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百合子の幼馴染は職人さん、若い二人は萌えもえしてる。表

 全くよぉ、なるべく夕には、家にたどり着いていろよ、お嬢さん。何やってんだよ、遅くなるときはお、お………。なんでもないとっとと帰ってろ!


 ある日百合子は、いつもの様に弥助を連れ、朱引きの内にある鍛冶屋へと向かった。そこの跡取り息子の丈太郎につれない言葉をかけられ、むくれる百合子。


「まっ!丈太郎ったら、二人きりなんだし『お嬢さん』なんて、百合子って呼べばいいじゃない、あなたとは私の母上様が生きている時からのお付き合い、お互い襁褓(むつき)(おしめ)の時からの知り合いなのだから、それに夕にはっても、昼間でもナラズモノは喧嘩をふっかけて来るから、時間は関係なくてよ、それに『お』?」


 小首を愛らしく傾げ、問うた彼女のそれには答えず、フン、とかわら版を差し出した。


「何これ、……若君をフった百合子お嬢は、今日も裾を絡げて大通りで大捕物!やだぁ!この絵誰が描いたの!誰が、そりゃ裾を絡げてはいたわよ、でも男じゃないんだから、裾を端折って無いわ!お尻まで丸出しじゃない!でも場所と時間は合っている、どうして?『場』を切り取られてるから見えないはずなのに」


「ゲンナイの爺さんが、何でも『透かし眼鏡(レントーゲン)』ってつー、呪をかけた硝子板貼っつけたカラクリ作って()()、らしいぜ、それでネタを売ったんだと……」


「ゲンナイって発明家の!あのじいさまね!あれこれヘンテコなのを創っては売ってるじいさま……確か父上のご友人でしたわ!くぅぅ!じいさま!次出会ったあかつきには、覚えてらっしゃい!」


「おお怖!じいさん出会ったら撃たれて死ぬな、アハハ」


 そう軽口を叩くと、さて、何時もので良いんだよな、と立ち上がり仕事に取り掛かる丈太郎。奥の部屋に、一旦入る、店先を兼ねた仕事場で縁台に座り待っていると、入れ替わりに母親がお茶を運んでくる。


「百合子お嬢さん、どうぞ」


「ありがとうございます。おば様……、()()()()美味しいですわ」


 置かれた盆の上には、素焼きの湯呑みが二つ、それを手に取り飲む百合子。彼女にとって久しぶりの、振り売りが売っている本格茶葉、何しろ『茶腹も一服』というだけありそれなりの値段がする。


 なので彼女の家は朱引きの向う側、コック()に住まいがあり、家計は火の車、それに重ねてそこまで売り子が来ないこともあるので、仕方なく台所を預かるよねこの母親たねこが、摘み草をして作っている。


 琥珀色をした香り高い『百花茶』は、百合子の母親も好きだった。そんな事を思いながら彼女は、手の内の湯呑みを回し色と香りを楽しみ、大切に味わい飲んでいく。


「ホントにねぇ、お嬢さんも世が世なら、きっと公方様のお声がかかる器量良し、結界をはられたお城に嫁がれて、遊んで暮らせるご身分なのに」


「あら、おば様、私、働くのも闘うのもそれほど大変だとは思ってないの、むしろ生き甲斐、上手く刺繍が出来て、お店に納めて、その半衿を買って使ってらっしゃるのを見ると売れていて嬉しいし、代金もはずんでもらえるし、『ナラズモノ』はやっつけると、もやもやが晴れるし」


「そうは言っても……まぁ、奥様も『闘うのは気が晴れる』とはよく仰ってらしたけど、私ら同じ三味線お師匠さんに通っていたご縁で、仲良くさせてもらってましたよ、そりゃあ奥様もお綺麗で、そういやあの護衛の姐さんどうなったのかしら、ほらあの黒い狐のお耳の……」


 目を細めて百合子を見ながら、彼女も自分の湯呑みを手に取り喉を潤すと、いつも通りの昔話が始まる。


「ああ……、『三重』ね、彼女は母上様が亡くなられた時に、一緒にあの世に逝ったの、血と魂の契約は、私、『魂』と、身体『血潮』ね、二つ揃っているのが決まり、なのでナリカワリに取って変わられたら、契約は切れるのよ、主が死んでもそう、だから自由になれるのに、ついていっちゃったの……」


 話し込む女二人、弥助は土間に丸くうずくまり、スウスウと寝息を立てている。穏やかな昼下り、丈太郎の母親がそうだ、旦那様に食べて貰おうと、おねこさん作ったんだよ、今包むからと立ち上がり部屋から出ようとした時、息子と鉢合わせになる。


「なんだよ、まだ喋ってたのかい、いらない話をしたんじゃねえだろうなぁ」


「何もしちゃいないよ!うるさいねぇ、わたしゃお嬢さんみたいな娘が欲しいんだよ、こうやってさ、お茶を飲みながら話す、息子なんて文句ばっか言ってどうしょうもない!」


 プイッと、そっぽを向くとその場をそのままに出ていった。


「もう、もう少し言い方があるでしょうに、じゃあこれで……」


 袂から銀の簪を取り出した百合子。それを丈太郎に差し出した。


「お嬢さんから受け取れない、昔世話になったんだから、それにそれは形見だろ?」


「最早洋髪が流行ろうかという時代が、そこまで来てるの、貴方だって早々に『ザンギリ頭』だし、簪なんてあっても仕方ないわ、それに『銀』はこちらが用意するのか決まり、手間賃まけてもらってるのだから、それまで持ってもらったら困るわ」


 受け取るのを渋る丈太郎に、押し付ける様に手渡した。売れば金になるのにという彼に、笑って答える百合子。


「落ちぶれたとはいえ、華族の娘が質屋の暖簾を堂々と潜れない、腐っても鯛なのだから」


「……、わかった、お嬢さんには敵わないな、じゃあ手間賃はこれだけという事で、ツケでいいよ、ほら、何時もの」


 ありがとうと、小さいがずっしりと重い革袋を受け取った百合子。中には銀に混ぜものをし溶かし形作ると、呪をかけた『銀の玉(シルバークロウ)』と呼ばれる銃弾が入っている。


 受け取ったその時、僅かに二人の指先が重なり触れる。さり気なくスルリと丈太郎の硬い手が、百合子の手を覆う。ハッとして、とくんと百合子の心の蔵が、ひとつはねた。主の気配を察知した弥助が目を覚まし、大きく伸びをするとゆるりと立ち上がる。座ってじっと二人を見守る犬。


「……、重いよ、手離す……。そういや旦那様の具合は?少し前寝付いてただろ?」


 スッと手を引き、気をそらす様に渡された簪を見る丈太郎、巾着から風呂敷を出すと、それを包みながら、少しばかり頬を赤らめた百合子が答える。


「ええ、大丈夫、急ぎの仕事が立て込んで、寝ていなかっただけだから、今は元気に机に向かっている、翻訳の原稿料が入ったら払いに来るわ」


「そうか、良かった、ん、急がなくてもいい……、そういやなんか渡すからってさっき言ってたな、ちょっと見てくるから……あ、それと弥助にも新しい(カリカリ)買ってたんだ」


 そそくさと立ち上がると、部屋から出た丈太郎、その背中を黙って見送る百合子、彼女が独りきりになった時、弥助が声無きそれで主に話しかける。


「お嬢、相変わらずの、ニブチン野郎だと思うのですがね、ほぉ、新しいカリカリ」


「まぁ弥助、そんな事はなくてよ、やっぱり私から好きだって言ったほうが良いかしら、じ、時代は変わったって言いますもの……。それに、毎回来るたび貴方のご飯まで買ってくれてるのはなぜかしら、悪いわ」


「ん!そうですが、何やらあるのでしょうな、クスクス。十五の成人の儀式よりこちら、お嬢にお使えしてニ年、今やお二人ともすっかり大人になられて、そうですな、言ってみるのも良いかと思いますが」


「でも……、あん、ダメよ。女から言うなんてはしたないと思われそうで、そりゃあ丈太郎は私の事は何でも知っているけど、でも、でもね、最近何かよそよそしくて『お嬢さん』だなんて、はぁぁん、丈太郎の馬鹿」


 頬を赤らめ手で包むと、甘いため息をつく百合子。



 その頃………


続くー。


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[良い点] >透かし眼鏡(レントーゲン) そういうネタは拙者は大好物だから駄目です (´;ω;`)ウッ…
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