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そして!百合子は、一難去って、また縁談

『……、それで百合子お嬢様!地上に戻って来たその時!御力(みちから)開放しちまって、身体はふるふる凍えきっていたってんだぁ!それは丈太郎とて同じ事!二人はヒシッと抱き合い温まると思いきや!なぁんと!百合子のお嬢様の、お呼びがかかったのは!もふもふ毛皮の弥助という名のお犬様!』


 橋のたもとで賑やかな、かわら版売りの口上が流れている八百八町、ゲンナイはそれを目を細めて眺めていた。


「あの……、ありがとうございました」


 そんな彼に頭を下げる親子連れ、すっかり『真っ当に』なった若君(ぼんぼん)母親(ママ上)。ナリカワった今は、普通に坊ちゃん、奥さんと呼ばれている二人。


「ほうほう、上手くいって良かったな」


「おじさん、ありがとうございました。お母様から聞きました。僕は……悪い事をしたけど、だから一生懸命に勉強をして、みんなを助けて、上手く言えないけど頑張ります!」


 そう言うと坊ちゃんがペコリとお辞儀をした。その頭に手を置くゲンナイ。


「まっ!頑張れや、坊ちゃん」


 ニヤリと笑いクシャクシャと頭を撫でた。


 ☆☆☆☆☆



 ――やれ、困ったことになったな。百合子の父親が険しい顔をしている。来客用の座敷で客人を迎えている彼。対しているのは華乃家の本家に仕えている者。


「何かのお間違いでは?」


「いえいえ、当家ではしっかりと調べました故に、惣領の聡一郎様が、この度洋行からお帰りになられまして、久しぶりに町を散策した折に、そのたおやかなお姿をご覧になられ、どうやら一目惚れなのでございます」


 一目惚れ……その単語に頭を抱えたくなる父親。やんわりと断るべく話を続ける。百合子はこの場には居ない、先日の騒ぎのあと、少しばかり風邪を引き込んでいるため、部屋にて養生をさせている。


「何かの間違いでは?とてもながら、たおやかなお姿とは……」


「いえいえ、こちらのお嬢様だとお伺いしております、それに当家とご縁組みが整えば、何かと良き事も、末端とはいえ華族の御令嬢として、結婚とは何かとは、分かっておられるでしょう?」


 そう言うと客人は、一通の書状を取り出すと差し出した。受け取る父親。読む様に促され、封を解くと読んでいく。そこには


『もし、そちらの御令嬢がそうであるのなら、聡一郎との縁組が叶ったあかつきには、貴殿には何某かの席を用意する。語学が堪能と知りおいている。外交等には興味はなかろうか……。』


 と、当主からの達筆な書面。それを眺めることしばし。


 さて……何分ご本家からのお話とあれば、無下にする事はできない。自分一人ならば、ニノ吉と共に、寺にでも行けば住むが、たねこ親子はここを出れば行く場所は無い。


 なんとも……、自由な時代が来たというが、不便極まりない……。彼はその文面に目をやったまま思案に暮れる、そしてある一つの結論を導きだした。


「……、当家にはそのような娘はおりませぬ」


 そう言うと、書状を包み直すと客人に、なのでこれはお持ち帰り下さいと、差し出した……。



 ☆☆☆☆


 入るよ、盆を手にした父親が百合子の部屋の前で声を掛ける。床上げをしているとたねこから聞いている、はい、と声がこたえた。


「久しぶりにね、糖蜜を湯に溶かした、一緒に飲もう」


 盆の上には、湯呑みが二つのせられている。百合子は懐かしそうにそれを見た。


「母上が、私が風邪を引くと、よく作ってくれました、寝込んでいたら匙で飲ませてくれて……」


 そうだったね、と話す。熱い間に飲みなさい、と娘にすすめる父親。しばらくの間とろりと甘い湯を飲みながら、他愛のない昔話で盛り上がった。


「父上、昼間お客様がいらしてたけれど、また何か?若君(ぼんぼん)のお宅からは、何故か御礼の文が届いて……お返事は不要とのことでしたけど……」


「いや……、関係無い。華乃のご本家から来たお客人だ」


 親一人、娘一人の家、父親は隠すことなく話す。


「惣領息子がお前に一目惚れをしたそうだ、婚礼がまとまれば……何やら何処かに私の『席』が用意されてるらしい……。なんともまあ、なぁ……」


 飲み終えた湯呑みをことりと、盆の上に置きつつ話す。


 まぁ……、ご本家から、百合子は目を見開く、ひと息、二つ大きく何かを飲み込む。うつむき手にしている湯呑みをじっと見る。父親も何も言わず、黙っている。


 何某かの席。その言葉が百合子の頭の中を、ぐるぐると回る。外国の言葉に堪能な父、ここに訪れる数少ない父の友人達は、こぞってその才を惜しんでいる……。


 ――、時代は開けたといえど、やはり華族、そして落ち潰れているとはいえ、この家もそう、そして私は……、直ぐに答えを出そうと思う。考えれば考えるほど、辛くなるのがわっていたから……。


 思い焦がれるのは少ない方がいい。小花が描かれている瀬戸物の湯呑みを包む手に力が入る。唇をきゅっと噛むと、顔を上げた。意を決して心の中で、


 ――、さよなら、丈太郎。大好き。


 そう呟き、気持ちを奥深く落として蓋をする。涙など浮かべない、私は落ちぶれたとはいえ、華族の娘。この家の行く末を……取り立てて貰えれば、本家のご縁で跡取りに来てくださるお方がきっといる。父上も安泰そう強く強く己の心に刻みつける。


 ――、だから……、大丈夫、私は……華族の娘、華乃百合子なのだから。


 百合子は湯呑みを盆の上に置く。仲良く並ぶ二つのそれ、しばらく眺めてから居ずまいを正し、父親の目を見る。三つ指を付き、口上を述べようとした時。


 腕を組み、きちんと姿勢を正し座る父親の、一言。


「お前は勘当だ、まだ日は高い……歩けば夕にはつくだろう、家を出ていきなさい」


 最終回に続くー。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今度こそ題名回収。 お父さんが男を見せる中、百合子の決断は? そして、丈太郎は? おやすみなさい。
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