第十二話・囮捜査と青りんご
殿下の宣言通り、翌々日から私の街徘徊は始まった。
私が主にすることは店先を見ながらうろついたり、人の少なそうな場所に行って見たりする事だ。
最初の数日は緊張していてお店を見てもふりでしか無かったのだが、数日するとそれにも慣れて本気でショッピングを楽しんでしまった。
今までも私、神経図太いなと思ってはいたけど、本当に図太かった……
なんでこの図太さが恋愛面にも生かされないのか、同じ神経なのに繋がってはいないのだろうか。
しかし、徘徊を始めてからもう十日ほどになるのに、一向に何かが起こる気配は無い。
ラディアスや護衛の方に聞いても、誰かが見ているとか、後をつけているとかいった気配は全く無いそうだ。
ここまで何も無いと、実はやっぱり誰か令嬢の嫌がらせで。
私が慌てるの見たいだけなんじゃないかとも思えてきた。
ただの嫌がらせなら、贈りつけた後に何も無くても頷ける。
まあ……令嬢がやるには、品の無い嫌がらせだとは思うけどね……
取りあえずもう数日やって、変化が無ければまた様子を見ようと話し合いで決めた。
「今日は良いりんごが入ってるよ」
「じゃあ、それ一つ下さい!」
「毎度あり!!」
そろそろ喉が渇くたびに果物買ってる、商店のおばちゃんと顔見知りの仲になりそうだ。
ハンカチで綺麗に拭いて、さあ食べようと思った時だった。
「リディアーネ嬢!!」
「えっ?」
ラディアスの声が聞こえたと思った時には体がぐらりと傾いていた。
大きな影が足元に出来ていて、足がそこに埋まっている。
「っ!!」
結構な速度で体が影の中に吸い込まれ、もう駄目だと覚悟し強く目を瞑ると、何かに包まれる感覚がした。
恐る恐る目を開けると、そこは緑色に囲まれた空間だった。
周りには緑の壁が曲線を描いてそびえている。
どうやら私は緑色の球体のようなものに囲まれているようだ。
「何これ?」
叩いて見ても柔らかいだけで、衝撃は吸収されている。
「殿下!!ルイス!!ラディアス様!!聞こえますか!?」
叫んで見ても返事は無い。
完全に影に沈みこんだ記憶も無いが、結局影に飲み込まれ浚われたのか、それ以外の何かなのかそれすらも分からない。
手元にあるのはさっきのりんご……
どうする事も出来そうに無いので、私はそこに座り込むとりんごを齧り始めた。
腹が減っては戦は出来ぬと言うしね……ちゃんと水分と栄養は補給しておこうと思う。
しかし冷静になってから考えると、やはり王族の護衛騎士は凄いなと思った。
何せ、ラディアスが叫ぶまで誰も私の足元に異変がある事に気付かなかったのだから。
私自身も結局言われるまで気がつかなかった。
魔力関係なら魔道師になりたいと言っている私が、一番に気付くべきだったのに……
力ばかり強くても駄目なんだと、今更感じてしまった。
自分自身もちゃんと鍛えなくちゃ駄目だな……
そんな自己反省を繰り返していたら、急に空間に光が射した。
良く見ればさっきまで居た道が薄っすらと見える。
そこには青い顔をした三人と、護衛が数人たってこちらを指差していた。
嬉しくなって手を伸ばすと、緑の球体は溶ける様に消えていった。
「リディ!!怪我はありませんか!?」
「義姉さん!!」
立ち上がり手を伸ばすと、走り寄ってきた殿下がその手を掴んだ。
ルイスに背を支えられ、無事にすんだのだとホッとする。
一人険しい表情を浮かべたラディアスは、今まで私が居た場所を確認し、闇魔法の魔方陣が書かれているのを発見してくれた。
しかし、それにはもう魔力は感じられず、犯人は立ち去った後だったらしい。
闇魔法と聞いて私は首を傾げた。
さきほどまで居た空間は、とても闇魔法で作られた空間とは思えなかったからだ。
どちらかと言うと……
カサッ
不意にポケットから小さな音がした。
それでしおりの存在を思い出した私は、それをポケットから取り出してみた。
しかし、そこにはもう緑の布も金の刺繍も何も無かった。
ただ真っ白な布があるだけ……
「魔力も無くなってる……もしかしてさっきのはこれ?」
「なんですか?それは……」
不思議そうに見ていると、ルイスがそれを除き込んで来た。
ルイスに街へ迎えに来てもらった時、不思議な占い師に貰ったのだと告げると、凄い形相で怒られた。
「そんな怪しげなもの、どうしてもっと早くに言わないんですか!!」
うん、『怒られる上に没収されると思ってたからです』とは絶対言わないようにしよう……
素直にごめんなさいと謝り、何とか許してもらった。
さっきのはそれのせいでは無いのかと聞かれ、ある意味そうだけど違うと私は考えた。
恐らくこの魔道具が発動しなければ、私はあのまま影に飲み込まれたのだろう。
しかし、どういう能力があるのか分からないが、緑の球体に包まれた事で無事この場に残る事が出来たと思っている。
結局囮捜査までしても、魔力も消えていて闇魔法の形跡以外に手がかりになりそうなものは確認できなかった。
相手は予想以上の能力を持っている可能性が高い。
これ以上は危険過ぎると、この作戦は今日限りで打ち切る事となった。