第三十四話・はた迷惑な薬
私達が席に着くと、ユーリはまず現状をおさらいした。
ユーリが調べた情報によると、リリーナ嬢が学園に通学して数日後、学園内の下級から中級貴族男性が全てと言って良いほど彼女の虜になった。
それからまもなくして、徐々に上級貴族の男性が彼女の虜になり、現在アル様を含むかなり高位の貴族子息まで虜になっているらしい。
「なんですのそれ、まるで伝染病みたいですわね」
ティファが嫌そうに顔を歪める。
確かにそれだけ聞くとちょっとした流行病みたいに聞こえる。
何も知らなければ恋の病って所なんだろうけど、今回のはそんなにドキドキするものじゃないから、私の眉間にも知らずに皺が寄る。
「魔道具による魅了ならば、ある一定の範囲内に近づく事は必須ですし。何よりこれほどの人数となると無理がありますね」
「何らかの力を使ったのは間違いないだろうけど、これだけだと何を使ったかまでは特定できそうに無いな」
苦悩の表情を浮かべる団長さんの横で、エルクレオ様も静かに頷く。
そこまで話して、皆の目が一斉にカイルに向かう。
「君がリリーナ嬢に会った時に、何か異常は無かったかい?」
カイルは心得たとばかりに頷くと、記憶を探るように話し出した。
「二週間位まえだったと思うが、学園時代の友人に呼び出されて行った先で、件の男爵令嬢に会った。俺の友人の弟が会って茶をしてるとかで、一緒にどうかと誘われて……」
暫く顎に手をあて悩んでいたが、不意に思い出したように顔を上げた。
「そういえば、あの紅茶妙に癖のある味だったな……異国で仕入れたとか言ってたが、男爵令嬢もそれまで大人しかったのに、俺が一口紅茶飲んでからはやたらと煩かったしな……」
「紅茶……薬の線が濃厚そうですね」
薬と聞いてユーリとクロウドは顔を顰めた。
団長さんも難しい顔をしている。
薬学となると私はさっぱり分からないから、こんな時皆に頼るしかないのがやっぱり悔しい。
クロウドの言うように薬学も勉強するようにしよう、少しずつでも知識をつけようとまた新たな決意をした。
「飲ませる事で、意識を恋と勘違いさせる薬は確かにあるんだけど、飲んで最初に見た人間に恋と勘違い起こすものだから、大人数にするのは骨が折れるよね……」
団長さんは暫く考えて、そう呟いた。
あるにはあるんだと思うとちょっと怖いなと思った。
だってそれがあれば、誰でも勘違い起こさせる事が出来るんでしょう?
好きになったと思った相手が、実は薬による勘違いでしたとかだったら絶望しそう。
「あっ!!」
そんな事を思っていたら、急に斜め前から声が上がった。
皆がいっせいに声を上げたクロウドを見る。
彼は青ざめた顔をすると急に立ち上がって、走って団長室を後にした。
それから暫くして戻ってきたクロウドは、手に小さな小瓶を抱えていた。
「クロウド、それは?」
持ってきた小瓶をテーブルの上に置くと、クロウドは青い顔のまま語りだした。
曰くこれはクロウドの師匠のそのまた師匠が開発した薬の一つらしい。
その二代前の師匠さんはなんとも自由人な方だったらしく、自分の趣味で色々な薬を開発しては次の研究の為にをれを売りお金にしていたらしい。
しかし、表立って新薬を売る訳にもいかないから、その薬品は裏取引されていた事が多く今でも妙な所で発見されたりする。
クロウドの師匠は自分の師匠を研究者としては尊敬していたが、どこで被害を出すか分からない薬品を売る事だけは尊敬できず、師匠の尻拭いはいずれ弟子である自身の役目になるだろうと、数ある薬品を少しずつ保管し、解呪薬の研究に努めていたらしい。
「僕は師匠が薬作りを続けられなくなったときにそれらを譲り受けまして、今も薬の開発を進めているのですが、これはその中の一つなんです」
目の前の綺麗なピンク色の液体は、さらさらとした液体で席から立ち上がったユーリが手にとってゆすると波を立てて揺れた。
「気をつけてください!!まだ飲んでも何か起こる状態では無いですが、サンプルはもうそれしか手元に無いんです!!」
慌ててクロウドはユーリを追いかけるように立ち上がると、その手から小瓶を取り上げた。
「ちなみにそれは、どういった薬なんだい?」
団長さんに尋ねられると、取り上げた薬をもう一度テーブルに置き、クラウドは早口で語りだした。
「これは師匠の師匠が自身の闇魔力を限界まで練りこんで作った、異性専用の魅了薬です。使用法は自身の体の一部、髪とか皮膚とか血液などを漬け込む事で、思考を術者に縛り付けるものだと言われています」
極限まで闇魔力を練りこんだ魅了薬!?
なんでそんな危険極まりないものを作ろうと思うのか、不意に視線を上げたらユーリと目が合った。
にこやかに微笑まれた、作らないでよ貴方は……
ユーリに呆れた目を向けてる間に、カイルは徐にその薬を手に取ると、一滴自身の紅茶にそれを垂らした。
唖然とするクラウドとティファを他所にそれを一口飲んで頷く。
「間違いない、この味だ」
「何をしているんですか!?魔力を含んだ薬ですよ!?何かあったら!!」
「大丈夫よ、カイルに魔力関係の物は通じないわ」
クラウドは真っ青になって慌てて居たので、恐らく知らなかったのだろう。
キョトンとした顔でこちらを見ているのが何だか可愛い。
「俺の家系は一切魔術が使えない代りに、物理以外の魔術は効かない。魔道具だろうが薬だろうが同じだ」
呆れたような、ほっとしたような顔をしてティファとクロウドは脱力していた。
団長さんとエルクレオ様は、騎士団長様もそうだから知ってたらしい。
ユーリについてはもう気にしない……
崩れ去っていたクロウドはやっとの思いで復活すると、しばしテーブルの小瓶を眺めていた。
「しかし、今持っている薬の中でもかなり古い種類の薬だったので、すっかり忘れていました。まだ出回っているなんて……その上裏取引されているような物を、男爵令嬢がどうやって手に入れたのか」
「これは同性が飲んでも効果は出ないのかい?」
団長さんが尋ねると、クロウドは首を縦に振った。
「異性専用と銘打っているように、効力は術者の異性にしか出ません」
だから学園でも女性は普通に話しを聞いてくれたのか、ちょっと納得した。
クロウドでは無いけれど、確かにこんな薬はまともな経路から来たものでは無いだろう、一体どこから入手したのか気になる。
暫く薬を睨みつけていたら、団長さんから号令が掛かった。
「まあ取り合えず、相手が分かったならやる事は決まったね。私とユーリ、クロウド君は薬の成分分析と解呪薬の調合、エルとお嬢さんは私とクロウド君が抜ける分の業務よろしくね、後カイル君は……」
「この薬の出所を探っておきます。後で報告の際にも必要になるでしょう」
皆それぞれ頷くと、急いで立ち上がる。
「ちょっ!ちょっと待ちなさいよ!!私は何をすれば良いの!?」
一人仕事の無かったティファが慌てて叫び出した。
そう言えば、確かにティファだけ仕事が無い……
「王女殿下は時間を稼ぐ為にも、出来るだけ他者との接触を避けてください。特に男性は誰が薬で動かされているか分かりません、出来るだけ周りのお付も女性のみで構成するよう心がけてください」
団長さんにそう説明され、ティファも神妙に頷いた。
確かに彼女が捕まって本格的な断罪でもされたら、それこそ外交問題だ。
私達は皆で顔を見合すと、今度こそ全員が持ち場に向かった。




