チートの片鱗ライザーのシリアス
時折散りばめられるアニメやキャラの名前がありますが基本スルーか生暖かい目で見てください。
魔大陸と呼ばれる魔族が統治する世界。その大陸の南方に位置する大陸から離れた孤島。
そこがこの幼い魔王エールの統治するグアーム島。間違ってもリゾート地のグアムではないので覚えておくように。
ライザーさんに連れられてフリーサイズのローブを一着もらった。一応魔法のローブの一種で魔法攻撃に対して多少の防御になるらしい。
インナーの上にそれ一枚というのも心許ないが、ライザーさんやエールとは体格が違いすぎる。
唯一着れそうなのがこれだったのだ。主にこの膨らみかけた腹部のせいだ。
そんな後エールに連れられてやってきたグアーム城のテラス。だがそこは魔族が住むいわば魔界だ。
広がる海は赤銅色に染まり、空は基本夜の闇か夕焼け色が固定されているそうだ。
星ひとつない夜空は人間にとって動くことすらままならない。当然、この孤島に魔大陸の本土からやってくるのは難しい。
だが、それを可能にするのが賢者の魔法である。
大陸から逃げ延び危機を知らせにきた魔族によると、数日中にはこの島へ討伐隊がやってくるという。
「で、それを何とかして欲しいというわけだな。人間の俺に」
「そういうことです。申し訳ないですが、助けが欲しい。この島の同胞を守るためにも、タローの力が必要なんだ」
と、意思硬く頼み込まれたがどうしたものか。つまり俺に同族と戦争しろということだよな。
確かに何となくだが身体的な力はどういうわけか上がっている感じがする。
ライザーさんの当たったら洒落にならない攻撃を避けることができたのはその恩恵だろう。
だがしかし、圧倒的とまではいかない気がする。能力は上がったが何か全然足りてないそんな感じだ。
「期待されてもらって悪いんだがな。俺は多分少年が思っているほど強い人間じゃないぞ」
少なくとも武術とかは習った記憶もないし、学生時代でも街で不良に絡まれた時は財布を出して逃げ出した記憶もある。
「というわけで帰っていいですか? 出口はどちらに?」
その瞬間エールは青筋を浮かべながら汗を流し視線を外した。
「おい。ちょっと」
「ふははははっ、愚かな人間よ。異世界召喚は片道切符で帰り道などない。故にここで果てるか我らの軍門に下る他は」
「本当に申し訳ないです‼︎」
「殿下⁉︎」
いつからか再生したライザーが魔王が如く発言するが、それを遮るようにエールが頭を下げる。
「ライザーの言う通り、異世界召喚は片道切符。でも、それを承知で僕はそれを行いました。きっとタローにも都合があって、それを全て捨てさせてしまいました。許されることではありません」
エールは涙を浮かべ、でもそれを流さないよう必死に耐えて言葉を紡ぐ。
「この戦いが終わったら僕はどうなっても構わない。でも、お願いします。この島のみんなを守るために力を貸して欲しいんだ」
まだ幼いこの少年の願いは領地の民を守ること。
何という犬日々な物語展開。あの勇者君は元の世界に戻ることはできたけど、こちらはどう転ぶかは分かったものではない。
それにしても、この少年は見た目に似合わず意思がしっかりしている。
「なぁ、少年は本当魔王なのか?」
「よく言われます。魔王にしては冷酷になれない出来損ないだと。でも、僕はそれでいいんです。優しい魔王の一人くらい、広い世界にいたっていいじゃないかなって」
なにこの子。口から電撃撃ったりしないよね。
「ふ、ざけるっ‼︎」
「えっ⁉︎」
「いや、何でもない言ってみただけだ」
当然口から電撃など出なかった。
ともあれ困った。本当に帰れないのでは身の振り方を考える他ならない。
異世界召喚の特典とかってないんですかね。
「実際問題。俺ってどれだけ強いの? なんかステータスを確認できる魔法とかってあったりする?」
「えっ、そんなファンタジーな道具なんてあるわけないじゃないですかー」
おい魔族がファンタジーとか言っていいのか。思わずエールの頭を鷲掴みにして力を込めてみる。
「あだだだだっ、割れます割れちゃいますー」
「おのれ人間風情が殿下の頭を鷲掴みなど許さん」
そろそろライザーさんの堪忍袋の尾が切れそうなのでこのくらいにしておく。
別に本気で掴んだわけではないのにこの痛がり方。
「ライザーさん。軽くでいいので殴ってもらっていいですか?」
「どういうことですか?」
手のひらを向けられ困惑するライザーさん。そりゃそうだ。突然殴ってとかドM発言。普通の状態だったらドン引きですわ。
「この世界に召喚されてからどういうわけか体の調子が良くてだな。もしかしたら強化されてるんじゃないかと思うんだ」
けどライザーさんの本気はまずい。遠くの壁や天井を破壊するような一撃をまともに受けたら腕が吹っ飛ぶ。だから軽く殴ってくれと頼んだのだ。
「いいでしょう。タロー様がどれほどのものなのか私も興味があります」
「ちょ、ちょっとタロー。危ないからやめよう? ライザーはちょっと残念だけど本当に強いんだ。少なくとも魔族の将軍クラスの実力で」
「うっそだーーーー」っと全力で声に出して言いたい。だってシャンデリアに押しつぶされて自滅するようなのがそんな強いはず。
「タロー様。全部声に出てますよ!」
「うん。そうみたいだな」
「この人は、軽くでいいんですね」
「当たり前だ。本気で殴ったら祟るぞ」
なにか諦めたようにライザーさんはため息をつき、眼鏡を指で押し上げる。きたよ眼鏡っ子キャラのアピール。
イケメンがやると絵になりますねちくせう。
次の瞬間、手のひらに当たる痺れるような感触。気持ちいほどに肌を打つその音に俺は顔をしかめた。
「ライザーさん。か、軽くって言ったじゃないか。むちゃくちゃ痛いんだけどー」
「そ、その程度のことで根をあげるなど。ですが申し訳ありません。すぐに冷たいものをお持ちします」
踵を返し、ライザーさんは奥へと消えていく。
俺は赤く腫れた手のひらに息を吹きかけて気を紛らわせる。
そんな姿を見て、エールは顔を輝かせた。
「凄いよタロー! ライザーの一撃を受けてその程度なんて驚いたよ」
「あん? 言っとくけど無事じゃないぞ。折れたりとかしてないだろうけど本当に痛かったんだからな」
「いや、痛いで住んでるのが不思議だよだってさ」
ニコニコと笑うエール。遅れてテラスの向こう側、エールの背後で海が割れ、大砲でも撃ち込んだかのような水柱が上がる。
「ライザー。割と本気だったよ」
俺はその言葉を受けて唖然とし、遅れて血の気が引いてしまった。
エールの笑顔がなければきっと俺は失神していたに違いない。
どうやら、この世界で俺は人間をやめる程度の耐久力はあったようです。
グアーム城の保冷庫にやってきた私は自らの手を押さえつけた。
あの無礼な人間。正直な話いけ好かない。
殿下は喚び出してしまった負い目もあり、あの者に心を許しはじめている。
お優しい方だ。きっと、あの人間が戦いたくないと言えば困ったような笑顔を浮かべながら人族の元へ渡りをつけるだろう。
だからこそ、たとえ殿下に嫌われてもここで殺してしまおうと思った。
直前まで茶番に付き合う様な素振りを見せて、一撃で手のひらだけではなく上半身をまるごと刈り取るつもりで放った一撃だ。
なのにあの人間は痛がりぞすれど、まるで悪夢を見ているかの様だ。
人間が神々より賜ったとされるオリハルコン神石。それすらも砕いたことがある私の一撃だ。
もうわけがわからない。意味不明だ。QBなのか。脳裏の見たこともない白い生物が通り過ぎていくのを追い払い、自分の手を凝視する。
殴ったはずの自分の指が砕かれていた。
あの時平静を装って出てきたが、正直な話痛いのはこちらの方だ。魔族である私にすれば再生に時間はかからない。
だが、タロー様を本気で討てと言われればそれは至難の業である。
もし、もしもタロー様が殿下と共に戦ってくれたのなら。きっとそれは今は亡き先代との悲願に近づけるのではないだろうか。
だが、タロー様はきっと同族と戦うことはしないだろう。人間とはそういうものだ。
自らと違うものを忌避し、差別し、なかったことにしようとする。
だからこそ、人族はエルフやビーストなどの亜種族を奴隷などに落とし自らを上に立たせる。
きっとタロー様とてそうなのだろう。人間とはそうであると幼き頃から見て学んできた。
「さて、ではそろそろ氷嚢の一つでも持って言って差し上げましょうか」
再生した指の具合を確かめながら、私は再びテラスへと戻ってきた。
「すげぇ。エルフに獣人とかまさにファンタジーじゃん。会ってみたいそんでもって耳とか尻尾とか触ってみたい」
「タローは亜種族とかに嫌悪感とかないの?」
「なんで? 獣人もエルフも俺の住んでた世界じゃおとぎ話の存在だぞ。是非とも会ってみたい」
戻った私はその話題に思わず膝をついた。
返してください。数行前の私のシリアスを返してください。
「おっと、遅いぞライザーさん。まだ手が痺れてるんだから氷嚢くれ」
いっそのこと本気で投げつけてやろうかと思いましたが、なんとか堪えて震える手で氷嚢を渡すことができたのだった。