幼き魔王の決断とおっさん異世界へ
はじめまして、おっさん主人公とショタ魔王を応援してください。
大陸歴2049年。魔大陸から南方の孤島。
若き魔王エールは頭を抱えていた。
若き、というより幼いというのだろう。まだ人間の年でいう10にも満たない姿。
先代魔王の血は受け継いだものの、受け継いだその力は一端のみ。魔王として君臨するに足りる経験を積むことなくして、先代の魔王は勇者に討伐されてしまった。
そして、エールの兄弟や親族はそれぞれに与えられた領地を今もなお守っている。
魔大陸全土は既に戦火で溢れかえり、有力な魔王や魔人はそれぞれの防衛線に配置されている。
だが、切り崩される防衛線の果てに、とうとうこの南方の孤島にまで人間たちは進軍を始めたのだ。
幼きエールにしてみれば、どうしてこんな魔大陸の辺境を攻め落としに来たのか見当もつかない。
エールは今日まで辺境とはいえ魔王の一人として、領地を治めるように努力していた。
この孤島に存在する魔族は自分を含めてわずか30人程度。魔獣なども飼育しているが、気性の優しいものばかり。
ぶっちゃけよう。エールは人間と争う気も無ければ、戦争など絶対に関わりたく無いと思っていた。
「あわわっ、どうしよう。どうするべきだと思うライザー!?」
エールは私室でパニックになりながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったり情けなくも腹心の部下であるライザーへと助言を乞う。
「殿下。私たちの戦力は城の警備に置いてあるガーゴイルが七体と番犬のジャイアンウルフが三体。残りは知っての通り戦火から逃れた複数の種族が合わせて二十体ほどです」
勇者のスキルや賢者の魔法で一掃されてしまうレベルである。
「なにか無いか何かないかぁーー」
最早どうしようもない。エールはとうとうベットの布団の中でに逃げ込み丸くなってしまう。幼いとはいえない最早魔王としてどうなのだろう。
「殿下。恐れながら進言いたします」
ライザーのその言葉に顔だけを布団から出してエールは鼻をすする。既に涙と鼻水でひどい顔だ。
「異世界から強力な魔神などを召喚するのです」
異世界召喚。この世界とは異なる別の世界から召喚し、助力を乞う。
その大魔術は人間が神からもたらされたギフトによって行使できるものである。
「大体ずるいではないですか! 人間どもは少しでも劣勢になると異世界から勇者をポンポン召喚して戦わせて!」
そしてその大魔術。実はエールも単独で行使することができるのだ。ただし、生まれつき与えられたそのギフトの制約は一回のみ。
エールとしては立派な魔王として君臨してから呼び出そうと夢想していたことである。
「殿下。最早一刻の猶予もありません。明日には人間どもがこの島に上陸し、ろくに戦えもできない同胞を蹂躙し攻め落としに来るでしょう」
エールは布団を握る手に力を込める。
小さな島だ。島に反対側からゆっくり歩いても僅か半日でその反対側へと出てこれてしまう。
そんな島には戦いを好まない魔族が行き場を無くし、寄り集まって小さな集落を作った。
そんな集落に集まった同胞を、エールは家族のように思っている。それはエールだけでなく、この島に住む皆んなが思っていることだ。
だからこそ、エールはこの島を守りたいと強く思う。
ならばこそ、持てる手段をもってしてそれに抗わなければならない。
「やるよ。ライザー。これより、召喚の儀を執り行う」
幼き魔王は立ち上がる。涙と鼻水でひどい顔立ちだけれど、覚悟を決めた男の子の目。
その姿を見てライザーは熱いものが込み上げて来るのを感じながら、やっぱり耐えることができずに号泣するのだった。
そして、所変わってこちらは現代日本。
田中太郎は本日の勤務を終わらせて電車で帰宅中だった。今年36歳になったばかりの中年太りが気になり出し始めた今日この頃。電車で一時間の距離に勤務し、朝早くから終電までと勤務時間は長い日は14時間。
正社員ではなくただのアルバイトだが、時給が1000円と考えれば日当は高い。そして週に一回の休みがあるかないか。その週の忙しさから休みがない時もあり、月に27勤務という月もある。
場合によっては終電を逃しそのまま店の休憩室で一夜を過ごして早朝からの勤務も多々ある。
あぁ、所謂社畜である。そんな彼にも楽しみはある。長時間の勤務から解放され、明日は8日ぶりの休み。そんな時は決まってパソコンに電源を入れオンラインゲームに熱中する。既に日付が変わり、ログインボーナスも更新されてしまっているだろうが、そんなのはどうでもいい。
「やっと帰ってきた」
36歳独身の中年男性である田中太郎は極度のネトゲ廃人だ。行なっているゲームはMMORPGでモンスターを狩ってレベルを上げ、ボスドロップからレアな武器や防具、アイテムを入手して強化していくとい典型的なもの。
そして大学を出てから一年。会社に就職して三年で脱サラし、フリーターとなって約十年。
フリーターになってから始めたこのゲームに関していえば彼は古参のトッププレイヤーとなっていた。
しかしトッププレイヤーになって来ると、特にこれといってやることもなくなってくる。欲しい武具は既に最高プロパティにまで強化され、レベルもカンスト。
ステータスも満足いく程に強化され尽くしている。
やることもなくなった世界。それはそれでも楽しみ方はある。
新規や中堅プレイヤーのレベリングを手伝ったり、顔見知りのトッププレイヤーとPVP(プレイヤー対プレイヤー)の模擬戦を楽しんだりと様々。
だが、もっとも彼が生きがいを感じているのは別にある。
PKと呼ばれる行為だ。
最初はメインキャラではなく、他の職業も体験したいと始めた魔法使いキャラのレベリングをしていた時だった。
ダンジョンでモンスターを倒して回っていた時、奴が現れた。既に名前なんて覚えていないが、戦士系のプレイヤーキャラが突然自分の操作する魔法使いキャラを瞬殺していったのだ。
唖然としながらもその時は仕方ないと諦め、もう一度ダンジョンに侵入すると待っていたとばかりに奴が攻撃してきたのだ。
待ち伏せPKという手法。楽に倒せる相手を標的に何度も痛ぶる行為。
頭にきた太郎はメインキャラで復讐しにいったのだ。
相手の戦士系キャラは太郎の操作する戦士系キャラにドットのダメージを与えることもできず棒立ちしている太郎を斬り続けた。
太郎はチャットで相手に伝わるように一言。
「雑魚め」
そう伝えた後で一撃でPKを仕返した。
そこからである。PKをしてきた人間が仲間を呼び襲いかかってきたのだ。
1体8人パーティが3セットという訳の分からないリンチ。だが相手にも手練れはいたが太郎はそれを打倒した。
デバフや状態異常もなんのその。雑魚は一撃で屠り、上級プレイヤーも数発で沈め、気がつけば死屍累々の中で立っているスクショを何枚も撮影する余裕。
いつしかその話はゲーム内で伝説の1つになった。
24人がかりでもたった1人のプレイヤーを1キルすることもできず自信をなくして引退していったPKギルドの崩壊。
そして誕生した最強のPK魔。
太郎は完全にPKの魅力にとりつかれた。たった一人で無数のプレイヤーが蹂躙されていく光景。あの優越感は今まで生きてきた中でも格別だった。
ただしPKの対象は高レベルプレイヤーのみを対象とした。低レベル帯をいくら倒しても面白くはない。
トッププレイヤー同士の戦いは中堅プレイヤー達にとっては娯楽となり、ダメ元で参戦してきたりとゲーム内を賑わせた。
いつしか太郎の操作する戦士系のキャラに付けられた特別称号は魔王となった。
だからだろうか。
この日、太郎はいつものようにパソコンの電源を入れていつものPK用となったキャラにログインしようとした時だった。
ログインボタンを押したその瞬間、やっと帰ってきた。そう、自分はこのゲームの世界で楽しめればそれでいい。
そんなふうに思っていた。
きっと、それは叶えられたんだろう。
ログインした瞬間、浮遊感に襲われた。視界は突然見たこともない部屋に変わり、パソコンのマウスを握っていた形のまま虚空を掴んでいた。
「成功した?」
聞き覚えのない声。
まだ十代になったばかりか、そのくらいの年頃の少年が床に手をついた姿でこちらを見ていた。
疑問系の言葉。きっと想像していたものとは違う結果だったのだろう。
「これ、なんていう異世界召喚?」
太郎の現実逃避した疑問に答えるものがいないので、あえてここでお答えしよう。
幼き魔王とチートなおっさんがダックを組んだ。始まります。