とりあえず服をくれ!!
バイト先の後輩が良くスマホで創作系小説を読んでいたのは記憶に新しい。
色々勧められて読んだが、一人暮らしのアパートにいる時はネトゲのレべリングやら装備の更新やら趣味のPKで終わってしまう。あとは睡眠か仕事の時間だ。
通勤時間に気が向いたら読む程度だったが、まさかなと思う。
後輩くんが知ったらきっと変わってくれと言うだろう。だからあえて言おう。
「チェンジで」
「えっと、無理かな」
「ですよねー」
一抹の期待も無かったが言わずにいられなかった。
改めて周囲を見渡すと、薄暗く広い部屋の中央に俺は立っていた。
足元に残光を残す魔法陣のようなものがあったが、それもすぐに消えてしまいさらに暗くなる。
近くにいるのは銀髪の少年が一人。好きな人にはたまらないであろうショタっ子だ。
今はまだあどけないが、このままの具合に数年待てば美少年。まさに格差社会の頂点に立てるイケメンが誕生するだろう。
着ている服も御曹司っぽい黒いスーツのようなもの。金の匂いがする。
それに比べて、俺は自分を考察した。膨らみはじめた中年の腹と連続勤務で剃り忘れた無精ひげ。
部屋の中だからって油断してトランクス一枚とタンクトップというなんとも心許ない服装。
「これで勝ったと思うなよ」
「な、何で泣いてるの? お、お腹でも痛い?」
少年に心配されながら俺は床にあぐらをかく。ケツが痒いのでボリボリとトランクスに手を突っ込んで掻いていると、背後から咳払いが一つ。
「ゴホンッ! 失礼ながら、私は殿下にお仕えする魔族。ライザーと申します。貴方様は一体どのような魔神でいらっしゃいますか?」
丸い眼鏡をかけた少年と同じようなスーツの男。こちらもまぁイケメンだ。年代的には俺と同じくらいだが、魔族って言ったか。
見た目通りの年齢ではないのだろう。
とりあえず、聞かれたからには答えるしかない。
「えーっと、田中太郎といいます。歳は36。独身で彼女無し。趣味はネトゲ?」
「た、タロー? ぼ、僕はエール。第14代魔王後継の一人でこの島の領主。よろしければ力を貸して欲しいんだ」
エールと名乗った少年はオドオドしながらも真っ直ぐに俺を見つめてくる。
いやー、おっちゃんこういう純粋な目で見られるとどう反応していいのかわからんな。
主に今に服装もだが。
「殿下。タロー様がどのような力をお持ちか未だわかりません。ここは私めに」
ライザーが俺の前に立って見下ろしてくる。
うん。こうしてみるとライザー。いや、ライザーさんは身長も高いし、服の下からでも近くで見ると筋肉質。正直バイト先に時々現れる自由業な方よりも貫禄がある。
「して、タロー様。もう一度お伺いいたしますが、貴方様はどのような魔神であられますか?」
「んっと、普通の人間だな」
「なんと、普通の人間」
「くはははっ」
「うはははっ」
どちらからでもなく笑い出し、ひとしきり笑い終わった後だった。
咄嗟に俺は身を屈め、先程まで俺の頭があった部分を物凄い風圧が通過した。後ろの方から壁が砕けるような音が聞こえて思わず青ざめる。
「おわっ!? 危ない! いきなりなにすんだ!?」
「人間。よりにもよって人間だとっ!! 殿下がどんな気持ちで貴様を召喚したかわかっているのか」
「いや、知らんし。だからチェンジでってうぉっ!?」
いきなりキレ出したライザーさんの蹴り上げをでんぐり返しで奇跡的に避ける。上からパラパラと何かが落ちている。
「人間風情が舐めた口を!」
「おーい」
「何ですか?」
ライザーさんは気づいていないようだから教えてあげたほうがいいかな。
「上」
「はっ?」
間抜けな声を上げて上を見たライザーさんは視界には蹴りの衝撃で壊れておちてくるシャンデリアが映っていた。
「ぎゃああああああ」
絶望的な声を上げ、避ける間も無く潰されてスプラッタになったライザーさん。おう。生でこんなの見てしまったらしばらく肉とかトマトケチャップとか食べられないぞ。
この光景に思わずエールがライザーさんに駆け寄ってくる。
「ライザー!? 無事なら返事してっ!!」
「ぐっ、まさかこんな手でやられるとは」
あっ、生きてた。魔族というのは伊達では無いようで、人間よりも頑丈にできているようだ。
「家臣であるライザーの無礼は詫びます。どうかお許しください」
「あー、いやー、うん。とりあえず、事情の説明と服をくれないか。くしゅっ!」
勘違いであればいいのだが、体が先程から驚くほどに軽く感じる。
でも風邪はひいてしまうかもしれん。