第三十七話・笑えない結末
最終会議の為団長室に集合した私達は、目の前の小瓶を不安げな顔で眺めていた。
「この間の薬はいかにもな色をしていましたから分かりますけど、これは……ただの水にしか見えませんわね」
ティファの言い分はもっともで、瓶こそ凄い薬な感じがあるもののただの水にしか見えなかった。
「元にしてるのが水と言えば水だから、どうしてもこうなるんだ」
団長さんが瓶の向こうで苦笑いを浮かべていた。
クロウドも首を縦に振って同意している
右側のソファーを見ればエルクレオ様が今回使った素材の一覧を見ながら渋い顔をしていたので、きっとこの水みたいなものは金額にしたら途方も無いものなのだろう。
「それで、これは飲ませれば良いのですか?」
薬と言うからには飲ませるのが一般的でしょう?
そう思って聞いてみたいのだけれど、返事は肯定とも否定とも取れるものだった。
「簡単に言ってしまえばそうなんだけど、他にやる事が一つだけあってね」
「精神的に衝撃というか、ショックを与える必要があるんだよ。それも結構強めにね」
思案顔の団長さんと違って、ユーリはとても楽しそうに笑っていた。
ユーリがあんなに楽しそうだと、逆に少し不安になるのは何でだろう……
「近くに爆薬でも仕掛ければすぐだと思うよ」
「冗談でも笑えないわよユーリ……」
次の言葉で予感は的中した。
王太子の傍に爆薬なんか仕掛けたら、理由はどうあれ即刻牢屋行きだわ!!
ユーリならやりかねないと不安が顔に出た皆を見渡して、場の空気を変えようと団長さんが予定説明をしてくれた。
簡単に言うと、近いうちにリリーナ嬢も含めた五人を呼び出しお茶会を開く。
会場には他の男性が行ってミイラ取りがミイラになっても困るので、相手の薬が効かないティファ・カイル・私の三人が参加する。
当日の紅茶に薬を混ぜるので、できるだけ飲み物を飲ませる方向に誘導する事。
ちなみに少しでも喉が渇くようにあえてお茶会の場所は温室になった。
そのさい私とティファは警戒されているだろうから、全員が紅茶を飲んだか確認はカイルが行う。
全員が飲んだ事が確認できたら何らかのショックを四人に与えるというもの。
「やる事がそれだけならそれほど難しい事では無いですね……けど、ショックですか……」
悩む私にユーリの小さな『だから爆薬』と言う声が聞こえた気がするけれど、気のせい間違いなく気のせい。
そうして眉間に皺を寄せ考えていたら、今まで静かだったティファが笑いながら。
「そんなの簡単でしてよ!あの四人にショックを与えれば良いんでしょう?それも特大の?爆薬なんて使わなくたってすぐできますわ」
「ティファ……でも、どうやって?」
「それは秘密ですわ、でも確実に実行して見せますから安心して任せてくださいな」
あんまり自信満々に言うので、詳細は聞けなかったけれど私達はティファに任せる事にした。
どんな方法でも爆薬よりは良いと思う……
そうして今に至る訳だけれど、まさか私がティファの国に嫁ぐと言う話になるとは思わなかった。
私としてはそれで正気に戻るとはとても思えないのだが、現実正気に戻っているようなので何とも複雑な気分だ。
現実逃避をしていたら、立ち上がったリリーナ嬢はラディアスの目の前まで来ていた。
ぼうっとしている場合では無い、まだやる事があるんだった!
私の傍まで来たリリーナ嬢を見るなり、私達の後ろに居たカイルが前に出て、リリーナ嬢の手を掴んだ。
その途端私は急いで前に出ると、喚き散らすリリーナ嬢のドレスを確認する。
すると、案の定クロウドが持っていたのと同じ色の液体が入った小瓶を隠し持っていた。
これはエルクレオ様の案で、本当はリリーナ嬢無しで四人を呼び出したほうが楽なのだが、証拠が無くては言い逃れられる可能性があると、一度目の接触で失敗し未練があるらしいカイルを囮に、薬を押収しようという目論だった。
正直持って来るかどうかは賭けに近い物で、持って居なければ男爵家を捜索するより他無かったのだが、結果は大成功本当に未練があったんだね。
これだけの人間に薬を使っていた以上これ一瓶と言う事は無いと思うが、取り合えず本人が持っていた事実が重要だ。
その薬をアル様に差し出すと、苦い顔をして受け取ってくれた。
「リリーナ嬢、王太子である私に薬を盛る事が何を意味するか分かるな」
魅了の魔法そのものも基本禁じられているが、それ以上に王太子であるアルフレッド殿下に精神を操作する薬などを使ったとなれば、不敬罪所か国家反逆罪だ。
どんなに甘くなったとしても投獄は避けられないし、本人の貴族籍剥奪は勿論の事男爵家も爵位返上は免れないだろう。
その上今回は、アル様一人ではなく結構な人数の貴族男性がそれで被害を受けている。
爵位剥奪くらいで済めば良いけれど、全ては陛下の御心次第だ。
厳しい顔つきのアル様に言われ、リリーナ嬢は顔を真っ青にしながらも『どうして、なんで』とまだブツブツ呟いていたが、アル様の命でやって来た近衛騎士が、そのままリリーナ嬢を捕縛して行った。
両脇を抱えられながらも何事か喚き暴れるリリーナ嬢を皆で見詰めながら溜め息が零れた。
これだけの事をしたのだ仕方ない。
そうは思うのだけれど、やっと一難去ったのだと安心する気持ちと裏腹に、この後のリリーナ嬢を思うとどうしても心が重くなるのは、私が甘いからなのだろうか。
遠くの声が聞こえなくなるまで、私は俯く顔をあげる事は出来そうに無かった。




