第二十九話・悲痛な決意
その時は本当に急に訪れた。
ある朝、鍛錬を終えて学園に向かうと、いつもの場所にはティファしか居なかったのだ。
「皆様、転入生のお世話が忙しくて、こちらには来られないそうですわ!!」
頬を膨らましたティファが私の傍に寄ってきて、不機嫌そうに理由を教えてくれた。
とうとう本格的に始まったのだと理解して、どうする事も出来なかったと私は覚悟する事にした。
「皆様もお仕事がありますから、私にばかり構っていられませんわ」
恐怖や不安で声が震えないようにするので精一杯だった。
不満気なティファを何とか宥め、私達は教室へと向かった。
昼休みになってもやはり殿下達は現れなかった。
相変わらず憤慨しているティファは、それでも殿下達を探そうとはせず私と一緒に昼食を取ってくれた。
放課後もやはり殿下達に会う事は無く、私は寂しく思いながらも自宅へ真っ直ぐ帰って行った。
翌日も、その翌日も、やはりアル様達は現れなかった。
噂好きの令嬢達が男爵令嬢と一緒に居るのを見たと言っていたので、やはりそういう事なのだろう。
仕方が無いと何度も思っているのに、一人になると皆で笑っていた時を思い出す。
隙があれば口説き文句を言ってくるような方達だったけれど、一緒に居るのは楽しかったな。
アル様に夜会に連れ出されるのは大変だったけれど、いつも取ってきてくれる料理はどれも美味しくて、結局強引だった事も忘れて、料理の感想とか言い合って笑ってたな。
ルイスに勉強教わってたら、途中で凄い難しい問題が出てきて、必死に解いて渡したら三学年用の問題で涼しい顔して『来年も問題なさそうですね』なんて言うから、頬っぺた膨らまして怒ったら物凄く爆笑してたっけ……あんなに笑うルイス中々見ないから、つられて笑っちゃった。
ラディアスは護衛だなんだと良く色々付いてきてもらってたな、街に内緒で買い物に行こうとすると大体ばれてて、危ないからと同行してくれた。
最初の頃は護衛していてもあまり喋ったりしなかったけど、最近は前よりずっと話をしてくれるようになって嬉しかったな。
ダリル殿下は私の擬似同性友人だったから、昔の癖で男性として学園に来た今も時々愚痴を零すけど、ニコニコ笑って話を聞いてくれるから、それだけで小さな悩みは綺麗に忘れられた。
公爵令嬢として社交界で弱みを見せられない私にとっては、それだけで本当にありがたかったけ。
同性の友人……
初めて出来た本物の同性の友人は、結構な天邪鬼でツンデレ。
婚約者探しに来たのだから、今日だって本当はアル様達の所に行きたかっただろう。
それなのに、毎日文句を言いながらも私の傍に居てくれる。
急に皆が来なくなって寂しい思いをしているだろう私の為に……
私はただ大事な人達に幸せで居て欲しい、アル様達もティファも私にとっては大事な友人なのだ。
しかし、このままではそれは無理なのでは無いかと思っている。
あの時リリーナ嬢に言われた言葉が私の胸を抉る。
『攻略対象』『悪役王女』『モブ』
一人の人として誰かと恋仲になるのなら私は決して止めたりしない。
私には止める権利も無いのだから。
でもキャラクターとして、それもその人が好きな訳でも無いなら、私は認めたく無い。
だって、それでは皆の幸せはどこに行ってしまうのだ。
この世界がゲームの世界なら、私が何をしても無駄なのかもしれない、それでもあの令嬢に全てを預ける気にだけはなれなかった。
取りあえず今私に出来る事、恐らく今一番の危機に晒されているだろうティファを、何としても守ろうと心に誓った。
胸が小さく痛んで手を当てると、服の下にペンダントにして掛けた指輪の感触がした。
いつかこれも返さなければならないのかもしれない。
目を閉じると涙が零れそうな気がして、青い空を見上げた。




