百合子の幼馴染は職人さん、若い二人は萌えもえしてる。裏
その頃………
……、はぁぁ、と丈太郎も深いため息を付きながら台所へと向かう。住居が裏手にある為、幾分広い間取りの家、二階にも小部屋がある。
先程触れた指先を見る丈太郎。あぶねえと、どぎまぎしていた。
ポッポと胸の中が熱く燃えるように苦しい、彼は懐に忍ばせているお守り袋にそろりと手をやる。
中身は家のガラクタ入れに棄ててあった『手裏剣』、小さい時に遊んでいて百合子と見つけ、それ以来気に入ったので、無頓着な彼は、素のまま、何時も懐に入れていたらある日の事。
「あぶないから、袋に入れなさい、母上様に教えてもらって、縫ってみたの」
そう言って手渡された、百合の花が染め抜かれている生地で作られた守り袋、首から下げるようにと、組紐がつけられていた。あまりの嬉しさに、頭の中がくらくらとした事を、今尚覚えている丈太郎。
それ以来、彼はそれを首から下げ手放した事はない、湯屋では油紙に包み込み、濡れぬように気を使う有様……。他人はそれを見て『阿呆』と呼んでいる。
「……!お、俺が送ってやっからよぉ……、ダメダメ!お嬢さんなんだから!こちとら何もない職人……子供の時みたいにはいかない、はふうん……百合子、やわっこい手ぇしてて、ぐ!ゔぉぉぉー」
先に言いたかった事を思わず口に出した、そして何やらイケナイ妄想が、若い脳内に広がる丈太郎、薄暗い夕方に、彼女を送れば道中『狼』に豹変してたかも知れぬと、ブンブンと首を振り、煩悩を打ち消す彼。
共に過ごした、無邪気だった幼い頃を思い出す。
今は他の人間の手に渡っているが、かつて百合子たち家族が暮らしていた、大きな塀に囲まれた屋敷。それを思い出す。内に『ナラズモノ』が入って来れない様に、呪符が入口に貼られていた、広い庭がある家屋敷。
その護りの呪符は、引っ越す時に取り外され、郊外にある今の住まいに貼られているが。
母親同士がたまたま知り合いという縁で、鍛冶屋の父親と取引が始まった。手を引かれ品物を納めに行くうちに、年が近いこともあり、自然と仲良くなった。
物心つく頃には、既に心を奪われていた、可愛いと思っていた。寺子屋に通うようになり、行き帰りに、同じ年頃の女の子達とすれ違ったり、隣近所の子らを見てもそうは思わない。
「そりゃあ、ゆ、百合子は、ほら、お雛様?みたいに可愛くてよぉ、可愛いくてよぉぉ、ほんでもって今は、綺麗で………はぁあー!どうすりゃ良いんだよ」
大きくなったら嫁に来てくれ、なぁんて馬鹿な事をおらぁ、言ってたんだよ、お嬢さんは、ハイわかりました。何て言ってさぁ、言ってさぁ、ぐぁぁぁ……、自由恋愛の時代が来たとか聞くけど、無理ムリ!無理っすぅぅ、あれこれ考え過ぎ、頭を抱えて悶える丈太郎。
………彼女の母さんが病に倒れ、あの家に引っ込んで療養したんだよ、だけど呆気なく世を去ったんだ、その後、時代の波に乗り遅れた旦那さんが、めんどくさくなったんだな、家屋敷を手放し朱引きの外に引っ越した。それからしばらくして、年が明け、お互い大人になったから、俺、祝いの品を親父に言われて届けた……。
「お久しゅう、丈太郎、ごきげんよう」
髪を結える年になったからと、う、うなじに手を当ててさぁ、俺をで、出迎えてくれたんだよ、くぁあ、か、可愛い。色っぺぇ。つ、連れて帰りてぇって、その時思って。
今もここに来たら、か、帰したくないんだよぉぉ……ずっと、ひっついておりてぇ、だけど、俺じゃなぁ……。
だって考えてもみろ、金持ち若君が見染めただけで、かわら版に載っちまう、八百八町いっちのべっぴん百合子。もし、もしだよ、もしも……。そうなったら。
丈太郎は悶々としながら廊下にしゃがみ込み、頭を抱えたまま目を閉じる。頭に声が流れる。
『てえへんだ!あの!この世の華と言われる、八百八町いっちのべっぴん!百合子嬢さんが!事もあろうか金持ちぼんぼんの若君を袖にし、幼馴染の職人、丈太郎と結婚するのだとよ!くぁー!羨ましいねぇ!この男は、俺たちの夢と希望を摘み取りやがった!こんちくしょう!ナラズモノに喰われて消えろ!ほら!買ったかったぁ!』
何てかわら版が売られるのが想像がつく。それは別に構わないのだが……、彼は深く考える。そしてポツリとつぶやいた。
「俺なんかより、若君の方が、ぜってぇ!幸せに出来るよな、俺……そんなに金持ってねえし、嫁に来ても……なぁ、日髪日化粧ての、してやれねえもん……はぁぁ」
裏では、丈太郎が手を眺めつつため息をついている。
表では、百合子が手を眺めつつため息をついている。
二人の想いはどうなるのか、二人の仲を察している弥助は、ダメだこりゃと思いつつ、クゥーんと鼻を鳴らし首を振った。
続くー。