して!『ヨヨヨの丈太郎』誕生す!
「お前は勘当とする、出ていきなさい」
そう父親は百合子に言った。突然のことに、目を白黒させる娘。
――、勘当……それは『華乃』家の戸籍から、彼女の名前が抹消される事。存在も。名字無しの百合子になる。
「ち!父上様!わ、私、父上を置いて出ていくことなんて出来ません、ご本家の縁を結べば、父上もこの家も……親子の縁を切られるなんて……、そんなに私は親不孝な娘でしたの?」
取り乱し、心に押し込めていた想いが弾け、目に涙を浮かべた、難しい顔をしている父親にそう言うと、お許しくださいませと三つ指をつき頭を下げる。
「……、娘を売ってまで成り上がろうとは思わんよ、もう先様には正式な手紙を出した、当家には『百合子』という娘は居らぬと、だから何処へなりとも好きにしなさい」
その言葉に顔を上げた百合子。涙に濡れた娘の顔を優しく見る父親、そしてそう言い置くと彼は立ち上がり、黙ったまま部屋を出ていく。
「父上!ち、ちうえ……好きにしなさいって仰らても、百合子はどうすればいいのですか………」
滂沱に涙を流しながら彼女は嘆き悲しむ。入れ代わり入ってきた父親の護衛の二之吉、狸耳をピコピコとさせて、これ、百合子様、しっかりなさいと声をかけた。
「良いですか、百合子様、姫様育ちであらされますから、仕方ないとは思いますが……、ここはおとなしく勘当されてください」
「に、二之じぃまでそのような事を?やっぱりかわら版にお尻を捲くり上げた事を書かれた、破廉恥でお転婆な娘はいらないと?弥助に抱きつく娘はふしだらだと?」
「はぁぁ……、そんな事は主様は気になさってません、お尻をといえば、今は亡き奥様もその昔、お着物の片袖を脱ぎ、お裾を絡げて、奥様の得物、薙刀で『呪唄』をろうじながら、バッサバッサヤッてた時には、上半身裸のかわら版が出ました故、下には単衣と襦袢を着込んでるのですけどねぇ、おかしいですなぁ……」
「は、裸!何という事を……、でも待って、どうしてそんな事が、あ!ゲンナイさまね!きっとそれも」
「はい、その頃、駆け出しだったゲンナイ様が、カラクリを施した遠眼鏡なる物で見たらしく、そのネタを売ったのですな、奴は生粋の女好きなのですなぁ、これもそもそも風呂屋を覗くべく創ったとか」
風呂屋を覗くとは。あまりの事に、クラクラとして涙が引っ込むおぼこな百合子。少しばかり落ち着いてきたので、ぽつぽつと二之吉に問いかける。
「では何故?若君を人前で平手打ちを食らわしたから?それともあちらがお二人共に『ナリカワリ』になったから?何か先方に言われたのかしら、でもあちらの旦那様からは、何故かお礼状が届きましたけど」
「うーん、あちらさんは関係ないかと、そうですなぁ、まっ詳しくは知りませんがね、あちらの旦那様も何か思ってらしたのでしょうな、若君は護衛の扱いも酷うございましたからね、綺麗じゃないとダメだと。そうそう、確かあそこの旦那様の護衛は『熊』、ごっついおっさんですよ、一度拝見しましたが……、人造生物の中にも、弥助みたいなのや、わたしみたいに不細工もおりますからね」
「……、不細工、そんな事はないわ、二之じぃは素敵よ。そうね、血と魂の契約もなさらず、使い捨てにするのが多くなったと聞いている、護衛は主を護る、そして主は自らを律し修練を重ね強くなる。護衛に付加をかけないように、自身を守れる様に、そう教えられたけれど」
「まぁ、恵まれたお人には出来たお方も、そうでないお方もいろんなお大尽がいらっしゃいますが、金にあかせてとっかえひっかえするのは、どうかとは思いますがね」
これでも喜怒哀楽もありますし、紛い物でも生物の末端ですからねぇ、と寂しく笑う二之吉。だから、主様とはあの世の果まで、ついていきたいのです。独り遺されたら……ブルッと身を震わすぽっちゃりした狸耳の彼。ある噂を思い出したのだ。
――、主の後を追う者。無謀な使われ方をしあえなく消える者、用無しと棄てられた者、仕える主の良し悪しで生きる道が決まる人工生命体。
飽きたからと、用無しになり、身体が動くのなら……工場に強制収納か、あるいは軍隊に強制徴収か進む道。そして……
それを嫌がった人造生物達の中で、知能と魔力が高い者たちが逃げ出し、密かに組織を結成し何やら企んでいる。
黒ずくめの着物、顔を隠した編笠被り、その出で立ちのかわら版売りから、手に入れたイチ枚の紙切れ、二つ折りを広げて読めば、そう書かれていた。
それは二つ折りにして売られている。買い手が開き読んだ端から、サラサラと崩れて塵になる『呪』が、かけられている代物。
これに書かれている事は、眉唾ものは無いと言われている。国に対する批判、或いは陰謀ネタが真実味を帯び、密やかに書かれている。たまたま手に入れたそれを、彼の主と共に読んだ事を思い出し、ピコピコと耳を動かす二之吉。
……、何か、大きな事がまた起こるかもしれない、主様が話していた。海の向こうではもっと強く大きな世界が広がっているって、ここよりもずっと先に進んでいると。
二之吉は棄てられた子猫の様に、しょんぼりと打ちひしがれている百合子に目をやる。そしてフム、一言頷くと……、
「……、なので百合子様は、もっとお外を見ないといけません、とっとと弥助を連れて……、丈太郎のとこにでも転がりこんでくださいな、おたねが当座の荷物は包んでおりますから、大きな物は後でわたしが届けます」
そう言うと、ささ、これは主様が用意しておられた『婚礼の為の持参金』でございます。といきなり態度を豹変させた二之吉、彼女に古袱紗でくるんだ銭を手渡した。
「は?いきなりなに?『なので』て、なんのお話?じ、持参金?私は、尼寺ではなく?こ、婚礼!」
「はい、先様に嫁ぐ折りの、持参金でございまする。およね!およねちゃん!用意はできたかね?百合子様が、出ていかれるよ、弥助、弥助!」
ぽかんとしている百合子をそのままに、二之吉は、よねこと弥助に声をかけた。はーい!と元気な声が帰ってくる。ぱたぱたとした足音のあと、彼女が大きめの風呂敷包みを背負い部屋に入ってきた。続いて弥助が姿を現す。
オン!と声を上げる、ブルリと身体を震わせた。白の毛がふわりと舞う。目と目が会う二之吉と弥助、にまりとした光がお互いの瞳に宿った。
……、未練がましくため息をつきつつ、幾度も振り返りながら、何時もの様に、手に巾着を下げ弥助を連れ、住み慣れた家を離れた百合子。さあ!お嬢様!参りましょう!とよねこは張り切ってお供をする。
朱引きの外から内側の丈太郎の家までは、歩いて行ける距離。道中評判の百合子が、意味有りげな荷物を背負わせたお供を連れて、心ココにあらずの風体で、とぼとぼ歩くのに気がついた皆が振り返る。目ざとくゲンナイが彼女たちを見つけると、よねこにするりと近づいて来た。
いつもなら直ぐに気が付き、かわす百合子だが、人生の荒波に突如として放り出されていた今、その余裕は無かった。彼はよねこの側でさり気なく話を始める。
「じょうちゃん、飴でもどうかな」
「ありがと、あ、何時ものじいさま……、でなあに?」
「じょうちゃん、どこ行くの?」
「鍛冶屋の丈太郎さんのお家に、百合子様のお供で行くの、百合子様、勘当されたの」
「………、おやまぁ、気の毒だねぇ、別れのご挨拶かね?お寺にでも入るのかい?」
「ううん?違う、丈太郎さんは、なあんにも知んないけど、お嫁に行くのだって、かあさんがそう話してた。それと、持参金っていうの旦那様が、ちゃんと用意してたの、飴おいひー」
「ほおぉ!なあんにも、知んない!持参金とな!ほ!それはそれは、じゃあまたね、旦那さんによろしく言っといて、また遊びに行くからって」
にまりゲンナイは笑うと、キョロキョロとあたりを見渡す、馴染みのかわら版売りを見つけると手を上げ声をかけた、今度はそちらに近づいていく。そして何やらヒソヒソ話のあと……
「おおおおおー!ゲンナイ様、いいネタありがとうございます!お礼はいつもの通りっつー事で!こうしちゃいられねー!版元に知らせなきゃ!いっそがしくなるぞぉぉ!ヒャッホゥ!」
大通りは非常時以外、駆け抜ける事は禁じられている、なのでかわら版売りは、小躍りしながら、近くの路地へと入り姿を消した。
☆☆☆☆☆
「お嬢さま、お供はここ迄です、お荷物はお嬢さまがお店に入ってからおとどけします」
「え!よねこは、この先、いっ緒ではないの?わ、私一人?」
「そおです!一人で押しかけてくださいな!お土産の持参金あるし、大丈夫です!」
「お、押しかけるなんて、こんなところで言わないで!そんな……よねこ、先に行って……」
丈太郎の家でもある店先、少しばかり離れた場所でしおしおと歩いていた百合子と後をついていたよねこが立ち止まる、タッと脇を駆け抜け先に弥助が、開け放してある店の中に入った。オン!と声を上げている。何事かと足を止める下町に住む人々。
「んお!噂の百合子嬢様じゃねぇか!くうぅ!立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花!おい!清太郎……どうだ?なんか困ってるぞ」
「……、ダメダメ、あれは丈太郎の想い人さ、風邪を引き込んで、寝込んているって聞いたし、かわら版見て落ち込んでるだろうから、陣中見舞いに来たけど……、押しかける?あの子そう言ったな……、く、ククク、なぁんだ!つまんねーの、好物のおねこさん、持ってきたけど……、花街にでも行こうぜ!土産にゃ最適!」
清太郎は手にした重箱の風呂敷包を少し掲げて、連れの男にそう話す。おお!そっちのが楽しいわな!と野郎二人はくるりと踵を返して、その場を離れた。
……風邪が癒えた丈太郎は、しょんぼりと縁台に座っていた。手には、二枚のかわら版、それには大通りの一件の顛末、若君が真っ当になった事と、百合子の新たなる縁談話が書かれている。
「……、ふ、ぐ……、華乃家本家の坊ちゃんとの婚礼話とか……断ったとか書いてあっけど……、ふぐ……、所詮は高値の花、百合子だけになんちゃって…、はぁぁ、ふぐぉおっ!」
はは、と情けなくわらい、熱いため息をついたその時、スパコーン!と父親から頭を叩かれる。
「てやんでい!おめえ好きだって言ったのかい、ええ!このぼんくら息子がぁ!」
「……、ふぐ!そういや……、言ってねぇ、でも、でもぉぉぉ、う、うわぁぁん……百合子ぉぉぉ……おれは、俺はぁ!寺に行こか……ん!弥助がいる。お別れに来たのか」
「けっ!一生そうやって泣いてろ!寺たぁ?そんな軟弱者は、オカマほられて坊主の女〜てか!お!弥助どうした?あの馬鹿食いついてやれ!てやんでい」
店先におすわりしている弥助に彼も気がついた。丈太郎はフラフラと近づく、父親は、ひとっ風呂浴びてくらぁと外に出る、するとそこでは何やら揉めてる二人がいる。
「だからぁ、旦那さまにお店のちょっと前までって、言いつけられてるのです、ほらお嬢さま行ってくださいな」
「そんな!私一人でなんて入れない、恥ずかしいもの」
「どうして?ちゃんとお土産の持参金も、懐にお入れになってるし、大丈夫ですぅ!ほらほらぁ早く中に入ってください」
「だから。は、恥ずかしいのよ、それにいらないって言われたら……ああ!よねこ、おさないで!」
なんと!百合子とおよねが、店に入る入らないで揉めている。およねは大きな風呂敷包みを背負っている。『土産、持参金』……、それを見聞きした父親は、ピン!とくる。
「うほ!てやんでい!鴨がネギ背負ってよぉ!てやんでい!かー!羨ましいねぇ!こりゃぁ湯屋に行ってる場合じゃねえな!酒屋でい!仕出し屋でい!魚屋でい!くぅー!忙しくなった!てやんでい!」
そのままてやんでい!みんな聞いとくれー!馬鹿息子によぉぉ!と大声で叫びながら、路地を駆けていった。
……、もう!としびれを切らしたよねこが、百合子の背に回りグイグイ押していき……ドン!キャッと、声を上げつんのめるように、店の中に転がり込む百合子。その気配を察した弥助はスッと横に逃げた。
「はう!おおお!ゆ、百合子ぉぉ、ー!うおおお!あ!危ねえ!」
丈太郎の目の前に、思い焦がれる、彼女が倒れ込んで来た。慌てて抱き止める!ふわりと愛しの彼女の身体が、手の内に入り込んだ。
ぐぉぉぉー!コレは夢だ、夢……し、幸せ……、思わずしっかりと腕に力を込めて抱きしめた丈太郎。突然の事で、頬が一度に朱色に染まる百合子。懐に入っていた古袱紗の包が落ちる、チャリンチャリンと音を立ててそれから出る黄金色。
「え!何この大金……」
それに目をやる丈太郎、百合子は更に顔を赤くし、彼の腕の中で身を硬くしている、とてもながら何も言える状況ではない。その時、こういう場合にはこう言いなさいと教え込まれた、よねこの無邪気な声が表から響く。
「あい!そのお金は『持参金』でございます」
「じ!持参金?持参金、じさんきぃぃん!くぉぉぉ!それってそれって!よ、ヨヨよよよ、ゆ、百合子、よよヨヨヨ……うおぁー!ヨヨヨヨ!」
逃がすまいとさらに抱きしめる丈太郎、その腕の中で恥ずかしさのあまり、このままとけて消えてなくなりたい百合子。彼女の新たなる旅立ちの日であった。外からは無邪気なよねこの声。
「あい!百合子お嬢様をすえながーく!よろしくお願いもうしあげますぅ!では、さよおなら、あ……荷物」
言いつけを滞りなく終えたよねこが、ほっとした時に気がついた、背負っているき風呂敷包みをどうするかを……少しばかり慌てたその時、ガヤガヤと集まっている野次馬を掻き分け、再びあのじいさま登場。
「やれやれ、追いついた!じょうちゃんや、御苦労さん、飴食べるかい?」
「あ!ゲンナイじいさま!うんいる、荷物どうしよう……なんか入りにくいの」
「はは、そうだな、どれじいさんが預かってやろう、一人で帰れるかい?」
「大丈夫!ちゃんと帰れるから、飴おいひー、ではでは失礼いたします」
ペコリとお辞儀をすると、よねこは飴を舐めながら、元気に歩いて帰っていった。受け取った荷物をゲンナイは地面に置くと、懐から『家内安全、怨霊退散』と書かれた『呪符』を取り出すと、家の戸口にペタリと貼る。
白い紙に黒ぐろと不可思議な模様と共に書かれたソレを、満足そうに眺めるゲンナイ。
「ふふーん、発明家であり、呪術師ゲンナイからの婚礼の祝いじゃ!どれ、荷物を届けるとするかの」
チュピチュピ、ちちち……彼の肩に雀が一羽、ふわりと空から舞い降りた。
☆☆☆☆☆
『てえへんだ!あの!この世の華と言われる、八百八町いっちのべっぴん!百合子嬢さんが!事もあろうか、今度はご本家の坊っちゃんからの婚礼話を袖にして、あの!幼馴染の職人!『ヨヨヨの丈太郎』という男に、押しかけ女房したんだと!くぁー!羨ましいねぇ!この男は、俺たちの夢と希望を摘み取りやがった!こんちくしょう!ナラズモノに喰われて消えろ!恋仲野郎!ほら!買ったかったぁ!』
終わりー。
お付き合い頂きありがとうございました。




