第五話・去る鳥跡を濁す
翌朝いつものように二人と登校し、ラディアスと合流するといつも通りダリル殿下が現れた。
いつもと違う事と言えば、眩しいほどの笑顔も淑女に対する挨拶としては減点ものの朝の激突も無かった事だろうか。
「おはようございます。ダリアさん今朝はどうかなさったの?」
毎日激突されると辛いが、急に止められた上こんな暗い顔をされれば流石に心配にもなる。
様子を見ようと一歩前に出た途端、私の腕を強く引き俯いたままダリル殿下は走り出した。
「えっ!ちょ……!?」
驚き困惑する私は、半ば引きづられるようにしてその場を後にした。
遥か後ろの方で殿下達が何か言っているが、ダリル殿下の足が速すぎてどんどん距離は離れていく。
転ばず付いて行ってる自分て凄いと自画自賛してしまった。
暫く走って裏庭の奥にある人目に付き難いベンチに着くと、やっとダリル殿下は足を止めてくれた。
息切れが半端無い、もう走れないと思っていたから止まってくれて本当に良かった。
周りを見渡すがもう直ぐ授業の始まる時間だからだろうか、裏庭に人の気配は全く無かった。
「い……いったい、どうなさったのですか……」
息も絶え絶えな私に気付いて、ハンカチを取り出したダリル殿下がそれをベンチに敷くと、座るよう促される。
疲れきった私にはありがたい申し出だったので、素直に座らせてもらった。
隣にダリル殿下も座ったけれど、俯いたままなかなか話し出そうとしない。
こういう時は忍耐が大事だと、辛抱強く相手の言葉を待ってみた。
するとやっとダリル殿下は、小さいけれどはっきりした声で話し始めた。
「昨日、父上から書状が届いたんだ……緊急の用事があるから、帰国するようにって……」
私は目を丸くして驚いてしまった。
記憶が間違っていなければ、ダリル殿下は殿下を王に奉り上げたい一派の思惑を退ける為、自国の跡継ぎ問題が解決するまで身を隠す目的でこの国に来ていたはずだ。
帰国するように言われたと言う事は、跡継ぎ問題が解決したのだろうか?
それにしては早過ぎるような気がする……
「詳細は一切書かれていなかったから、国に帰らないと分からないのだけど……」
ただでさえ暗い表情から血の気が失せ、青白いものに変わっていく。
いつもは明るく朗らかなダリル殿下だけど、やはり理由も分からない急な呼び出しに不安を感じているのだろう。
「大丈夫ですわ!ダリル殿下、きっと国内の事に目処がたったのですよ!」
私はダリル殿下の両手を取ると、真っ直ぐに見詰め元気付けようと微笑んだ。
私の言葉にやっと視線を上げたダリル殿下は、弱弱しい笑みで答えてくる。
「ねえ……リディ……」
「はい!」
ダリル殿下のこんな弱った様子は未だかつて見た事が無い。
言い辛そうに、不安そうに声を出す様子も痛々しい。
私が話を聞く事で少しでも気分を上昇させる事が出来るならと、真剣な表情で聞きの体制に入った。
「きっと……きっと帰ってくるから……僕が居ない間に誰かのものになったりしないでね……」
真剣な表情で声を震わせて語る姿は庇護欲をそそる。
私は呆れて溜め息を吐いてしまった。
何を心配しているのかこの王子様は、今の今まで恋の欠片も分からなかった私に、昨日の今日で良い人など出来るわけが無いじゃない。
それに今はそんな事より魔道具研究だ!先日エルクレオ様にご教授頂いたお陰で、すっかり魔道具にはまってしまったのだ。
「安心してください、そんな可能性無いも同然ですから……」
ダリル殿下は本日も通常運転だ。
安心した私は掴んでいた両手を離したのだが、今度は逆にダリル殿下がその手を取ってきた。
「本当に!?絶対だよ!?リディは人気があるから心配なんだ!!」
急に間を詰められて困惑する、顔が近い!!
元々男女の適切な距離が分かってるのか怪しいダリル殿下だが、これは流石に不味い。
鼻先がくっ付きそうな距離に顔があって、全く身動きが出来ない。
ちょっと間違って動いたら、鼻どころか唇までくっ付いてしまいそうだ。
「本当に心配要りません!!」
自分が真っ赤になっているのが分かる、頬が熱くて仕方ない。
大体人気ってなんだ、私はそんなに人気者だった記憶は無い。
むしろ出来ればもっと同性からの人気が欲しい。
「良かった……それなら安心して帰国できるよ。本当に約束だからね!破ったら僕の国に攫って行っちゃうからね!」
いつも通りの笑顔を浮かべるダリル殿下が、いつも以上に問題発言を発した所で始業の鐘が鳴るのが聞こえた。
「あっ、鐘鳴っちゃった、急いで教室行かなきゃ」
私から視線を逸らしたダリル殿下に少しだけ安堵する。
しかし、気を抜いたのがいけなかった……
チュッ!
小さなリップ音が聞こえて、頬から柔らかな感触が離れていく。
「なっ!!ダリル殿下!?」
「約束忘れないでね、じゃあ行こう!!」
満面の笑みで立ち上がったダリル殿下に手を引かれて、またもや裏庭を走り出す。
何が起こったか考えるより先に凄い速度で走らされ、私達は教室に向かった。
教室に着いても私の顔から熱が引く事は無く、心配そうにこちらを見えているクラスメイトに誤魔化すような笑みを向ける事しか出来なかった。
今日は本当に朝から嵐のような一日だった……




