閑話・危険な気配
放課後静まり返った研究棟の廊下を、ルイスは歩いていた。
今日リディアーネが研究棟に行ったと聞き、ユーレイリに一言釘を刺しに行こうとは初めから思っていたのだが、珍しい事に逆にユーレイリから放課後研究棟へ来て欲しいと呼び出されたのだ。
あの男に呼び出されるのは、正直不快でしかないが、リディアーネの件だと言われれば、行かない訳にもいかない。
渋々扉を開いて中に入る、相変わらず薄暗い室内は異質だった。
「ユーレイリ、いったいなんの用……」
顔を上げて目を丸くする。
ユーレイリの座る椅子の両側には、アルフレッドとラディアスが立っていたのだ。
「ああ、やっと役者が揃ったね」
両脇の二人には目もくれず、目の前の書類を見詰めていたユーレイリが顔を上げる。
何を考えているのか分からないその笑みは、変わらず不気味そのものだ。
「わざわざこれだけの人数を集めて……用件はなんです?」
さっさと言えとばかりにルイスが睨みつければ、ユーレイリは声を出して笑い始めた。
「ははっ!!随分せっかちだね。まあ、良いや君達リディアーネが嫌がらせ受けてるって話聞いた事ある?」
ユーレイリの言葉に、三人は苦い表情を浮かべた。
何も言わない所を見るとどうやら初耳だったようだ。
「嫌がらせ……とは?」
アルフレッドが地を這うような声で尋ねる。
「そこにある箱、贈られてきたんだって」
ユーレイリに促され、三人は箱の中身を見てまた表情を歪めた。
「どう思う?」
満面の笑みを浮かべているユーレイリの瞳は笑っていない。
「リディアーネの為に、距離を置けと……?」
三人は苦い顔のままユーリウスを睨みつけた。
それをみたユーレイリは、また声を上げて笑った。
「はははっ!!やっぱり君達もそう取るんだね。確かに僕は忠告してあげようと思って呼んだけど、それは離れろとかって言う話じゃないよ」
そう取るとはなんの事か、意味が分からずアルフレッドは小首を傾げ、ルイスは怪訝そうな目でユーレイリを見ていた。
すると急にユーレイリの表情から笑みが消えた。
冷たい瞳に息を呑む……
「これはね、全て薬学の材料だよ……それも、媚薬や精力剤を作る為のね」
ユーレイリは箱の中に入っていた一枚のカードを指でつまみ、三人に見せ付けるように持ち上げた。
そこには『貴女に焦がれる者より』と書かれている。
「これは嫌がらせなんかじゃない、このカードの通りリディアーネを想う誰かが贈ってきたんだよ」
三人の背筋に寒気が走った。
こんな不気味なものを贈ってくる求愛者など、まともな精神とは思えない。
「まあ、リディは魔術や魔道具に関しての知識は凄いけど、薬学はさっぱりだから、贈り主さんの思惑は見事に外れた訳だけど。」
注意するに越した事は無いよね?とユーレイリは笑う。
しかし、三人に取ってはもう笑い事ではすまなかった。
「報告感謝する。行くぞルイス、ラディアス対策を立てる必要がある」
即刻部屋の扉を開け外に向かうアルフレッドに、ルイスとラディアスは黙って追従した。
その後ろで、ひらひらと手を振りながら笑うユーレイリが、閉まる扉の向こうに消えた。