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第二十二話・やってきた嵐は制御不能

やっぱり早く帰りたい、ティファニア殿下のお相手探しなら私関係無くない?

挨拶はしたんだし帰っちゃダメかな?


隣のルイスに助けを求めるように視線を向けると、申し訳なさそうに目を伏せた後首を横に振られた。


「帰りたいのは重々承知してます。出来れば僕も帰りたいですが、今日はっきりとお断りしておかないと、後であの我侭王女は何を言い出すかわかりません。申し訳無いですがもう少しお付き合いください」


そうか、ルイスもそのお相手候補に入れられてるんだ。

それじゃ帰れないよね……とそこまでは頷けたが、どうして私も残らないと駄目なんだろう?

不思議そうに首を傾げる私を、苦笑いを浮かべながら殿下もルイスも見ている。

私だけ分かってないのが何だか悔しくて、頬を膨らませ顔を背けた。


「義姉さん、そう拗ねないでください。断る理由が目の前に居てくれれば王女も諦めるかと」


「想い人が居ると分かっていて、言い寄って来るような愚かな真似はしないだろう?」


振り返れば二人は、慈しむような眼差しを私に向けていた。

急に甘い空気をかもし出す二人に居た堪れなくなって、今度は赤くなった顔を横に慌てて向けた。


しかし、羞恥で火照った頬を扇で必死に覚ますと、同時に冷静になってきた。

結局それって、私をだしに使おうって事ですよね……

あの王女殿下相手じゃ碌な目に合わないと気がついて、抗議して帰ろうと思ったのだが少々遅かった。


「まあアルフレッド様、ルイス様、御揃いでいらしたのね」


視線の先には先ほどとは打って変わって、可愛らしい微笑みを向けるティファニア殿下。

私の名前は見事に無い、存在そのものを無視する方針のようだ。


その後ろをダリル殿下とラディアスが歩いてきたが、二人は苦虫を噛み潰したような顔をしていて何だか不服そうだ。

カイルは一緒では無かったのかと思えば、遥か後方で騎士服の男性と話していて、一瞬こちらと目が合ったと思ったら目配せしてそのまま会話に戻っていった。


上手く逃げたな……

出来れば私もそちらに加わりたい。

始まる前から嫌な予感がひしひしと感じるのだ。


「先ほどは挨拶しか出来ませんでしたから、私もっとお話したいと思っておりましたのよ」


ティファニア殿下は頬を染め甘さを含んだ声で殿下に囁くが、伸ばした手はさらりと避けられそのまま殿下は私の隣に立つと徐に腰を抱き寄せた。


「失礼私は私だけの月を眺めて居たいので、ご遠慮させて頂きます」


さも当然のように殿下が私の髪に口付ける、負けじとルイスが開いている私の手を取り口付ける。

馬車で良くあるいつもの喧嘩だ、何故そんな物で張り合おうとするのか私には理解できない。


しかし、その様を見てティファニア殿下が顔色を変えた。


不機嫌そのものと言った表情は先ほどの挨拶の時と同じだが、それだけではない不穏な気配を感じて身を強張らせた。


「まあ……数多の男性に媚を売るなんて、これだから恥知らずの売女は……」


バシャ!!


そう言うと、近くのテーブルにあったグラスを掴み、私に浴びせかけた。

人間本気で予想外の事態が起こると、変な思考の渦に入り込むようで、私お酒弱いのにどうせなら果実水が良かったとか訳の分からない事を考えてしまった。

時間にして数秒だと思う、周りの人間が見事にフリーズしてた。


「リディ!!」


一番最初に我に返ったのは殿下だった。

自分のポケットチーフを取り出すと急いで私の髪を拭いてくれた。

白いチーフが赤く染まるのが見えて、初めて赤ワインだったんだと思うぐらい放心してた。

嫌味にワイン掛け、悪役並みの嫌がらせを一日で網羅しそうなティファニア殿下に、ある意味関心した。

こうなったら後は階段落ちだけだけど、流石にそれはご遠慮させて頂きたい、痛いのは嫌だ……


「他国の公爵令嬢に害をなすなど、一体どういったおつもりか!?」


殿下が前に出てティファニア殿下に詰め寄る。

放心状態から抜け出せたダリル殿下とラディアスは、私を隠すように前に立ってくれた。

ルイスは殿下と最前線で、さっきまでも不機嫌そうだったが今は殺気立った気配をかもし出している。


こんな公衆の面前で大胆な事をしてしまって、どうするつもりだったのか、恐る恐るティファニア殿下の表情を見て驚愕した。


物凄く青ざめて震えてる!?


まさかと思うけど何も考えないで行動したの?

やってしまったと目が物語っている。

これはもしかしたらここまで盛大に掛けるつもりじゃ無かったのかもしれない。

ちょっと脅し程度に掛けるつもりが予想外に勢い良く行って、頭から掛けてしまったって所かしら?


何をやってるのかしらこの王女様は……


殺気立っている殿下達が断罪もせず収拾付けるとは思えないし、このままだと大変な事態になりかねない。

こうなったら私が動くしか無い。


「まあ!お怪我はございませんかティファニア殿下!?躓いてしまわれたのですね!!」


私は震えるティファニア殿下の手を取って、わざとらしいくらい大きな声で話し始めた。

大根だと言う無かれ、必死なんだこれでも。


勿論回りは故意だと分かっているのだが、被害者の私が事故だと言うのだ皆事故だと思えと笑顔で威圧する。

何を言ってるんだと目を見張る四人にも最上の笑みで黙らせた。


「まあ私を案じてこんなに震えて、ご心配には及びませんわ丁度ご挨拶も済みましたしお暇しようと思っていましたの、こんな形で申し訳ございませんが御前失礼させて頂きます」


周りを見渡すと好奇の目を向けていた貴族達と目が合う。


「皆様もお騒がせして申し訳ございません、お目汚しになる前に失礼させて頂きます」


陛下相手にした時よりも全身に神経を集中した完璧なカーテシーを披露して、私は笑顔で会場を去った。




残した四人が不安だが、お願いだからこれ以上事を荒立てないでと祈りながら、馬車に乗る為エントランスに差し掛かった所で後ろから声を掛けられた。


「リディ!」


「殿下」


そう言えばさっき貸して貰ったポケットチーフ返して無かったと思ったが、それは見事に赤紫に変色していてとても落ちるとは思えなかった。

それを見て自分のドレスを見れば、青いドレスには見事な染みが浮き上がり見るも無残な有様だ。


「申し訳ございません殿下、せっかく頂いたドレスをこんな風にしてしまって……」


大体の事には強気で我慢できたけれど、それだけは申し訳ないと思ってつい俯いてしまった。

しかし、殿下は首を横に振ると私を見詰めた。


「そんな事はどうでも良いんだ、すまない……君が傍に居れば王女も諦めると思っていたのだが、まさかこんな暴挙に出るとは……こんな事なら君を夜会に参加させるのでは無かった」


その瞳には後悔が色濃く滲んで、何だか私も切なくなってしまった。

何とか殿下を慰めようと、そっとその頬に手を伸ばした。

急に触れられて殿下の肩が一瞬震えた。

触れられて緊張するのは私だけでは無いらしいと知れて、ちょっとだけ笑ってしまった。

だからきっと自然に微笑んでいたと思う。


「大丈夫です、こんな事くらいで私は落ち込んだり傷ついたりしません。私が変な所で強いのは殿下もご存知でしょう?」


「リディアーネ……」


殿下は私を眩しいものでも見るような目で見ていた。

それから少し視線を落とすと感慨深そうにしてから、もう一度私を見て微笑んだ。


その時だった。


「おや?そこに居るのはお嬢さんかい?おやおや随分凄い事になってるね……」


見知った声に驚いて見れば、そこには魔術師団の団長が片手を上げて笑っていた。

多分団長だ……ローブ脱いだ所見たこと無いし、正装してるから確信持てないけど……


「団長様!どうしてここに?」


私が驚きの声を上げると、飄々とした様子の団長は自分の服を片手で摘みながら方目を瞑った。


「夜会に参加するように家中から言われてね、出なかったら毎朝魔術師団の団長室まで一ヶ月送り迎えするって言うから仕方なく来たんだ」


良いじゃ無いか一ヶ月送り迎え付きの魔術師団、私だったら両手上げて喜ぶわ。

そんなに趣味の占いやりに行きたいのかしら。

それにもう始まってるどころか、多分そんなにしないで終わりますよ、夜会……


私が呆れた表情を浮かべていたのに気付いたのか、誤魔化すように笑いながら団長は指を一つ鳴らした。

一瞬で私のドレスとポケットチーフが元の色に戻って、殿下も私も目を丸くしてしまった。


「染み抜きは得意なんだ、良く紅茶飲みながら寝てしまって零すから」


「あ……ありがとうございます」


あまりの驚きについ言葉を噛んでしまった。

指先一つであの染みを消してしまうなんて、やはり団長様は凄い魔術師なのだ。

普段の仕事態度があれだけに、どうしても忘れがちになってしまうが……

何だかエルクレオ様が愚痴るのも分かる気がする。


もう一度自分のドレスを見て、私はほっと安堵の息を吐いた。

重かった心が軽くなるのを感じて、実は結構ショックだったのだと今更気がついた。


「凄いな……魔術とは……」


殿下は暫く団長様を無言で見ていた後、呟くように言った。

そして俯き暫く思案した後、顔を上げて大きく頷いた。


「うん、どうするべきか少し分かって来た気がするよ」


すっきりしたような殿下に、団長様が笑いかける。


「おや?殿下は糸が解けたようですね」


占いをしてくれた時と同じような声が響く。


「ええ、貴方のお陰です。感謝します団長殿」


私には何の話かまるで分からなかったけれど、笑い合っている二人が良い顔をしていたので、きっと良い事を思いついたのだろう。


どうしても一度会場に顔を出さねばならない団長様と笑顔で別れ、馬車に付いてもなかなか手を離してくれない殿下に見送られ自宅に帰った。

馬車の中でついつい寝てしまったのは、ご愛嬌と許してもらいたい。


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