第十一話・ストレスと見えない敵
あの一件以来、流石に気持ち悪さや恐怖を覚えるようになっていた。
ただの令嬢から来た嫌がらせではないと、今なら私でも分かる。
それまで反発していた送り迎えも大人しくお願いする事にして、帰りもどんなに暇でも一人で出歩かず良い子で待っていた。
朝の鍛錬も誰かから噂を聞きつけたらしく、カイルが送り迎えしてくれる事になった。
こんな精神状態だからこそ鍛錬は休みたくない。
迷惑掛けて申し訳ないけど、素直にありがたいと思った。
そして、先日占い師に貰ったしおりも肌身離さず持っている。
緑色の布に金の刺繍が施されたそれは、日の光に透かすと布が紫色に見えるという不思議なものだった。
確かに魔力は感じるのだが、いったいどんな能力のあるものなのかさっぱり分からない。
近々エルクレオ様の所にまた勉強しに行く予定なので、その時にでも尋ねてみようとまたそれをポケットにしまいこんだ。
しかし、あれから随分経つのにまた何の音沙汰も無い日々が続いた。
今は生徒会室で仕事の終わった殿下とルイス、報告の終わったラディアスと四人で話し合っている。
「ラディアスあれから、近辺の様子はどうだ?」
「何の変化もありません」
「気配すら無いか?」
眉間に皺を寄せる難しい顔をする殿下に、ラディアスは黙って首を横に振って見せた。
「やはり学園外の可能性が濃厚のようですね」
ルイスが腕を組みテーブルの上を睨みつけている。
「学園内なら、そろそろ気配の一つくらい見せても良い頃だからな……」
三人が眉間に深い皺を寄せて苦虫噛み潰したような表情を浮かべている。
「ごめんなさい……面倒掛けて……」
何だか申し訳ない気分になって、俯いて溜め息を吐いてしまった。
すると三人は急に顔を上げ、慌てふためきだした。
「リディのせいでは無いのだから、気にしないで!!」
「義姉さんが悪い訳ではありませんよ!!」
「御気に病まれません様……」
私のせいじゃないと、必死に言ってくれるのがとてもありがたい。
それでも私の心は重たくて、何とか笑おうと頑張ったがあまり綺麗には笑えなかった。
せめて相手が誰だか分かれば怖くないのに、未確認の上理解出来ない思考の持ち主だと思うから、余計に怖いのだ。
「早急に犯人を捕まえるべきだね……」
殿下の空気が不機嫌な時の薄ら寒いものに変わる。
自分に向けられている訳では無いのだが、それでも背筋が縮みあがるようだ。
「正直この手は使いたく無かったのですが、仕方ありません」
暫く考え込んでいたルイスが、顔を上げると私の方を見詰めた。
「義姉さん、街に出てみませんか?」
急なルイスの申し出に意味が分からず小首を傾げる。
この子は何が言いたいのかしら?
「簡単に言えば囮です。私達や護衛のものが少し離れた場所からお守りしますので、一人ないしは少数を装って街を徘徊してください」
「危険過ぎやしないか?」
殿下は私を心配してか、不安そうな表情でルイスに視線を向けたが、その言葉を遮って私が前に出る。
「やる!!私やります!!」
何時来るか分からない相手に怯えて、好きな事も出来ない日々はもう、うんざりだ!
外部の可能性が高いなら、喜んで餌にだってなる。
それにいざとなったら、多少だが私だって戦える。
「仕方ない、しかし無理はしないように……決行は明後日から、学園の仕事が終わり次第としよう」
そうと決まればと皆明後日からの予定を詰めつつ、帰りの準備を始めた。
その途端チクリと私の腹部が痛む。
またか……
「ごめんなさい、胃痛がするので医務室でお薬貰ってきます」
席を立つと、当たり前のようにラディアスが扉を開け付いてきてくれた。
「ああ、分かった。ここが片付いたら迎えに行くよ」
執務机の上を片付けていた殿下が、片手を挙げて答えてくれたので、頷いてから生徒会室を後にした。
後ろから付いてくる、ラディアスの心配そうな視線に笑いかける。
「大丈夫です。ただの胃痛ですから」
そういったのに、彼の視線は尚も痛ましい者を見るような目に変わっていた。
本当にただのストレスによる胃痛だ……
殿下達に監視されているからと言うより、どこから来るか何が来るかわからない不安からと言った感じだろう。
しかし、数ヶ月前の知恵熱といい、ラディアスと接する時間が増えた故の失神といい、最近の胃痛といい私も随分病弱になったものだ……
もう、医務室の常連に名前が載ったのではないだろうか?
溜め息吐くと幸せが逃げると言うけれど、吐かずにいられない今日この頃だった。