第三十五話・予想内の予想外
私がエルクレオ様と共に薬の成分解析を行っていた三人から呼び出しを受けたのは、それから五日後の事だった。
部屋に入るなり皆の顔色は悪く、あのユーリすらもどこと無く不機嫌な表情を隠していない事から、良い報告ではない事は分かる。
「何かあったのですか?」
恐る恐る尋ねると、クロウドは申し訳なさげに目線を下げ、ユーリは忌々しげに髪をかき上げた。
そんな二人の真ん中で頬杖を付いていた団長さんは、溜め息を吐きながら机に伏した。
「正直やられたって感じだよ、チェックメイトだこれ以上は僕らでもどうにもならない」
悔しさを滲ませた諦めの言葉に、絶望を感じその場に座りこんでしまった。
この三人でもどうにも出来なかったなんて……
くず折れる私をエルクレオ様は手を伸ばし支えてくださって、そのまま応接用のソファーへ座らせてくれた。
そのまま諦め顔の三人を睨みつけるように見ていた。
「状況を伺っても?」
何も喋れない私に代わって、厳しい声でエルクレオ様が尋ねる。
クロウドは一つ頷くと三人の解析結果を教えてくれた。
「解析してみた所あの液体は高級薬剤を通り越して、幻と言われる薬剤ばかりで作られた物と分かりました。ありがたい事に今魔術師団にある材料の中にそれを打ち消せる材料を発見する事が出来たので、解呪薬はほぼ9割完成していたんです。ですが……」
クロウドは暗い表情で黙り込む、それを受け継ぐように団長さんが話を続けた。
「最後の一つあの闇魔力が問題なんだ。あまりにも強すぎて簡単な物じゃ無力化できない。手が無い訳じゃないんだけど、今知る限りその方法は一つしか無い」
ちらりと視線を投げた窓の先には、王城が聳えている。
「アルフレッド殿下の持つ石があれば、何とかなるんだけど……」
「最後の切り札を相手が握ってるって訳」
付け足すように呟いたユーリが珍しく溜め息を吐いている。
アル様の持ち物じゃ勝手に持ち出す訳にはいかない、無理に持ち出せば重罪にもなりかねないし。
素直に借りたいと言った所で今のアル様が貸してくれるかどうか……
「それはどういったものなのです?我々で手に入れる事は不可能なのですか?」
涙目になる私の背を優しく支えながら、真剣な表情のエルクレオ様が尋ねる。
私もそれは知りたかった、なんでも頑張るから教えて欲しい。
ここまで来たのにどうにもならないなんて思いたくない。
私は、下唇を噛んで涙を堪えた。
「清浄の秘石といって、数百年前時の大賢者が我が国建国の際王に献上したとされる石で、その石を浸した水には、あらゆる力を消す浄化の魔力が宿るとされているんだ」
石?そんなものアル様のお部屋で見た事あっただろうか?
そんな物があれば目に付くと思うのだけれど。
体調不良のお見舞いに行った時の事を必死に思い出してみるけれど、全く記憶に無い。
「宝物庫とかに入ってたりしませんか?陛下にお願いしたらお借りできるとか……」
直接アル様に頼むのではなければ何とかなるのではないかと尋ねてみたが、団長さんは首を横に振る。
「宝物庫にはありませんよ、その水は魔力に寄る毒の解毒も出来るものなので、王太子になった際直接陛下より授与され、護身の為に今も身に付けてらっしゃるはずです」
身に付ける?そこで私は自分の間違いに気がついた。
それってただの鉱石じゃないの?
困惑の表情を浮かべる私に気がついたのだろう、団長さんは苦笑いをしながら教えてくれた。
「宝飾品で水色の石がついた指輪ですよ、代々王太子に受け継がれるんです」
水色の石がついた指輪?
トクンと心臓が大きく鳴ったのが自分でも分かった。
私はそっと自分の胸元に手を当てた。
アル様の声が頭の中で繰り返される。
『最近何かが可笑しい気がするんだ……』
『これは保険みたいなものかな?リディに持っててもらえれば、それだけで安心できる』
そう言って微笑んだアル様の顔。
あれはもしかして、この時の為だったのではないだろうか。
私はそっと自分の首にかけられたペンダントを外し、それをテーブルの上に置いた。
カチンと無機質な音がして、皆の視線がそこに集中する。
団長さんとユーリは目を見開いて固まっていた。
「何でこれがここに!?」
ああ、やっぱりそうだったんだ。
「アル様が預かって欲しいと……保険のようなものだからと……」
私は呆然とその指輪を眺めていた、団長さんとユーリが脱力して頭を抱えているのが視界の端に映るけどそれ所ではなくて。
クロウドとエルクレオ様はどうやらその石を知らないらしく、何が起きたか分からないといった様子だった。
「出来の良い王太子と褒めるべきか、何と言うか……」
「普段だったら、こんな大事なもの人に預けちゃ駄目と怒る所なんだけどね、今回ばかりは良くやってくれたとしか言えないよ」
呆れたような笑みを浮かべつつも、二人ともどこか楽しそうに王城を見上げている。
「これがあれば……解呪薬は出来ますか?」
私が恐る恐る訪ねると、二人は不敵な笑みを浮かべながらこちらに向き直った。
「当然」
「すぐに用意できるから、お嬢さんとエルは王女様とカイルを呼んで来てもらえるかい、最後の作戦会議をしよう」
いつもの自信に溢れた表情に安堵した。
これで皆を助けられる、嬉しくて満面の笑みで頷いた。
「はい!!」
私は大きな声で返事をすると、急いでソファーから立ち上がった。
現金なもので大丈夫だと思った途端、さっきまでふらついていた足が、嘘のように軽く感じる。
続いてエルクレオ様が席を立ち団長室の扉を開けると、私を先に廊下に促した。
廊下に出て二人で顔を見合わせると微笑み合い、そのままエルクレオ様は騎士団のへ私はティファの居る貴賓室へと歩き出した。
後ろではクロウドが追い立てられる声が響いていて、大変そうだけどその声はさっきまでとは違いとても明るく聞こえ、私の足を一層速めてくれた。。




