集落とエールの願い
一応コメディ系でと思ってるんだけど、なんでかな。とてもシリアスな展開が続きそうです。
どういうわけか俺は人間を辞めた耐久力を持ってしまったらしい。だって海を割る一撃を受けて痛いとのたうち回る程度で済んでしまってるんだ。
「牧場王さんも騒ぎ立てる。チートやチート‼︎」
「なんの話?」
「気にしないで、こっちの話」
隣を歩くエールが心配そうにこちらを見ている。
俺とエールは城から外出して集落に来ていた。もうすぐここは戦場になる。
戦えない魔族を少しでも安全な場所へ誘導するために手伝って欲しいと頼まれたのだ。
流石にそれくらいならとエールについて行くことにした。なんでも城の地下には洞窟があり、その洞窟から海底を進んで大陸へと抜け出せる様になっているらしい。
もっともその洞窟は距離も長く、人間の足なら歩いて数ヶ月はかかる距離と言われている。
魔族は人族より能力的に優れているとは言え、根本的な構造は同じ。歩く速度は変わらないが体力的に休む回数も少ないためもう少しは短縮できるようだ。
それでも食事や水分補給は必要だ。物資を集め、逃げる準備をするのにも時間がかかる。ある程度の搬入作業は終わっていたが、魔族たちの表情は一様に暗い。
「エール様。本当にこのグアーム島はダメなのですか」
集落につくと、島の住人の代表だろうか。年老いた容貌を思わせるゴブリンが聞いてくる。
「うん。攻めてくるのが誰かは分からないけど、海路を使ってくるなら間違いなく賢者はいる。賢者の殲滅魔法からみんなを守る術は僕たちにはないんだ」
苦渋の決断と言うのだろうか。住み慣れた島を捨てて、先の見えない放浪に旅に出る不安か。誰もがエールの言葉にうつむき、涙を流す。
「みんな。申し訳ないけどいつ人間たちが攻めてくるか分からない。いつでも城の地下から逃げられるように準備は怠らないで」
「エール様。くっ!」
悔しそうな老人ゴブリン。
けれど勝手だと俺は思ってしまった。戦うこともせず、エールの庇護下で暮らしてそれが破綻すると縋り付きながらも諦める。
でも多分、俺も自分の世界で同じような立場だったら彼らのことをとやかくは言えないんだろう。
だから俺は何も言わずにその光景を見ていた。
そんな俺の姿に気づいたのは年端もいかない子どもだろうか。両腕が翼となってパタパタと飛んでいる。ハーピーを思わせる魔族だ。
「おじさん。もしかして人間?」
「おう。どこにでもいる普通の人間だ。あとおじさんではない。太郎だ」
ギョッとした表情を浮かべる住民たち。それもそうだ。今から攻めてくる種族がいたら驚くだろう。
「人間。また虐める? パパとママを見世物にして殺したみたいに、私たちを捕まえる?」
「大丈夫だよ」
そう言ってハーピーの子どもを抱きしめたエール。優しくあやすように撫でて、俺をみて困ったように笑う。
「タローは人間だけど。そんなことはしないよ。僕の言うことが信じられない?」
「エール様のことは信じてるよ。だから、うん。この人間。タローのことも頑張って信じてみる」
まだ不信感は拭えていないのか、ハーピーの子どもの見る目は冷めているが、敵意と言えるものは込められていない。
「それじゃ、僕たちは集落を見回ってるから何か手伝えることがあったら声をかけて。行こう。タロー」
エールに手を引かれて俺は何となく居心地悪くその場を後にする。
しばらくしてエールは頭を下げて来た。
「こうなるってことはわかってたんだ」
この集落にいる住人は人間に家族を殺されたものが大半だ。住処や集落を襲われ、命からがら逃げ出し、そして怪我など様々な事情から戦うこともできずこの島へ流れてきた。
人間は敵だと認識している。自分たちに害悪をもたらす存在と身に染みている。
「でもね。それは魔族も同じなんだ。魔族も人の国を襲ったり、力のない人々を迫害して来た」
どの世界でも争いは絶えない。
「どうしてなんだろうね。種族は違っても、同じように生きて、家族や友人。恋人だっているのに、争う理由って何だろうって、僕はずっと考えてる」
繰り返されて来た歴史。
「僕はこんな戦争なんて終わらせたい。みんなが笑顔で暮らせるそんな世界がいい」
それは夢物語だ。
「だから」
「少年はさ」
言わせる前に、俺は口を開いた。
「集落の様子を見せて、俺の同情を引いて引き込もうとしたろ」
エールは何も言わない。それは肯定を意味した。
「この世界のことは俺にはわからない。どんな歴史を歩んで来たのか、ついさっきこの世界に来た異世界人には情報が足りない」
これはフェアじゃない。
まさに詐欺だ。可愛い顔してこのショタ魔王はなかなかに食わせ者だ。
「戦争を終わらせる。平和な世界がいい。素晴らしい夢物語だ」
「夢物語なんかじゃ」
「じゃあ聞くが、その話に賛同している他の魔族は?」
「くっ⁉︎」
苦虫を噛み潰したような表情。こんな顔もできるんだなと思いながらも指摘する。
「ある程度の事情は聞いた。聞いたからこそ言わせてもらう。先代に魔王が生きていた時ならいざ知らず、何の力も示すことができていない少年の言葉には何の重みもないよ」
先代の魔王が生きていた時、戦争が激化する前であればお互いに対等の力のバランスで停戦が叶えられたかもしれない。
だが聞いた話によると今は魔族側が劣勢だ。先代の魔王が討伐され残された民はそれぞれの領地の諸侯を頼るしかない。
そして魔族の大半は自分たちの領地を守る為に戦う道を選んだ。
共存ではなく、どちらかの種の存亡をかけた戦い。隷属していれば、奴隷として生きる道もあっただろう。それを良しとしなかったならば、それはつまり戦うと言うことだ。
「それでも、それでも僕は」
顔をうつむかせ、今にも泣き出しそうな声を堪え絞り出すように。
「それでも僕はみんなに生きて欲しい。人間にも、魔族にもその為なら僕はっ!」
溢れ出る涙を必死に堪えながらエールは俺を真っ直ぐに見据えた。
「エール様を虐めるなー‼︎」
そんな声とともに突風が吹き荒れる。
まさに覚悟を決めるそんなシリアスシーンをぶち壊してくださったのはハーピーの子供だった。
「ふぎゅっ⁉︎」
巻き添えで吹っ飛ばされるエール。俺は高い耐久力で突風もなんのその。
「いやーん。マリリンモンローよー」
風で捲り上がるローブの前を抑え、後ろからトランクスが丸見えという嬉しくない誰得事案。
「この人間。なんかキモい」
汚物を見るような冷たい視線がハーピーの子供から突き刺さる。
あまりのキモさに風が止み、キョトンとするエール。
さて、一体どうしたものでしょうか。
集落から帰ってきた僕とタロー。
あの後、ハーピーのピアちゃんには誤解だと言って聞かせた。それでもタローの行動についてのキモさはフォローしきれず、最後までピアちゃんはタローを威嚇し続けていた。
そしてその夜。僕はテラスから海を眺めていた。
「ライザー。タローはどうしてる?」
そこにライザーがいることには気づいていた。生まれた頃から僕の世話をしてくれたライザーの気配なら、ある程度の距離があれば分かる。
「いい気なものです。既にぐっすり眠っておられますよ」
なんとなく、インナー姿でふっくらしているお腹を掻きながら眠るタローを容易に想像することができた。
タローには本当に申し訳ないと思っている。きっと僕は心の中で願ってしまったのだ。
闘争を激化させてしまう本当の魔神を召喚してしまうと、僕はもう後戻りは出来ない修羅の道に堕ちてしまう。
そしてタローを呼び出してしまったのは、人間と魔族の架け橋となってくれるそんな存在を願ったから。
けれど、僕の想いじゃタローを動かすことはできなかったみたいだ。
「殿下。先程偵察に出していた使い魔の消滅を確認しました。おそらく夜明けとともに」
「そっか。今日で逃亡用の物資の準備は終わったし、夜明け前に集落のみんなを城内の地下から逃げてもらおう」
「殿下は」
「残るよ」
これは最初から決めていた事だ。みんなが逃げるための時間を稼ぐ。それが、みんなが平和に暮らせる国を作れなかった僕にできる最後の償い。
「では、私もお伴しましょう」
「うーん。ライザーにはみんなを守ってもらいたいんだけどな」
「それは承諾しかねます。私が支えているのはエール殿下です。主君を守るのは家臣の務め」
こうなってしまってはライザーは意地でも僕の護衛に回るだろう。
そうなるとみんなの護衛はタローにお願いするしかない。タローは僕の最後のお願いを聞いてくれるかな。
「殿下」
「うん。戦争が、始まるんだね」
知らずうちに涙が溢れる。戦争が、死ぬのが怖いわけじゃない。ただ悲しくて、平和な世界を願ってもそこに手が届かない。
まるで魔界に星なんてものがないように、そんな希望は最初から存在していないと言われているかのように。
「らい、ざー。うっ、ぼく」
「存分にお泣きください。殿下。その涙の分だけ、私は強くなりましょう。殿下を悲しませる敵は私が倒します」
「殺すのは、ダメだ。なんとか、撃退」
「はい。仰せにままに」
ライザーは優しく微笑み、僕の頭を撫でる。物心つく前から、こうされると僕は泣き止んだという。
ちょうど僕がピアちゃんにやってあげたように。
僕は弱い。ライザーに迷惑をかけてしまっている。ライザーはきっと、本当に誰も殺さないだろう。たとえ、その身が果てても約束を守る。
僕は酷い魔王だ。一番に信頼している家族に、死ねと命じなければならない。
だから、神さま。どうか、明日は誰もが死なずに戦争が終わらせてください。
次回から戦争が始まります。
まさに悪夢の1日が始まるだろうと思って書いてます。