お父様
ーお父様ー
目を見開く王に、ただただ微笑む。
微笑むしかできない。
心の中ではぐるぐると恐怖が渦巻いている。
王は・・・父様は・・・私が帰ってきたことをどう思うだろうか。
帰ってこないと思っていた娘が帰ってきた。
お荷物でしかない私が帰ってきたことを。
面倒だと思うだろうか。
何故と思うだろうか。
嗚呼、嗚呼・・・やはり私は弱い。
でもそれは外に出すことは絶対にしない。
外だけでも私は強くありたい。
あれだけの魔力を得、魔王に勝った身なのだ。
怯える姿など、見せてはならない。
だって、私はもう弱い姫ではないのだ。
魔王を監視し、この国に平和をもたらす者としていなければならない。
例え、望まれぬ者だとしても。
それが私の生きる理由なのだから。
ただただ、王に微笑み続ける。
「何故・・・?」
嗚呼・・・嗚呼、やはり・・・。
そうなのね。
やっぱり何故と。
何故帰ってきたと。
そうおっしゃるのですね。
嗚呼、やはり私はこの国に居てはならぬ存在。
でも、私はこの国を愛している。
例え、私を望まぬ国だとしても。
私の勝手にこの国を守る。
あの時そう決めたのだ。
だから・・・例え、認められぬ者でも・・・。
例え、心が悲しみに溢れていても。
私は、この国を守る。
身を隠しながらもこの国を見守ると・・・。
瞼を閉じ、王の次の言葉を待つ。
「何故、帰ってこれた?私たちはお前を助けに行くことさえ、それを願うことさえ出来なかったのに。」
「・・・え?」
「私たちは・・・私たちはどんなにお前を助けたいと願っても、どんなに他の国に頼んでも否とした言われ、諦めるしかなかったのに。」
「・・・王?」
「私は、私は国の為に娘を贄として捧げたのに。どれほど愚かだと知りながらも、それが国のためだと思い、血反吐を吐きながら決意したのに。」
「お、とう・・・様?」
何を言ってらっしゃるの?
何を?
だって、あなた達は私を必要とはしてなかったはず。
だって、私自身を見ようとしてなかったはず・・・。
そのはずなのに・・・。
なのに・・・なのに・・・。
なんで、そんな辛そうな、でも嬉しそうな顔をするの?
ねぇ、お父様、なんで?
もしかして私は。
私は・・・。
「私は必要とされていたの?愛されていたの??」
「!!!何を、言って?」
「だって、私は奇跡の姫達とは全く違って・・・お荷物で・・・。そんな私をお父様達は悲しそうに見てたじゃない・・・。」
「リーン・・・?」
「私がもっと美しければ、私にもっと知能があれば、私がもっと魔力があれば・・・そうだったら、少しは国の役に立てたかもしれないのに。」
「リーン、何を言ってるのだ?」
「でも、私は何もなくて。お父様達だってそんな娘はいらなかったでしょ?でも、貴方たちは優しいから育ててくれた。そうでしょう?だから!!」
さらに言葉を紡ごうとした瞬間、頬に痛みが走った。
お父様の顔が目の前にある。
顔を真っ赤にして目をつり上げてこちらを見ている。
嗚呼、これは怒ってる。
初めて見た。
お父様が怒ってる顔なんて。
今まで、こんな表情見たことない。
いつだってお父様は私に対して辛そうな笑顔を向けるだけだった。
そうだったのに・・・。
なんで、今?
ヒリヒリと熱を持つ頬にお父様に平手打ちをされたのだと分かる。
何故?
「何を馬鹿なことを言っている!!!!」
「お父様?」
「私達は!私は!!お前を愛している!!!」
「えっ???」
驚きの声を上げた瞬間、私の目の前は真っ暗になる。
暖かい壁に顔が当たる。
嗚呼、お父様に抱きしめられている。
こんなのって・・・初めてでどうしたらいいの??
「私たちはお前を、リーンを愛している。お前は私たちの自慢の娘だ。」
「え、え・・・?嘘・・・?」
「嘘じゃない!!本当はお前をこうやって抱きしめてやりたかった。でも、出来なかった。」
「な、んで・・・?」
「私たちは、お前をこんなに辛い立場で生んでしまった。訳の分からん奇跡の姫達の一人として。お前が悪いことなんて一つもないのに。他の国に馬鹿にされ、貶され。」
「そんな、それはお父様達が悪いのじゃなくて、私が。」
「それこそお前のせいじゃない!!お前はこんなにも愛らしく生まれてくれたじゃないか!!お前が生まれた日、どれほど私たちは嬉しかったか!幸せだったか!!」
お父様の目からボロボロと涙がこぼれている。
あ、これも初めて見る顔。
「なのに、なのに・・・何故、他の国からあれほど言われなくてはならない!!そう思うのに、我が国が弱小国のせいで、それを止めることさえできない。」
「そんな。」
「分かっている。国民達は皆頑張ってくれていると。私がもっとうまくできればと何度も思った。しかし、それで国民の生活を脅かすことになるのは駄目だ。故にお前に我慢してもらうことでしか解決することが出来なかった。」
「え・・・。」
「小さなお前に、あれほどの大きな悪意を黙って耐えてもらうしかなかったのだ。それがどれほどのものか・・・そう思うと私たちはお前にどうふれ合えばいいのか分からなくなった。」
「そ、んな・・・。」
「慰めたところで、抱きしめたところで、どうやってもお前の悲しみは減らない。悪意は増えていくばかり。本当ならば立ち向かいたかった。でも国のためにはそれは出来なかった。」
お父様の言葉にただただ驚くばかり。
お父様はいつもそう思ってくれてたの?
「そして、お前にどう触れていいか分からぬまま、あの日が来た。8年前のあの日だ。私たちはお前に何も出来ないまま、またお前に贄に、犠牲になってもらうしかなかった。」
「あれは・・・仕方がありません・・・。」
「そうだ・・・仕方がない。仕方がなかった・・・。でも。本当はお前を渡すべきじゃなかった!お前の父としては間違いだった!!」
「いえ、そんなことは!!」
「でも、国王としてはあれしかなかった・・・。他の国でさえそうだったのだ・・・でも、他の国は徐々に自国の姫達を助け出していった。」
「えぇ・・・そうですね。」
「何度も、私の娘もと頼んだ。でも受け入れられなかった。一人しか助けられないと。嗚呼、ここでも悪意がと絶望した。恨んだ。他国を、自国を、私自身を!!!愛しい娘さえ守れず、助けられない現状に!!」
「お、とう、さま。」
「死のうと何度も思った。でも、もし、お前が帰ってきたときにと思うと死ねなかった。お前にもう一度会いたかった。」
「あっ、あ・・・あぁ・・・。」
涙が溢れる。
次から次へと。
「ようやく気づいたのだ。お前がいなくなってから初めて分かったのだ。お前に対してどう接するかなど・・・抱きしめてやれば良かったのだな。愛してやれば良かったのだな。話し、笑い、普通に接してやれば良かったんだな。悲しいなら、辛いなら抱きしめてやれば良かったと気づいたのだ。」
声が出ず、ただただ頷く。
そう。
そうです。
ただ、ただ一緒に居てほしかった。
ただ抱きしめてほしかった。
愛してほしかった。
それだけで、私はあんな悪意なんて気にしなくなったのに。
だって私は他の国なんてどうでも良かったから。
ただただ、あなたたちに愛してほしかった。
「すまない。すまない。そんなことにも気づけぬ、馬鹿な親で。本当にすまない。」
「っ!っ!!!」
必死に首を横に振る。
貴方たちだけが悪いわけじゃない。
悪いのは私も。
私もただ諦めて、歩むよることをやめてしまった。
いいえ、はじめっから歩みよりもしなかったもの。
悪いのは私も。
貴方たちを、お父様も信じず、そして諦めてしまった私。
「わたしも!私も、お父様達に言えば良かったの!でも、しなかった、諦めたの!勝手に絶望して、諦めて・・・ごめんなさい。ごめんなさい!信じなくてごめんなさいぃ。」
ボロボロボロボロ涙がこぼれる。
嗚呼、私たちは馬鹿な親子だったのね。
馬鹿で、哀れで、でも・・・でも。
ようやく、ようやく本当の親子になれたの。
嗚呼、嗚呼、なんて遠回りをしたのだろう。
「嗚呼、嗚呼、会いたかった、会いたかった。」
「嗚呼、リーン!愛しい我が娘!よく、よく、帰ってきた!!本当によく!!!」
お父様に必死に抱きついて大泣きする。
お父様も大泣きで。
なんて凄い光景だろうと後になって後悔するんだが、でも今はそんなことを気にせず、ただただ二人で泣いたのでした。