代物です、なのでわたしは血を与えて『契約』をしてますが……心配いりません、彼はここに通わせます故金子の心配は……」


 『栄養剤(ドラッグ)』との言葉に、父親の護衛である狸面の二之吉と、弥助から剣呑な気配が立ち上がる。隣で座る父親も、眉間にシワを寄せてる。一見穏やかそうな父親だが、一旦堪忍袋の緒が切れると、その姿背に紅蓮の焔を背負う赤鬼となるのは、ごく親しい人間しか知らない。


 これはいけないと、百合子はお客に正面切って話をする。


「すみませんが、お話もその彼も、お持ち帰ってくださいな、お話を聞くと、とてもながら彼をここに来ていただくわけにはいきません、そして若君様の事もなんとも思っていませんし、私にはその……なので申し訳ありません。よしなにお伝えしてくださいませ、それとこれっきりにと。おかえりあそばせ」


 そう言うと三つ指をつき、深々と一礼をした百合子。父親もうっとおしいお客に、とっとと帰れ!と念じながら黙って頭を下げた。


 続くー。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ひらがなの使い方が上手でうらやましいです (*´▽`*)ノ~♪
[一言] 不穏な動きですね。 ドラッグとは穏やかでない。
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