そして!この世にあり!ぼんぼんとママ上。
その世界はココとは違う時空間にある。真っ事不条理極まりないソノ世界、科学と少しばかり懐古な技術、そして魔法と心霊現象。
――『ナリカワリ』があった。満たされぬ思いで死んだニンゲンの霊魂【ナラズモノ】が、恵まれた暮らしを送る者に己の全てをかけ、喧嘩をふっかける事ができるシステム。
ナラズモノが勝てば……。
その者に『ナリカワリ』人生を謳歌する事が出来る。その者に対する人々は、生まれ変わった如く豹変したその者を、受け入れる事に違和感を持たない世界。
但し、成人の儀式を迎えた者だけだと決まりがあった、そしてもちろん、相手はそれに応戦をする事が出来る。理不尽に目を付けられ、襲われた時御力が目覚めるのだ。額が開くという。そこに星が宿ると言われている。
そして、最初の試練を乗り越えれば、『血と魂の契約を交わした護衛』、武器、己に満ちるもの、全てを使い闘う事が可能となる。
人々は生まれながらにして体内に『熱』を持っている。御力は、それを自由に操ることが出来る能力。
ナラズモノが負ければ……。
ふっかけた霊魂は、消滅するのであった。おとなしく地獄の閻魔大王の裁きを受け、罪科を清め転生輪廻の輪に入れば、後の世は、恵まれたお人になるやも知れぬというのに……。
そして身体を乗っ取られた恵まれた者はどうなるのか、それは、自身で新たに入る身体を探し、喧嘩に勝ち現世に戻るか、諦め成仏するかはその者次第。
☆☆☆☆☆
あーいいよなぁ、とっかえひっかえ出来て、そう友人から羨ましいがられている、お金持ちの息子がおりました。彼は、仕える家の者からは、『若君』と呼ばれています。しかし町の人々は若君と呼んでおりましだが……。
若君の父親は仕事で忙しく家にほとんどいません、彼は極甘な母親に、真綿でくるんでくるんでくるで、大切に育てられました。
恵まれた立場ですが、あまりナリカワリしたいと思われないタイプかと思いきや、何不自由ない暮らしというだけで、標的にされた哀れな若君、そして彼は成人の年を迎えた時、額に星を宿す羽目になったのでした。
外に出れば常に気を張り、ナラズモノの気配を読み、襲われれば、闘わなくてはなりません。そんな息子の身の上を心配する『ママ上』こと彼の母親は、若君の言うままに、金子を出し、欲しい物は全て買い与え、あれこれ彼の世話をそれはもう、嬉しそうに、そして懸命に焼くのでした。
「若君こそが私の生き甲斐、かわゆく素敵な『僕ちん』の為ならば、ママ上は何でもしますよ!」
この母上にして若君あり。
――「どうだった!あー!なんで上手くいかないのぉ!それにまた連れて帰ってるし、黒髪がだめなのかな?彼女の護衛って、犬だよね、だから狼にしたのに、やっぱ犬がいいのかな、それとも性別?工場に新しいの無いか聞こうかな、それとアレは上手くいってるの?ヘマをしたらママ上に言いつけてやる」
キンキラ御殿と呼ばれているそこの、これまた豪華絢爛な室内で、使者の報告を受ける若君は、ガックリと肩を落とす。
たまたま気まぐれに護衛を引き連れ、お偲びで街に出た時に見かけた一人の乙女、『華乃 百合子』に彼は恋をしているのだ。
ぬば珠色の髪ををふんわりと結い、袂が短な着物をきりりと着こなし、白い大きな犬をお供に連れ、大通りを歩いていたその姿に一目惚れ。
「ふわぁお!わが愛しの乙女が見つかった……よ、嫁御がいた……」
そう言うと屋敷に戻り、どぉぉと寝込んでしまった。
「キャァァ−!我が愛しの『僕ちん』が!い!医者を呼んで!ああ……しっかりするのよ、なに?どうしたの?」
可愛い我が息子が家に帰るなり寝込み、ため息とうわ言ばかり繰り返し、おまけに食事も要らぬという、緊急事態。一番お偉いお医者様を連れて来なさい!と、言ったのは当然の成り行き。
そして高額な謝礼に引き寄せられ、やって来た医者の見立てでは、『病名、恋わずらい』
「息子様が想いを寄せるそのお方を見つけたら、大丈夫でしょう」
そう言うと、楽な商売だったわいと、医者はホクホクと帰った。ママ上は、大切な跡取り息子の病を回復させるため、その恋の相手を探せと命を出すこと半月、ようやく朱引きの外れコック里と呼ばれる片田舎にある、少しばかり傾いた壁に囲まれた小さな家に住む彼女を見つけたのである。
「ありがとう!ママ上!僕ちんはあのべっぴんさん、お嫁さんにほしい!ほしい!欲しいよぉぉー!どうしたらいい?」
知らせを聞くとたちまち元気になった若君、そうねぇとママ上はあれこれ策略を練り、息子にあらゆる手段を、方法を教えていったのであった……。
「うん!わかった!ママ上。何でもやっちゃっていいんだ!僕ちん頑張る!」
そう言って、錦の布団の上で身体を起こし、パクパク、ハグハグ、ママ上が有名屋台から仕入れて来た、おねこさんを頬張る若君。
「頑張るのよ。僕ちん!賢い貴方ならきっと大丈夫よ!」
ママ上はそんな彼を惚れ惚れとみつめる。褒め上げ、正攻法並びに悪行をけしかける。そして床上げが済むと、彼は考えついた事を片っ端からやり始めた。
まずは、正攻法『日々使者を送り贈り物を届け、彼女に振り向いてもらう』作戦が、噂となりパッと広がった。その情報を察知した、粋でイナセなかわら版売り、たちまち注目されて、その格好のネタとなる。
『てえへんだ!成金の若君様が落ちぶれ華族、華乃家のあのべっぴん百合子お嬢を見染めたぁ!そおして!百合子お嬢は、今日もきょうとてナラズモノをドンパチ成敗!額の星は一等星!着物の裾をめくり上げ、夜目にも白きその素肌!さあ!買った買ったぁ』
若君が、彼女の立場も考えず、ママ上のアドバイス通りに、作戦第イチ!『日々使者を送り贈り物を届け、彼女に振り向いてもらう』が、かわら版に書かれて、パッと朱引き内に広がった。
それをきっかけとして、所要の為に内側に踏み入れると、ナラズモノに襲われる事が多くなった百合子。
売られた喧嘩はすべて受けて立ち、勝利を収める彼女。抜け目のないかわら版売りが、それを面白可笑しく書き売りに出す。それに群がる人々。
彼女の強さと美しさが評判となり、ジリジリと胸を焦がす野郎共に加え、百合子の名も関係していたのか、彼女に恋い焦がれる、やんごとなき乙女の方々の数が、日に日に増えていく。
もともと美しい事で、ナラズモノからも人気者だった彼女は、この事で更にそれらを引き寄せてしまう、誠に面倒な展開に巻き込まれていた。
『嫁御になりたい、お屋敷ニ住む、ヨメゴ………』
続くー。




